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第174話「最強の商人魔術師アキンド」

 待ち伏せだ。

 馬車の後部は蓋のように一気に開くように改造されていた。その点を見てもこの襲撃が狙って行われたものだとわかるだろう。


「――――ッ!?」

「マコトさん、大丈夫です。ガロンサさんを信じましょう」


 ルマルの声に俺は浮かせかけた腰を下ろした。

 護衛部隊の隊長はガロンサだ。俺が下手な動きをすれば、そのせいで大変なことになるかもしれない。


 武装した集団は陣形を取りながら疾走してきた。

 先頭に槍を持っている者が三名。後続の主武装は剣。冒険者のような軽鎧は速度を妨げるものではない。

 かなりの速度を保ちながら、それでも陣形を崩さず突撃してくる姿に護衛隊長ガロンサの顔が歪んだ。


「戻れッ! クソッ! あいつらシロウトじゃねぇな!!」


 馬車に向かって進んでいた十人ほどの兵は、助けに行くつもりだったため大した武装も持っていない。

 突撃してくる武装集団と、ガロンサの指示を聞いて青くなって反転した。


 だが、遅い。

 武装集団はまるで逃げ惑う羊を襲う虎だ。容易く柔らかい肉に食いついた。

 まさに一撃。槍の穂先が肉を穿ち、刃が骨まで斬り裂く。

 護衛の兵は一瞬にして肉塊となる。武装集団は一顧だにせず、馬車に向けて迫ってきた。


「騎馬! 蹴散らせ! 突撃(チャージ)!!」

了解(ラジャー)!!」


 ガロンサの命令に、馬に騎乗する護衛兵が吠えた。

 いかに陣形を固めているとは言え、騎馬兵の突撃(チャージ)に耐えられるものではないはずだ。

 馬上でも使える長剣を抜くと、雄叫びを上げながら騎馬兵が突撃する。しかも二騎だ。


 武装集団は落ち着いていた。

 素早くハンドサインを出すと。後列の兵がボウガンを取り出した。矢が二発同時に発射されるタイプのボウガンだ。

 狙いをつけるのは一瞬。結果が出るのも一瞬だ。


「ぎゃッ!」


 矢を肩に受けた護衛兵が馬から落下する。驚いた馬がいななきを上げてどこかに走り去ってしまう。


 武装集団はその結果を見ると、いきなり大きく三つの塊になって散開した。

 どうやらこちらの馬車を囲む位置取りだ。馬車を方向転換するような隙は与えてくれそうにない。


「固めろ! 近付けさせるな!!」


 ガロンサの声に、一気に守りを固める護衛達。

 ぎゅっと固まって守りを固める。こうなれば散開した集団ごときでは接近できなくなる。盾持ちの護衛がボウガンを警戒して、お互いをカバーするような位置取りをする。

 このあたりの動きは見事。さすが防衛戦の訓練も積んでいる熟練の護衛兵たちだ。武装集団は一定の距離を保って動きを止めた。


「坊ちゃん、もう少し我慢してください」

「わかりました……!」

「奴ら、おそらく積み荷が狙いでしょうな。なのでこのまま守りを固めますわ。積み荷を狙うには損害がでかすぎると判断すれば勝手に退くでしょう」


 ガロンサの落ち着いた声。だが、その声は奥底に怒りを潜ませていた。倒れた護衛の兵たちは、ガロンサの大切な部下たちだ。

 このまま膠着状態が長引けば、異変に気付いた誰かの報告で、王都から兵が来る可能性もある。


「王都も近い。貴様ら、タダでは済ませんぞ……!」


 ガロンサの怒りの業火の温度を感じさせる言葉が聞こえても、武装集団は顔色一つ変えていなかった。

 あらかじめわかっていたかのような動きで、一人が大きく腕を上げた。遠くに合図するように。


「まさかッ!」


 丘の上だ。いつのまにかそこには、灰色のローブを着た何者かの姿があった。つばの広いとんがり帽子、手には先端が円形に捻じれた杖。


 ――――魔術師。


 詠唱はすでに終了している。杖の先に大きな魔法陣が広がった。

 魔法陣が盛大に割れると同時、輝く炎の球が撃ち出された。<輝点爆轟(フレアバースト)>だ。

 着弾すれば火炎を吹きあげ、積み荷など塵も残らない。積み荷が狙いじゃないのか。


「積み荷を! 貴様ら賊じゃないというのかッ!?」


 ガロンサの悲痛な叫び。


 ゆっくりと<輝点爆轟(フレアバースト)>の火球が近付いてくる。

 護衛の兵たちは、動くこともできない。



「ミトナっ!」

「ん――――!!」


 俺の意志を受け取り、アルドラが跳ねた。ミトナが剥離器(ハクリ)で火球を掴む。

 一瞬で<輝点爆轟(フレアバースト)>は純粋マナの光となる。


 俺は馬車の出入り口の扉に手をかけた。外に出られるように開け放つ。


「ルマル、ちょっとやらせてもらうぜ?」


 ボウガンで馬車内を撃たれては困る。俺は外に降り立つ。ガロンサと護衛の兵たちの視線が俺に集まった。


「ミトナ、アルドラ。剥離器(ハクリ)で魔術は迎撃できると思う。あの魔術師は頼んだ」

「ん!」

(承知!)


 アルドラが跳躍一つで護衛兵の頭を飛び越える。包囲されていない馬車の裏手側から、速度を上げて魔術師との距離を詰めていく。

 剥離器(ハクリ)を持ったミトナに魔術は通用しない。近距離戦をしようと考えるのは愚かというものだろう。


 じゃあ、ここから俺の番だ。

 意外にも、襲撃者たちは俺の姿を見て興味を引かれたようだった。


「……その服」

「よせ。この場に居るなら殺すのみだ」

「はっ!」


 何かを言いかけた武装兵は、叱責を受けて黙り込んだ。何かわかるかと思ったが……。

 俺が一人増えたくらいで、戦況は変わらないと考えたのだろう。襲撃者の落ち着きは揺るがない。


 じゃあ、そこからいってみようか!


「<氷刃(アイスエッジ)八剣エイス>!!」



 いきなり魔法陣が広がった。俺の掲げた両腕の先、三つの魔法陣が輝きを放つと、盛大に砕け散る。

 火の粉のように散ったマナが舞う。その跡から、八本の氷剣が出現した。

 <「氷」中級>+<いてつくかけら>。恐ろしいまでの硬度を誇る、魔術による剣の創造。


 武装集団の動きが凍り付いた。驚愕の表情で舞う氷剣を見ている。


「行けッ!」


 氷剣を射出した。

 一斉に武装集団に躍り掛かる。まさにミサイル。斜め上空から容赦なく降り注ぐ。

 まずはボウガン兵の手の中にあったボウガンを叩き潰す。

 槍兵は脅威なので槍と槍兵の脚は刺しておく。バラバラに逃げられないように威嚇で地面に突き刺す。


 <空間把握(エリアロケーション)>で戦場を把握し、<はっぽんあし>による氷剣制御で戦場を荒らす。まさに敵から見れば死神だろう。


 これだけ準備を整えてきた敵だ。魔術師対策も何か用意しているはず。


「耐魔盾で弾け……ッ!」


 氷剣に肩を貫かれた武装兵が呻くように叫んだ。

 ひとりの背中に取り付けられていた円型盾(ラウンドシールド)を前に出すと、氷剣を防ごうとする。

 氷剣が突っ込んだが貫通できない。どうやらケイヴドラゴンの革のように、マナ耐性素材で出来ているらしい。


「――――<フレキシブルプリズム>」


 三つの魔法陣が、重なるようにして起動した。

 <麻痺>+<りゅうのいかづち>。

 <睡眠>+<りゅうのいかづち>。

 <困惑>+<りゅうのいかづち>。

 それぞれ異なる状態異常を合成した【合成魔術(コンパウンドスペル)】が洪水のように地面を流れていく。


「ガ――ッ!?」

「ぎいぃい!?」

「ぐぐうぐぐ……!?」


 上空からは氷剣が降り注ぎ、地面からは触れると異常をきたす雷が襲う。

 驚愕と絶望の表情を張り付けて、武装兵たちが倒れた。こうなってしまえばもはやどうしようもない。

 倒れ伏して動けそうにない武装集団を前に、俺は一息ついた。


「す、すげええええ!」

「すさまじい……!」

「無理かと思ったよオレぇ、助かったァ……」


「坊ちゃん……。何者なんです、あの人は」

「ルマル商店最強の商人魔術師アキンド氏ですよ」


 そこかしこから歓声が上がる。そう褒められるとちょっと気恥ずかしい。

 それにルマル、なんか楽しんでないか?


「マコト君、おわったよー」


 見ればミトナが捕まえた魔術師を引きずってくるところだった。


「おう。さすがミトナ。もう魔術師相手なら敵なしだな」

「ん。いけそう!」


 あれ? これ、俺もやられるフラグじゃないか?

 ……考えないようにしよう。ミトナと敵対する状況なんて、思いもつかないしな、うん。


「あっ! オイ!!」


 ガロンサの警告の声。

 一瞬俺の意識がミトナに逸れた瞬間。


「――――アル・シャガ様、万歳!!」


 倒れ伏していたはずの武装兵が一人、いきなり起き上がった。今まで指示を出していたリーダー格だ。

 目は血走っており、ぐっと腰だめに剣を構えて、俺に向かって突撃を。


「ん――――ッ!」

 

 俺が<氷刃>を起動するより速く、ミトナのバトルハンマーが男に命中した。ミトナは容赦なく振り切る。

 剣の刃が折れ、身体に命中した瞬間、足が地から離れる。さらに<くまの掌>が起動した。

 バァンと盛大な音を立てて幻影の熊腕に空中(エリアル)ヒット。そのまま吹き飛ばす。

 地面に転がったリーダーは、ぴくりとも動かなくなった。


「ふん!」


 死んだかと思って俺は慌てて傍に寄る。かろうじて息はある。俺はこっそり回復魔術を施しておいた。リーダー格に死なれては情報も聞き出せないからだ。


「しかし、こいつら、一体何者なんだ?」


 ぽつりとつぶやいた言葉には、意外にも返事があった。護衛隊長のガロンサだ。


「こいつらはおそらく、〝南”の奴らだろうよ」

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