第173話「護衛隊長ガロンサ」
微妙に寝不足の頭を抱え、俺は目覚めた。
起きた瞬間にどうして床で寝ているのかと思ったが、ベッドの上を見て思い出す。
そもそも二部屋取ってあるのだから、ミトナの部屋で俺が寝ればいいんじゃないか。
一瞬考えたが、部屋に女物の下着でも洗濯して干してあったらアウトだ。結局床が確定する。
ミトナは自然に目覚めるに任せて、俺は外に出た。
外はいまだ暗く、夜明け前の紫の空。おどろおどろしくも美しい光景だ。流れる雲の速度は速く。ごうごうと風の音が耳に聞こえてきた。
すでにサタンガの町は動いているらしい。夜明けと同時に何人もの人が動いている。
主に働いているのは、出立する準備をする侍従たちだ。荷物の数を確認し、傷んでいないか、積んでいる様子はおかしくないかをチェックしている。
早くに出発する商人などは、こんな時間にもう町を出るようだ。大人数が無言で準備する様子は手慣れている。数台の幌付きの馬車が王都に向けてサタンガの町を出発するのを、俺は見送った。
しばらく見ていると、起きてきたミトナが俺の横に並んだ。眠そうな顔はいつも以上にねむたそうになっている。
「おはよう」
「ミトナ、起きたのか」
「ん。ごめんね、ベッド使ってた」
「いや、それはいいんだけどな。次は自分の部屋で寝たほうがいいぞ」
「…………わかった」
わかってくれたようで何よりだ。
「とにかく、王都だ。ルマルについて行くのはいいんだが……」
「何をすればいいのか、わからない?」
「まあな」
濁した言葉の続きを、ミトナが引き取った。
戦闘が影響を及ぼすというのはわかっている。だが、それを止めるとなると手に余るのだ。
国王に発言力のある人物を動かすという手を使おうにも、剣聖は俺が罠に嵌めたし、勇者とは完全に敵対している。
「ん……。行ってみないと、何ができるかわからないかな」
「そうだな。たぶん、情勢が変わると困るだろうから、ルマルも戦争がどうなるかは調べるだろうし」
ミトナにそう言ってもらえるとちょっと安心した。
とりあえず、王都に戻ってからだ。
俺とミトナは宿に戻るとちょっと早い朝食を済ませ、ルマルとの集合場所に向かった。
太陽は上り、辺りは明るくなっている。
すでにルマルも出立の準備を進めていたらしく、何人かの従業員が忙しく働いていた。指示を出しているルマルを見つけると、俺とミトナは近くへ行く。話しかけるより先に、ルマルの方が先にこちらに気付いた。
「マコトさん、ミトナさん、おはようございます。もう少ししてから迎えの者を、と考えていたのですが」
「邪魔させてもらうのはこっちだからさ。そこまで気を使わなくていいんだけどな」
「そうですか……。ところで、それは変装……でしょうか?」
「まあな、ちょっと剣聖にも勇者にも面が割れてるからなあ」
ルマルは俺とミトナを見てそう言った。
<ばけのかわ>で見た目を多少偽装してある。といっても、俺にはピンと立った獣耳を追加して半獣人に見えるようにしてあり、ミトナは逆に熊耳をなくして人間に見えるように偽装してあるだけだ。
あまり大きな偽装はルマルも混乱するだろうと考えての処置だ。
それを聞いてルマルの顔が笑顔になった。長いという付き合いではないがルマルのことはそれなりにわかる。あまりよくない笑顔だ、これは。
「それでしたら、いいものがありますよ!」
ルマルが取り出したのは、どこかで見たことのある衣装だった。意匠は微妙に変わっているが、ゆったりとした緑色のローブ、頭を覆う用のターバンと顔を隠す布。
どうみても、これは。
「今の護衛は父から貸してもらっているので、どう話をしようか困っていたのです。しかし、旅商人アキンド氏ならば問題ないでしょう。もとよりルマル商店の一員ですからね、旅商人アキンド氏は」
ミトナの方を振り向くが、そこには期待するような瞳しかなかった。
俺はがっくりと肩を落としながら服を受け取った。確かに別の服が必要とは言ったけどな。
俺の着替えが済むころには、どうやら準備は全て整ったようだった。
ようやくの出発となる。
俺はルマルの部下として同じ馬車に、ミトナは護衛としてルマルの護衛の人たちと一緒に馬車について移動する。護衛の人は徒歩で移動する人と、馬に乗って移動する人に別れている。とても頼もしい。
ルマルの一行は、馬車が三台。一台が小屋に車輪がついているタイプの屋根付き馬車。残りの二台は幌付きだ。
ミトナはアルドラに騎乗している上に、俺が馬車内から<空間把握>で辺りを監視している。問題ないだろう。
一台はルマルや従業員が乗る馬車、残りの二台には商材が積まれている。中にはこの前の蟲竜の素材などもあった。
しばらくはのどかな風景が続く。一度来た道だ。来た時に出たようなモンスターが出現するが、優秀な護衛の人たちが瞬く間に対処していく。
その動きは洗練されており、様々なフォーメーションが決まっているようだ。判断も的確だ。
「すごい人たちだなぁ」
「どうしましたか?」
「いや、護衛の人たちの動きがすごいと思ってさ。危険がないように事前にフォーメーションを組んで動いてる」
「わかるのですか?」
従業員と話していたルマルが不思議そうな表情になる。そういえば屋根付き馬車は窓にカーテンが引かれていて、今は中から外が見えない状態になっている。周りの従業員も不思議そうな目を向けてきていた。
「さっきからかなり的確に魔物を退治しているからな」
それを聞いたルマルの顔が曇る。手際がいいところを喜ぶべきところのはずだが。
「王都周辺の主要路には、これまであまり魔物が出ることはありませんでした。きちんと王都によって警戒されていたからです。ずっと続くとは思いませんが……」
すぐにはどうにもならないだろう、というのが言外に含まれている。どうやら貿易や交易をするにもかなりの危険が伴うようになっているようだ。
俺とルマルが微妙な表情になっていると、外からノックが聞こえた。
連絡用に設けられている小窓を開けると、護衛隊長の姿があった。渋い顔をしている。
「どうかしましたか?」
「いえね。ちょっときな臭い気がするんですよ、坊ちゃん」
「と、申しますと?」
「魔物の襲撃が増えているのは予想していたんですがね、さっきからそれが減っています」
「それはいいことでは?」
魔物の襲撃が少ないということは、安全ということではないのか。
ルマルの言葉に、うぅんと唸りながら護衛隊長は頭を掻いた。がっしりとした体格のおじさん戦士だ。
護衛隊長は馬に騎乗していた。馬車と速度を合わせて並走しながら話しかけてくる。
「だといいんですがねえ。まあ、気のせいならいいんですが、ちと斥候を出していいですかい?」
「ガロンサさんを信用していますよ」
「ありがてぇ」
護衛隊長ガロンサは、一言お礼を言い残すと部下に斥候を命じた。
命令を受けた一人が馬の速度をあげ、道の先を目指して走り出す。
「何かあるのか?」
「襲撃は魔物だけではない、ということだと思います」
「山賊……?」
「王都の近くで出るとは思えませんけどね。まあ、ガロンサさんに任せましょう」
そうは言っても、気になるのは気になる。
俺は精神集中すると、<空間把握>の周囲情報をより深く受け取ろうとする。
草原を切り拓いて作られた街道だ。踏みしめられ、土や小石が露出している道部分を馬車が進んでいる。
左右は拓けていて、なだらかな草原の丘になっていた。見えなくなっている丘の向こうにはぽつぽつと人間の反応がある。
馬車だと街道はともかく、草原に踏み入ると速度は出ないだろう。
俺が辺りの様子を探っていると、護衛隊長ガロンサが戻ってきた。再びルマルが小窓を開ける。
「この街道の前の方で、先に出発したらしい商人の馬車が止まってしまってますな。どうやら車輪が溝にでも嵌まったみたいで」
「それは……」
たしかに、街道の先に馬車が一台止まっているのが補足できる。
夜明け前にサタンガを出た馬車だろうか。
「人手がなくてにっちもさっちもいかなくなってるってことですわ。横を通るくらいの広さはありますがね。どうしましょうか」
「そうですね……。余裕があれば人を出してください」
「わかりましたよ」
護衛隊長ガロンサの指示で護衛の中から十人ほどの兵が小走りにかけていく。屈強な兵がそれだけいれば馬車くらい持ち上げられるだろう。
こちらの馬車もゆるゆると件の馬車に近付いていく。
そこで俺はおかしいことに気付いた。
俺の<空間把握>には、止まっている馬車の中に人間が多く乗っていることを感知していた。
「人手がなくてって言ったか? あの馬車、かなり乗ってるけど」
ガロンサの顔が青くなった。
外からミトナの大声が聞こえる。
「あの馬車、中からいっぱい人が出てきた! 武器、持ってるよ!」
箱型になっている馬車の後部が開き、そこから十数人の武装した輩が降りてきた。




