第172話「夜の葛藤」
ルマルと別れ、俺とミトナは宿に戻ってきていた。
次の日はルマルと共に王都に向けて出発するので、早めの夜ご飯にしてそれぞれの部屋に戻る予定。
だったのだが、なぜかミトナは俺の部屋にいた。ベッドの上に腰かけると、膝の上のクーちゃんの毛づくろいをしている。
ミトナとは部屋は別に取ってある。もちろんだ。なのだが……。
まあ、追い出すのも忍びない。いいか。
俺は<ばけのかわ>も解除して、いまは額の角もそのままにしてあった。今からやることもミトナになら見られても構わないだろう。
さあ、久しぶりのスキルの検証だ。
俺はにやりと口の端を上げた。
新しく入手した魔法・魔術は、全部で十。
<魂断>。
<睡眠>。
<困惑>。
<解析眼>。
<ばけのかわ>。
<擬獣化>。
<もえるみず>。
<はっぽんあし>。
<きよきみず>。
<魔術「氷」中級>。
あとは『臨時』ではなく、常設された<マナ基点>だ。自分では違和感はないが、角が出っぱなしになっている。
<睡眠>や<困惑>、<ばけのかわ>のように名称からわかるものは省く。
一気にラーニングしたため、いまいち性能のわからないものがある。ひとつずつ試していくことにした。
「<きよきみず>……!」
俺の意志に応じて、空中に拳大の水塊が出現した。無重力下の水のように、ふよふよと漂っている。
俺の思考に合わせて、形状を変えていく。形状変化はやりやすい。
<きよきみず>はどうやら魔術<「水」初級>と同じように、水を生み出すスキルらしい。魔術と違うのは、水を生み出してから自由に動かせるという点。このあたりは氷の<いてつくかけら>と同じなのだろう。
まあ、どちらもスライムだったし。
<もえるみず>はそのまま、生み出せるの物体が水から油のようなものに変わっただけだった。
「<魂断>」
起動と同時、俺の掌から光の刃がゆっくりとせり出してきた。手近な床に突き刺してみるが、引き抜いても穴は空いていなかった。
そりゃそうだ。胸に食らった俺が死んでないんだから、物理的な効果はないらしい。
効果はおそらく、マナ経路の切断。魔術や魔法を使えなくする、というところだろう。今度魔物がでたら試してみることにする。
勇者クロエが使っていた<魔術「擬獣化」>。
どうやら「火」や「氷」といった属性の魔術を、動物の形にして起動する魔術だ。知っている動物なら何でもいいらしい。
試しに<氷>でウサギを創ってみたところ、ある程度自分で考えて動くらしい。
『走れ』や『跳べ』、など簡単な命令にも従う。
部屋を走りまわる氷ウサギにミトナが喜んでいたのでよしとしよう。
<解析眼>はそもそもミオセルタの魔術だ。聞いてみることにしよう。
「そういえば<解析眼>ってどんな魔術なんだ?」
「ふむ……。まあいってみればマナの状態を見るための魔術じゃな。ゴーレムのマナ経路がきちんとつながっておるか、不必要にマナが溜まっていないかなどを精査できるんじゃ」
「へえ。――――<解析眼>」
俺の両の眼の前で魔法陣が割れた。
「っぐおおおおッ!?」
たしかに『眼』ってついてるけど、そこに出るか!?
いきなりの光に目つぶし状態になった俺は身もだえた。なんとか眼が慣れてくると、あたりを見渡した。
確かに見える。
ミオセルタはゴーレムの核だけの姿だが、燃え盛る魂のようなものが見える。マナ経路もあるようだが、こんがらがった糸のように、一ヶ所に密集しているため、光の塊のように見える。
顔を上げてミトナを見ると、全身を走る血管のようにマナが巡っているのがわかった。
ついでに膝に乗っているクーちゃんを見て、俺は絶句した。
眩しい。直視できない。
まるで太陽。そう形容するしかないマナがそこにはあった。
ごうごうとプロミネンスを吹きあげ、自ら燃え盛る星。手など触れれば、手ごと燃え尽きてしまいそうな勢い。
クーちゃんの小さな身体に収まっているなんて、信じられない。
魂が悲鳴を上げた。
手すりの無い高所に立っている恐怖感。胃袋の底が抜ける。
制御できないほどの速度が出ている不安感。肺腑が張り裂ける。
迫りくる電車という暴力への絶望感。どうしようもなく、全身が脱力。
〝ソレ”自体に悪意はない。
だが、本能的に気圧され、俺はあわてて<解析眼>を解除した。
「マコト君、だいじょうぶ?」
「あ……。ああ……。大丈夫。大丈夫」
俺は思わず両手で顔をごしごしとこすった。少しでもさっきの感覚を忘れようとしたが、あまりうまくはいかなかった。
……クーちゃんは、一体何なんだ。
魔物だ。たぶん。
だが、これまで一度も戦ったことは無い。いつのまにか戦場から隠れ、戦闘が終わると戻ってくる。
俺はじっとクーちゃんを見た。
クーちゃんもつぶらな瞳で見つめ返してきていた。そこに、敵意も害意もない。
問いかけようと口を開けた。
だが、何も言葉にならず、俺は口を閉じた。
やめだ。問いかけても喋ることはできない。答えはない。
これまで一緒にいたんだ。信じるしかあるまい。
「っし!」
俺は両手で頬を叩く。気持ちの切り替えだ。
俺は気合いを入れるとマナを練り始めた。
常設された<マナ基点>のおかげで、常時魔術を三つ行使できるようになっている。そのあたりの使用感も確かめておきたい。
「――――<氷刃>!」
<「氷」中級>+<いてつくかけら>。
しかもそれが三倍だ。使えるリソースは膨大。それを剣状に成型して生み出した。
もはや短剣ではない。数にして三十二の氷剣が空中に浮かぶ。さながら映画の魔法使いのようだ。
ドヤ顔で氷剣を舞わせる。俺の周りを旋回するように操作しようとしたが、がっちゃんがっちゃんぶつかりあってひどい結果になった。
これ、三十二本も操り切れないよね!?
がっくりきそうになったが、ここで<はっぽんあし>の効果がわかった。
蜘蛛は自分の手足が八本あっても混乱しない。どうやら八本までなら混乱することなく思い通りに動かせるようになったらしい。
数を減らす代わりに、氷の剣の硬度や大きさを変えながら調整する。
いろいろな調整がなんだか楽しくなってきた。
俺が満足するまで魔術をいじり倒し、久々のマナ切れ直前になって、ようやく休むことにした。
「…………まじかよ」
ベッドを振り返り、俺はぽつりと呟いた。
待つ間に眠気が来たのか、ミトナが俺のベッドで眠ってしまっていた。
穏やかな可愛らしい寝顔と共に、すうすうと寝息が聞こえてくる。
どうするべきか。
どうしないべきか。
ミトナってこんなに積極的だったっけ?
大丈夫ってことか?
いや、天然だし何も考えてないってこともある。その場合の選択ミスは死亡だ。
精神的にも物理的にも死亡だ。
どうするべきか。
どうしないべきか。
ミトナの部屋に運ぶか? 前も運んだことがあるが、マナ切れ直前でフラフラだ。
同じベッドで寝るなんてことはもっての他だろう。
室内の寒さは<魔術「火」>で調節できる。床で寝たところで風邪をひくなんてことはないだろう。
俺は硬い床の上に寝転がると、耳に聞こえてくるミトナの寝息を努めて気にしないようにして眠ることにした。




