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第171話「王都の暗雲」

 ルマルと再会した俺達は、これまでの情報交換をするためにルマルが取っている宿まで赴いた。


「そんなことがあったのですね……」


 剣聖エリザベータの事件から、王城の隠されたゴーレム研究所までの話を終えるころには、あたりも暗くなってきていた。

 ただ、俺の身体が魔物ということなどは伏せておくことにする。ミトナには明かしたが、自分自身、もう少し整理をつけたい。


 暗くなってきた室内に、俺は<光源(ライティング)>の魔術で部屋の明るさを確保した。

 俺の魔術を見て、ルマルの口元がほころぶ。


「魔術も戻ったようで、これで完全復活というわけですね」

「ああ、本当にルマルには世話になった」


 一連の出来事を聞きおえたルマルは、気持ちを落ち着かせるようにお茶を口に含む。


「私ができたのはサポートまでですよ。コクヨウとハクエイがちょうど王都に居てよかった」

「あの宝石の換金だっけ?」

「ええ。無事換金しおわりまして。ありがたいかぎりです」


 ルマルが笑みを深くする。全身から黒いオーラを放っているため、非常に腹黒く見える。

 少し太めの体型といい、温和な顔といい、出会ったヤツはたいてい舐めるか騙されて痛い目を見るんだろうな。


「しかし、ルマルまで来てくれるなんてな」


 俺は感謝の気持ちで胸の中が熱くなる。自分ひとりにここまでしてくれるなんて、この世界においてはなかなか無いことだろう。繋がりを作っておいて本当によかったと思う。

 ちらりとミトナを見ると、膝の上に乗せたクーちゃんに食べ物を食べさせているところだった。


「あ、いえ。実はマコト様の事で王都まで足を運んだわけではないのです」


 感動していた俺は、いきなりなルマルの言葉に驚いた。

 同時に自分中心に考えていたことが猛烈に恥ずかしくなる。


「だ、だよな!」

「マコト様のことはコクヨウとハクエイに任せておけば大丈夫だと思っていましたので」

「お、おう!」

「マコト君、おちついて」


 慌てふためく俺を、ルマルは優しい表情で見ていたが、そこから一転雰囲気を変えた。


「近頃、王都の様子がおかしいのです。マコト様の見てきたことを照らし合わせると、少々(まず)い事態が起きているのかもしれません」

「……どういうことだ?」


 王都は都会だ。物資も人間の数も豊かな街の様子は、危なげな様子など何もない。むしろにぎやかで、これから発展していく雰囲気すら感じさせていた。

 勇者もその一因だ。何か大きな成功を収めたらしく、街の噂になっていたくらいなのだから。

 拙い事態というのは、剣聖が魔物として拘束されたことだろうか?

 しかし、そう簡単に英雄譚になるような人物を処刑するとは思えない。せいぜい噂が消えるまでの拘束だろうと踏んでいる。


 だが、ルマルの話はそのどれとも違った。


「数か月前あたりから、鉱石の物価が上がっていたのはご存じでしょうか?」

「そうなのか?」

「ん。確かに仕入れ値は上がってたよ。特に南からの納品量が減っていたみたい。ベルランテは海路による仕入れもあるから大きくは変動していなかったけど」


 さすが武器屋の娘。当然のように受け答えするミトナを見て、少し驚く。

 いや、俺が知らないだけで俺より秀でた部分はたくさんある。なんだか『魔術』や『魔法』をどんどんラーニングしてるからって、図に乗ってないか、俺。気持ちを戒めておくことにしよう。


「さすがですミトナ様。王都周辺にも鉱山はありますが産出量はあまり高くありません。ドマヌも廃坑になってから、南からの輸入に頼ることが多くなりました」


 ルマルはそこで一息ついた。ドマヌ廃坑でスケルトンに襲われたのもいい思い出……なのか?

 確かにスケルトンがあれだけ出れば鉱山としては仕事できないとは思う。


「その鉱石の輸入が――――完全にストップしています」

「へ? ストップ、っていうことは、ゼロか?」

「ええ。まだ国内に残っている資材はあるので、すぐに問題になりません。せめてどこかから買い付けできるルートを確保しにきたのですよ」

「そりゃ困るだろ。武器屋が武器とか作れなくなるんじゃないか?」


 ミトナがうんうんと頷く。


「王都には豊かな穀倉地帯があります。他国とはそれで貿易ができていたのですが」

「どうして貿易をやめるんだよ。貿易をやめればしんどいのはわかってるはずだろ。鎖国じゃないんだから。原因は一体――――」 


 俺の脳裏でいくつかの情報が閃いた。


「――――戦争か」


 南部戦線。勇者の凱旋。特殊部隊の視察。

 勇者の言動の端々から、戦争の要素を感じられる要素は揃っていた。

 

 ウルガルト王についても同じだ。

 鎧姿の王。ゴーレム研究の強化。


 ルマルが静かに首肯した。


「勇者の存在が現れてから、王都は戦争に向けて少しずつ体制を変えてきていたようです。各地からも戦力を少しずつ引き抜いて南部へと向けていたようですし」

「ん……。獣王国がベルランテを襲撃したのも、戦力が薄くなっていたからかな」

「まさか……」

「いえ、まさかとは言えないでしょう。毎年王都から送られていた蟲竜(ヴェフラ)に対する戦力が、今年は送られてきませんでしたし」


 ぞっとした。急激な戦争へのシフトが周りの都市へ影響を及ぼしている。


「まさか、負けるなんてことはないよな……?」

「武器や防具の豊富さなら、南部の方が上です。なにしろ鉱脈がありますからね。南部戦線が勝利したのはひとえに勇者という要素(ファクター)があったからでしょうね」


 ふう、とルマルは息を吐いた。やっかいな状況に対して、どこから手をつけたらいいのか、といった表情になる。


「とりあえず今の状況は嵐の前の静けさの気がするのです。混乱が起きる前に、商業ルートは確保しておきたいものです。おそらく、父はすでに動いているでしょうけどね」


 商人は強い。俺は素直に感心した。

 俺はついでにハスマル氏の顔を思い出していた。レジェルとシーナさんの知り合いにして、ティゼッタの大商人。あの人ならば、この事態に動いていることだろう。


 俺は考え込んだ。あの王様の様子を見るに、戦争を仕掛けているのはウルガルト王だ。

 もちろん勝算あってのことだろう。しかし。


「もし、戦争に負けるとどうなるんだ?」

「王国を治める統治機構として王家は残るでしょう。しかし、王都と穀倉地帯の占領され、獣王国を攻める尖兵として扱われるでしょうね」

「……大丈夫なのか?」


 この前知り合ったばかりだが、王都にはフィクツやミミンが住んでいる。特に吹けば飛ぶような生活をしている二人だ。そんなことがあった時には……。


「噂を聞く限りでは、〝勇者”は予想以上に優秀な戦力なようです。勇者がいる以上は、勝てると考えているのでは?」


 なので、とルマルは前置きする。声を潜めたので、俺とミトナは顔を近づけた。


「もし戦争に勝つなら、勇者を暗殺するのが一番でしょうね。剣聖が万全の状態なら、にらみ合いくらいには持ち込めるでしょうが……」


 ……エリザベータ、今、拘束されてるんだよな。

 俺は勇者ともやりあったし、敵対行動取ってしまったしな。


 王都、大丈夫だよな?

 微妙に不安になってきた。


 俺はミトナをちらりと見た。食べ物で釣ってクーちゃんとじゃれている。


 このままベルランテに戻っても、王都が戦争に負けると影響が及ぶ。

 王都との繋がりが深い魔術師ギルドのフェイにも影響が及ぶんじゃないか。


 悩みはじめた俺の腕を、ミトナがそっと抑えた。


「マコト君。一度王都に戻ろう?」

「ミトナ……」

「ルマルさんと一緒に、ね」

「コクヨウとハクエイは王都で私を待っています。そうして頂けるなら心強い限りですね」


 ミトナとルマルの視線が、俺に注がれる。


 俺に何が出来るかわからない。だが、このままベルランテに戻ってもモヤモヤしたままな気がする。


 危険もあるかもしれないが、王都に戻ることに、俺は決めた。

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