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第170話「積極的ラーニング」

 目を、覚ました。


 何か、夢を見た気がする。

 排気ガスと、高層ビルに囲まれた時間を生きる、夢を。


 あおむけになったまま、目尻に浮かんだ涙をそっとぬぐった。何の夢を見ていたのか、もう思い出せない。嬉しい夢だったのか、悲しい夢だったのか。


 ずっしりとした重さを胸元に感じた。見ればクーちゃんが丸まって寝ている。

 苦笑してクーちゃんを横にどかす頃には、何の夢を見たかなんて忘れていた。


 この世界に来てすぐのころならいざしらず、今更こんな夢を見るなんて――――。



 昨日からの雨は上がったものの、どんよりとした雲は未だ王都の上空を覆っていた。

 地面は湿った様子のままだったが、雨が降っていないことには感謝だ。

 宿の外にはすでにコクヨウが待っていた。旅行に必要な食べ物や水などの物資をアルドラのラックに積み終えて待機していたのだ。さすが手際がいい。


「途中で補給ができるように路銀もお渡ししておきます」


 コクヨウはそういうとミトナに金貨袋を渡した。


「では、お願いしますね。ミトナ様」

「ん。わかった」

「……俺じゃなくて?」

「ミトナ様の方が旅慣れをされておいでです。マコト様はミトナ様の旅費も受け持つおつもりでしょう?」

「あ、うん。まあそれはそうだけどな」

「なら、問題ありませんね?」


 なんだか言いくるめられてしまった気がしないでもない。

 だが、ミトナは自分に持てる最低限のものだけ持ってここまで駆けつけてくれた。帰りの路銀くらいは俺の懐から出してやりたいと思っているのは本当だ。


「ここから北上すればサタンガという小さな村に着きます。そこで一度旅に必要な物を補充するのが良いと思いますね」

「わかった」


 コクヨウは門の外までついてきてくれた。門を出るときに何か言われるかと思ったので、<ばけのかわ>で顔を変えて通過することにした。

 アルドラのラックには旅の荷物しか入っていない。怪しい物は何も積んでいないのでチェックも簡単に済む。

 王都に入る人はチェックが多いみたいだが、出る方は大してチェックがないような印象だ。


「どうぞ、是非ともサタンガで補充を」


 門の外まで見送りに来てくれたコクヨウは、再度念を押した。

 俺は不思議に思う。ここまで念を押すということは、必ず寄ったほうがいいということなのだろう。


 アルドラの頭の上、いつのも指定席にクーちゃんが収まる。ミトナと二人乗りになって街道を北に進むことにした。

 王都から離れるようにして、遠くまで見える平原の街道を進んでいく。どうやらこの広く平坦な土地を利用して麦の栽培を行っている様子が見えた。ここだけ見るとのどかな風景なのだが、王都の中はかなり都会だ。やはり王都ということでいろいろなものが集まってくるのだろう。 


「そういや、このあたりは魔物とか出るのか?」

「ん……。平原の辺りはあまり出ないかな。たまにブルーホースが出て来るくらいだよ」

「ブルーホース……。青いのか?」


 頭の中に青い馬を思い浮かべようとしたが、いまいち浮かばなかった。


 穀物の栽培地帯を越えたあたりで、件のブルーホースと遭遇した。

 たしかに全身が青い馬だ。皮の色がはっきりとした青になっていて、どうすればそういう色に染まるのか見当もつかない。


「珍しいね。一頭しかいない。ふだんは群れで暮らすのに」


 騎乗している俺達を敵と認識したのか、はぐれブルーホースはいななきを上げた。

 俺はさっとアルドラの鞍から降りる。


「<魔獣化(ファウナ)>!」


 魔法陣が複数割れ砕け、一気に戦闘準備が整った。

 両の腕は<「氷」中級>+<やみのかいな>で起動する。冷気を圧縮した腕は、まるでガラス製のようにつるつるした黒腕になった。

 腕の中に圧縮した冷気は好きなタイミングで解放が可能だ。試しにそこらの石を掴んで解放すると、一瞬で凍り付いて砕けた。


「よし、来い!」


 はぐれブルーホースは前脚を思いっきり上げて威嚇する。直後、猛烈な勢いで突進を始める。俺を轢き殺すつもりだ。


「――――<氷盾(アイスシールド)>!!」


 俺は咄嗟に氷の盾を展開した。中級魔術だからか、かなり厚みのある氷の盾が三枚も出現した。

 いきなり目の前に出現した盾に、はぐれブルーホースは避けることもできず激突する。氷の盾が砕け、勢いが削がれた。


 俺は飛び込んだ。激突の勢いでのけぞったはぐれブルーホースに向かって、思いっきりに拳を振るう。

 拳が命中する瞬間に、黒い氷の腕は冷気を解放した。一瞬ではぐれブルーホースの氷像が完成する。重い音を立てて、凍り付いたブルーホースが倒れた。


 おおう……。こりゃまた……。


 俺は思わず自分の手を見た。

 うすうす感づいてはいたのだが、一度魔術を失い、復帰してからの身体の調子がおかしい。悪いわけではない、逆だ。<集中(コンセントレイション)>でもないのに、魔術の出が速く、思った通りに術式を練ることができる。

 簡易な魔術に至っては、考えた瞬間に魔法陣が出る。

 これも、俺自身が〝魔物”だと認識したから起きた変化なのだろうか。俺は思わずアルドラの頭上で落ち着いているクーちゃんを見た。あくびしかしなかったが。


「マコト君、だいじょうぶ?」

「大丈夫もなにも、一撃だったからなぁ」


 俺は二、三度屈伸すると身体の調子を確かめる。なんだか前よりも良く動けそうな気がする。


「よし、ミトナはアルドラに乗っといてくれ。いろいろ試したいから、歩きながら魔物を相手する」

「ん。わかった」



 サタンガに向かう道すがら、俺は出て来る魔物を倒しながら進むことにした。自分の身体の調子を確かめるのと、魔術の感覚を取り戻すため。もちろんラーニングも狙いだ。

 ミトナが接近する魔物を警戒し、鋭い感覚で捉えた魔物を俺に伝える。

 俺がまず相手して、どうにもならなそうな魔物はミトナとアルドラにも手伝ってもらう、という方針だ。



 茂みからのそのそと現れた黒色のスライム。どうやら全身が可燃性の液体らしい。この〝オイルスライム”は、凍らせた拳で殴って一撃で倒すことができた。


 <体得(ラーニング)! 魔法<もえるみず> をラーニングしました>


 ラーニングした<もえるみず>は水を生み出す魔術に似ている。

 ただし出て来るのは石油のような真っ黒な色をした油だ。燃料代わりになるのか……?



 沼地の近くでは、全身が紫と赤のまだら色になった巨大蛙が襲い掛かってきた。

 あまりにけばけばしい色使い。毒を持ってますと全身で主張していた。


「触ったらさすがにやばいよな……?」

「ん……。手が溶けるかもしれないよ……?」


 〝猛毒蛙”の背中に当たった枯れ木が嫌な煙を上げてぐずぐずに溶けるのを見て、触るのをやめておくことにする。毒に関する魔法がラーニングできるかもしれないが、危険すぎる。

 〝猛毒蛙”は七匹まとめて出てきたので、<たけるけもの>+<麻痺(パラライズ)>で一斉に麻痺にしてから<氷刃(アイスエッジ)>で一気に串刺しにしておく。



 他にも二メートルサイズの〝大蜘蛛”や、水たまりに擬態した〝ブルースライム”などからラーニングしながら撃破していく。


 <体得(ラーニング)! 魔法「はっぽんあし」 をラーニングしました!>

 <体得(ラーニング)! 魔法「きよきみず」 をラーニングしました!>


 <きよきみず>は、「水」初級と同じ水を生み出す能力なのだが、<はっぽんあし>はよくわからない。<やみのかいな>と同じようにオン、オフを切り替えられる感じはあるのだが、どういうスキルなのか全くわからなかった。


 こういうこともあるんだな。

 今までラーニングを積極的にやってきてなかったからなあ。



 街道を進むこと二日目、道の先にそれなりの大きさの村が見えてきた。村の周りには軽い木の柵を設けられており、村の入り口には看板が立っていた。


「あ、見えたよ。あれがサタンガかな?」

「コクヨウさんが言ってた村だよな。とくに食料とか心配じゃないんだけど、寄ってみるか」

「ん。そうだね」


 どうやらそれなりに栄えている村らしい。王都の中継地点として活性化している村なのだろう。

 珍し気に辺りの様子を見ながら宿を探して進んでいく。村の中央に宿は集まっているらしい。アルドラが過ごせそうな厩がある宿を見つけると、そこに泊まることにした。


 せっかくの村だ。補充できるものはしておこうと考えていると、不意に後ろから声をかけられた。



「――――マコトさん。やはりご無事でしたね」



 コクヨウが執拗に念を押した意味をようやく理解した。

 振り向いたそこに立っていたのは、ティゼッタの腹黒笑顔商人ルマルだった。

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