第169話「戦い終わりて」
曇り空の王都は、一変してしとしとと雨が降り始めていた。
あたりを静かに濡らす雨。気温の低さも相まって、身体の芯から冷えるような冷たさを感じていた。
「さっきの監視の人たちは大丈夫やろか?」
「さすがに雨に濡れたら目が覚めるだろ。鍛えてるみたいだったし」
心配するようなミミンの声に、俺は軽く答えた。そこまで心配する義理はない。
ひとまず俺達はコクヨウ御用達の個室部屋へと戻ってきていた。室内は暖かい。
とりあえず落ち着ける場所で、今後の身の振り方を考えることにしたのだ。コクヨウが注文した料理を食べている間に、一度は離脱したハクエイも戻ってきて合流することができていた。
「皆さん、ご無事でしたか」
「ハクエイさんこそ。お世話になりました」
「いえ。大丈夫です。マルカーン殿への支払いはすでに済ませております」
そういえばそんな支払いもあったな。途中で目的が変わってしまったが、地下水路を抜けられたのはマルカーンのおかげだ。
マルカーンの名を聞いたからか、フィクツがハクエイに向かって身を乗り出した。
「そうや。ジイさんは無事やったか?」
「ええ。第六地下水路市のスァンタク殿の下に身を寄せられていました」
「けっこうあるんだな、地下水路市……」
「地下水路は王都全体にわたっていますからね」
「まあ、それ聞いて安心したわ……。あいつら、むちゃくちゃしよったからなぁ……」
襲撃のあった地下水路市を思い出したのか、フィクツが目を閉じて言う。
たしかにあの襲撃はかなりひどい物だった。奉剣騎士団のせいで何人が死んだのか……。そもそも、俺を捕まえるためだけならばあそこまで強硬な手段を取る必要はなかったんじゃないか?
疑問が芽生える。理由までは推察できないが。
食事を終えると一息ついた。とりあえず状況は落ち着いたと言えるだろう。
「それでですね、マコト様はこれからどうされますか?」
「そうだなぁ……」
俺は腕組みすると考え込んだ。
ひとまずエリザベータの件は大丈夫だろう。とはいえ、三人の勇者は俺達のことをテロリストだと勘違いしているのだから、王都からは離れた方がいいだろう。
「ベルランテに戻ろうと思う。ルマルもベルランテ支店を開くって言ってたのも気になるからな」
「マコトさん、王都から出るんやなぁ」
「せやで、ミミン。あのおっかない奉剣部隊の副隊長にも顔覚えられてるさかいな。そういうもんやろ」
「あー……。忘れてた……」
三人の勇者とかゴーレム研究所とか驚きの連続だったため、すっかり失念していた。エリザベータが拘束されている今も、アドルは俺達を探しているのだろうか。
あいつ、途中から別の意味で俺達をつけ狙っていたような気もするしなあ。
王様の様子も何だか違和感あったし、なんかあるのか、この王都。
「ん。そうだね。マコト君、ベルランテに戻ろう」
「そだな」
ミトナの一言に、俺は笑顔で返した。王都の近くの迷宮や魔物についてはちょっと興味があったが、落ち着いてからまた来ればいいのだ。
コクヨウとハクエイが俺の言葉に頷いた。
「わかりました。ベルランテまでの準備はしておきましょう。雨が上がり次第出発としましょうか」
「コクヨウさん、本当にありがとう。助かりました」
「いえ、これも主人の利益に繋がれば、こそですよ」
珍しくコクヨウがうっすらと笑う。スキンヘッドがきらりと光る。
「フィクツとミミンもありがとうな。本当に助かった」
「いいんや。これも縁やと思うとる」
「そうや。楽しかったで」
「そうだ、お礼を……」
「野暮なことを言うんやない。ワイら、友人やろ? 助け合うのは当然や」
いつのまに友人になったんだろう。
俺はドヤ顔をしている狐耳の男を微妙な表情で見る。まあ、一緒に居て楽しいヤツだった。友人と言ってもいいのかもしれない。
「ミミンもな。まあ、ベルランテに居るだろうし、また会いに来てくれよ」
「しょうがないなぁ。旅行するときは行ったるわ」
ぴくっと狐耳を立てて、ミミンが呆れたように言う。
なんだかミトナから圧力を感じるような気がした。振り返るといつもの眠たそうな表情だった。気のせいか。
「それじゃ、ワイらは家に帰るわ。達者でな、ニイさん」
軽い調子でフィクツとミミンが個室から去っていく。
「安全な宿を取ってまいります。しばらくこの部屋でお待ちください」
コクヨウとハクエイも準備があるということで退出した。
個室の中に、ミトナと二人残される。
いつもと同じ眠そうな表情、変わらないミトナ。二人になるシチュエーションなどこれまでもたくさんあったにも関わらず、俺はなぜか緊張していた。
手持ち無沙汰に革のマントの前を引き寄せた。
「ん……、寒い?」
「寒くはないけどな……」
「雨、降ってるね。あの森の秘密基地もどうなってるかなあ」
ミトナに言われ俺はベルランテの森に造った場所を思い出した。人目を忍んで訓練する分にはとても有用だったのだ。森の中に造ったため、整備していない今は大変なことになっているだろう。
「あー、ティゼッタに行ってから、まったく整備できてないからなあ」
「ん。戻ったらまた行こうね」
「……そうだな」
二人で出かけることを、一般的にデートと言う。
一瞬思い浮かんだ考えを、俺は頭の中で否定した。にっこりと笑ったミトナの無邪気な顔を見れば、そうではないことはわかる。俺一人意味もなく意識をしてどうするんだ。
俺は考えを切り替える。
一気に新しい魔術をラーニングしている。使い勝手を確かめる時間も欲しいところだ。
<睡眠><困惑>などは魔物にも効くのかも含め、<「氷」中級>の使用感覚も確かめておかないといけない。特に<ばけのかわ>の幻惑については要検証だ。
「そういやミトナ、魔術使えるようになったんだな。あれ、ミオセルタに教えてもらったやつか?」
「ん。そうだよ。途中でミオセルタがいなくなったけど、がんばった」
「基礎的なところは伝えたがのう。ワシも驚きじゃ」
俺の懐からミオセルタが声を出した。そういやコイツもいたんだった。
別に二人きりでなかったことに俺はほっとする。いや、何をほっとしてるんだか。
「ていうか、ミオセルタも言ってたけどミトナの魔術って何なんだよ」
「そもそもじゃ、魔術というのは人間特有の技術なのじゃよ。ほれ、あのイタチの獣人がおったじゃろ?」
「マカゲか?」
「そうじゃ。あやつは魔術が使えん。種族的にそうなのじゃ」
確かに、獣人が魔術を使っているところは見たことがない。〝獣化”や〝りゅうのいかづち”は魔術のようだが、魔法陣が出ない。魔物としての能力なのだ。
「しかし、半獣人は違う。人間と獣人のハーフじゃからの」
「だから、魔術が使える……?」
「その通りじゃ」
ミオセルタの説明を聞き、ミトナがデフォルメされた熊の氷像を撫でながらへぇ、といった表情になる。
ミトナは説明してもらっていたんじゃないのかよ。
「熊娘の〝獣化”じゃがの、あれはそもそも獣人の能力じゃ。マナを体内に取り入れて身体の強化を図る。じゃが、半獣人の身体じゃと余剰マナが生まれるんじゃ」
俺はミトナの〝獣化”を思い出していた。確かに強化される反面、長時間の使用には反動が起きていた。強すぎる電流を流した機械のようなものだろう。使い切れないマナが身体を痛めていたのだ。
「その溢れた余剰マナを、魔術として利用する術を熊娘には教えたのじゃが……」
「マコト君が、ああいうふうに魔術を使ってるのを見たから。真似してみた。炎のガントレットとかはできなかったけど、熊の腕が出た」
「ああ、そういうイメージなんだな」
「ふぅむ……。しかし、まだマナの無駄が…………」
いまだしゃべり続けるミオセルタは無視することにした。細かいところまで聞いていると、せっかくミトナとゆっくり喋れるこの時間を逃してしまう。
「ベルランテに戻ったらいっぱいやることがあるね」
「そうだなぁ」
「とりあえずマコト君の新しい防具造らないといけないね」
「あ、そうだな。いつまでもこの服ってわけにもいかないしな」
コクヨウが用意してくれた革のズボンに綿シャツ、ベストという組み合わせだ。王都に住む市民の一般的な服装だ。地方の村に住む人に比べるとかなり都会的な感じがする。王都だからだろうか。
「それだと、ベルランテ南の……」
やはり武器屋の娘。うきうきとした表情になりながらミトナが話す。
新しい防具の案や素材の確保の方法などを話すうちに、時間が過ぎていった。
コクヨウの迎えについていき、今夜の宿に案内してもらう。
夜の内に雨は上がるらしい。明日には王都を立つことになりそうだ。




