第168話「王都の機密」
三人の勇者が謁見の間に現れた。あたりを警戒しながら見渡している。
俺はミトナにハクリを気付かれないうちに収納するように目くばせする。
「その者達、怪しいです。この謁見の間に重罪人の反応があります。姿は見えませんが、どこかにいるはずです」
重罪人ってのは俺達のことか。たぶん、そうだろう。真剣な顔して言いやがって、笑わせてくれる。
どうして勇者がここに、と思うが、よく考えると翆玲神殿跡でも俺達を捕捉して先回りしていた。
何かの魔術で俺達を追跡しているのだろう。向こうの居場所もわかっていたが、向こうからもこっちの居場所をわかっていたのだ。<探知>をかけておけばよかったと後悔する。思い至らなかった自分を恥じる。
勇者は俺達を睨みつける。その後、周りの家臣団や近衛兵達に視線を走らせた。
小声でぼそりと漏らす。
「ここのどこかに居るはず……」
しめた。こいつら<印>のようなもので位置は大体わかるが、細かい場所まではわからないんだ!
そういえば翆玲神殿跡地で待ち伏せはしていたが、出口を狙い撃ちで狙うことはしなかった。いや、できなかったんだ。
どうする? やるか?
確かに勇者達は強い。パルストから与えられたよくわからない異能により、不思議な強さを持っている。だが、付け焼刃なその強さに負ける気はしない。
ここまで上手くいったのだから、王様の前で暴れるのは避けたいのだが。
俺が迷っていると、ウルガルト王が口を開いた。
「勇者殿……。落ち着くのだ」
ウルガルト王が深みのある声を出す。はっとした顔で勇者三人が振り返った。
ウルガルト王が呆れたような顔色を浮かべ、勇者達を見ている。それもそうか、いきなり転移してきて叫び出すのは非常識というものだ。
「今、余はこの者らと話をしておる。新しいゴーレム技術士ぞ。勇者殿も待ち望んでおっただろう?」
「あ、そうなのですか……?」
「信頼のおける筋よりの紹介であるし、何より腕は確かだ」
白衣を着たおじいちゃん技術士がうんうんと頷いて見せた。
勇者達は不審げな顔をしていた。納得のいかない顔になる。
「しかし……!」
「勇者殿の気持ちもわかるが、少し働きすぎだと思うのだよ」
ウルガルト王が威圧感を増した。笑顔に見えるが表情は厳しく、語気は強い。凄みがある。
勇者達が一瞬狼狽えた表情になるのがわかった。勇者レンはすぐに表情は隠したが、わかる人にはわかる。あれは大人にビビるガキだ。
「先ほど重大な事がわかってな。勇者殿にもいろいろ手伝ってほしいのだよ」
「あ、はい。わかりました……」
「今はゆっくりと休みたまえ。また勇者殿には、この国の力になってほしい」
一転して柔らかい笑みに変わるウルガルト王。有無を言わさぬ運びだ。
近衛兵に誘われ、勇者達も謁見の間から退出する。ウルガルト王に助けられた形だが、俺はなんだか違和感を感じた。何が、とは言えないが。
「いろいろ邪魔が入ったな。王城の研究所にはすぐに移るがよい。そこのヴェンシに場所は聞くのだ」
白衣のおじいちゃん技術士が頭を下げる。どうやらこの人がヴェンシ博士らしい。
ウルガルト王が立ち上がる。即座に近衛兵が整列し、道を空けた。続いて王妃、王女が王様の後に続く。
王が退出した後、家臣団が立ち話をするざわめきに包まれる。
その中でヴェンシが俺達に手くばせをした。
「ついてくるがいい」
そう言うとヴェンシは踵を返し、歩き出す。俺達もそれについていくことにした。
「……マコトくん、どうするの?」
「目的は達成したからな。とりあえず隙を見て脱出だ」
「せやな。顔戻せばだれかわからんしな」
こっそりと話しかけてくるミトナに、俺も小声で返す。
「できれば一度ゴーレムを見ておきたいのう。ワシの素体に合うものがあるかもしれんしの」
「かっぱらう気かよ……」
「現代のゴーレム技術がどれほどのものかも、ちと興味があるしの」
ミオセルタの言葉に俺はちょっと悩む。
今までミオセルタの素体だった魚の玩具は、いまやウルガルト王が持っていってしまった。無理に振り切らなくても、休息や準備と偽って外へ出れば脱出する機会はいくらでもある。ちょっと研究所を見るくらいなら大丈夫だろう。王城の機密を握れるかもしれない。
謁見の間を出ると、王城の中を進む。
どうやら研究所は王城地下にあるらしく、階段を降りてどんどんと地下に進んでいく。
光が届かなくなり、代わりに魔術的な光源が灯されていた。
「王城ゴーレム研究所の再秘奥だ。地下水路を利用して研究所に改装してある」
「ほほう。見せてもらってもいいのかのう?」
「それだけのゴーレム技術だ、すぐに研究に携わってもらえると思うからね」
「腕を買っていただいて嬉しいのう」
似ていると言っても、大幅に改装が加えられた研究所になっている。それぞれの場所で、いろんな研究が行われているらしい。
研究員らしき人たちが、素材やパーツを担いだり台車に乗せて、せわしなく行ったり来たりしている。みな一様に厳しい表情で、作業に打ち込んでいる。
どこかのロボット工場のような雰囲気だ。
ヴェンシが大きな扉を開くと、広い空間が作業場となっていた。何百体ものゴーレムが整列している。列の後ろの方では、研究員が新たな一体を造り上げたところだった。
フィクツがごくりと唾を飲んだ。
「こりゃあ……、すごい数やで……」
「王城の総力を以て製造しておるからな。完成すればどの国にも負けぬ軍勢の完成になる」
ヴェンシがにやりと笑いながら、自慢げに言う。
「それぞれが自律行動するわけではないのう。統括機が命令を下すのじゃな」
「お分かりですか。さすがです。いずれは全て自分で判断し、自分で動くようにしたいところですが……。さてと、到着です」
「これは……!」
ヴェンシが連れてきたのは、作業場の一番奥だった。
そこには、巨大な魔術ゴーレムが制作途中で安置されているのが見えた。
背の高さが五メートルほどの、全身鎧を纏う巨人。そう呼ぶにふさわしい偉容がそこにはあった。いまにもフルフェイスヘルムのスリットから光を放ち、動き出しそうだ。
だらりと下げられた右腕は、ふつうの人間のフォルムの数倍は太い。左腕は作成途中なのか、外されて床に置かれていた。
これもゴーレムだと言うのか。確かにこんなゴーレムが動けば、ケイブドラゴンくらいは倒してしまいそうに思える。
「これが完成した暁には、南のザルンブックも攻め落とすことが可能でしょうな!」
巨大ゴーレムを見ながら、悦に入って笑い始めたヴェンシ。その姿はマッドサイエンティストと言って差し支えない光景だった。
王都の情勢には興味は無いし、このゴーレムを完成させる義理もない。
「ふむ……。とりあえずワシら、一度荷物を取りに行こうと思うのでな。街まで戻るわい」
「宿さえ教えていただければ、私の部下が行きますよ」
「ワシ以外が触ると危ない物もあるのでな。ワシが直接行かねばんらんのよ」
「おお。それなら見送りをつけましょう」
ヴェンシの瞳がしばし探るようなものになる。怪しまれただろうか?
ヴェンシの合図で白衣の下にはちきれそうな筋肉を押し込んだ研究員が二人やってきた。お前ら絶対研究員じゃないだろう。
どうやら俺達の後ろからついてきてくれるらしい。
「力自慢の部下です。重い荷物でも持たせてやってください。お早くお戻りになるのを、待っていますよ」
ヴェンシに見送られて、俺達は研究所を後にした。
どう考えても筋肉研究員は俺達の逃走防止用のお目付け役だろう。簡単にやられてしまわないように、訓練を受けているに違いない。
王城の門をくぐると、街へと入る道を進む。フィクツの先導でいくつか人気のない路地を選ぶ。
筋肉研究員の顔が不審げなものになった。
「おい……! 宿というのはどこに……!」
「<麻痺><困惑><睡眠>」
マナを練る。三つの魔法陣が同時に起動させる。魔法陣が割れ、筋肉研究員を三つの状態以上魔術が襲った。一瞬で全身を硬直させて倒れ、直後に目が虚ろになり、最後にぐったりと眠る。
「……かなりえげつないやり方やね」
「命を取ってない分、優しいと言ってくれよ」
俺とフィクツは<ばけのかわ>を解除。みんながいつもの顔に戻る。やはりいつもの顔が安心する。
「起きる前に退散してしまいましょう。ひとまずこれで何とかなったと思います」
「そうだな」
コクヨウの言葉に俺は頷いた。
筋肉研究員をそこに残すと、俺達はその場をすぐに離れたのだった。




