「カラダで覚える最強魔法」サイドストーリー クリスマスの夜
翆玲神殿跡地で勇者達を撃退した俺達は、一度王都へと戻ることにした。
ゴーレム技術士ミオセルタ一行としての準備を整えるためだ。コクヨウに案内された古着屋に入り、それぞれが変装用の服を物色する。
たくさんの服が木製のハンガーにかけられ、さながら服の海のようになっていた。
博士っぽい服を探しながら、服をかき分けていくと、服の隙間からミトナが顔を出しているのが見えた。
「そっち、なんか見つかったか?」
「ん。あんまり選ぶ余地がない、みたいな感じかな」
「ミトナ、背高いからなぁ」
俺は隣に立ったミトナをちらりと見上げた。普段は意識しないが、ミトナは俺より背が高い。それでいて身体のバランスは整っているのだからすごいとしかいいようがない。さすが熊の血か。
俺の言葉に、なぜかミトナが不安げな表情になった。
「背、高いのって駄目かな?」
「いいんじゃないか? モデルみたいでカッコイイと思うけどな」
「もでる?」
「ああ、知らないか。新作の服を着て宣伝するカッコイイ女性……みたいな?」
うんうんとうなりながらミトナは俺の言ったことを想像しようとしているらしかった。この世界にファッションモデルがいるのかは不明だが、ミトナの生活の中にいないので想像しにくいらしい。
俺は手を伸ばすとミトナの頭にぽんと手を置いた。
ミトナの熊耳がぴくっと動く。
「ま、手が届かないわけでなし。いいんじゃないか?」
くしゃくしゃっと髪の毛を崩すと、ミトナの眠そうな顔が微妙に嬉しそうな顔に変わっていく。何が嬉しいのかわからないが。
俺は名残惜しくなりながらも、ミトナの髪の毛から手を放す。服の物色を再開した。
「そういや、悪いな」
「ん? 何が?」
「ミトナの造ってくれた防具、失くしたんだ」
「いい。また、造るから」
ミトナがにっこり笑って言う。その笑顔が、なんだか違う。魅力的なのだ。
その笑顔を見つめるのが恥ずかしくて、俺は目線を逸らした。顔が赤くなっているかもしれない。
なんだかミトナ、変わった? 俺が拉致されている間に、なんかあったのか?
「ほら、これ見てみろよ。まるでクリスマスのサンタみたいだろ」
俺は赤色のボンボンボタンの着いたコートを見つけて引っ張り出した。衿に白いふわふわがついているところと言い、まさにサンタクロースの服装と言っていいだろう。今の寒さと相まって、クリスマスっぽさが出ている。
そこまで言って自分の迂闊さに気付いた。クリスマスもサンタクロースも元の世界の事だ。ミトナに言ってわかるわけがない。焦りのあまりいらないことを言った自分に肝が冷える。
「あ、サンタってのもわからないか。ええとな、寒い季節にやってくるおじいさんで、プレゼントをくれるんだよ。煙突からやってくるんだっけな」
「クリスマスっていうのは?」
「ええと、なんだっけ。すごい人の誕生日を祝う会だったかなんかで。とにかく飾り付けたりしながら、プレゼント渡したりするんだよ」
「ん。それならわかる。誕生日じゃないけど、寒季になるとプレゼント渡したりするね」
「そうなのか?」
「うん。寒い季節は収穫の時期の後だから。ありがとう、とか、これからもよろしくね、とか、そういう意味を込めて贈るの」
それは、クリスマスっぽい……のか?
でも、元の世界でも考えてみれば、生誕祭というよりは、イベント的に楽しんでいたよな。
彼女や彼氏のいる奴は、プレゼント渡すんだってはりきって頑張ってたり。俺は枯れてたから自分自身にプレゼントという発想すらなかったよ。
今なら、ミトナにならプレゼントを贈るくらいは出来そうだ。
「ミトナ、何か欲しいものあるか?」
「んん?」
「ほら、いつも世話になってるからさ。プレゼントするよ」
「……プレゼント、してくれるの?」
「い、いらないか……」
「…………欲しい!」
ずいっと近寄って主張するミトナ。顔が近い近いと思いつつ、俺はミトナの身体を引きはがす。
「何が欲しい? 何か欲しい物ある?」
「ん……。マコト君が考えて」
「ぐっ……!」
俺は思わず喉に声を詰めた。そのセリフの難易度がどれほどのものか、ミトナはわかっていない。女性の好みを考えて贈るなんて!
あれか、武器か。バトルハンマーを贈るべきか?
一瞬思い浮かべるが、プレゼントに武器はないよな、と思い直す。バトルハンマーを抱えて、にっこりほほ笑むミトナ。似合うからどうかと思う。
人形か?
いや、まて、今の俺には重要なことが欠落している。お金がない!
コクヨウが立て替えて払っているため、頼めば出してくれるだろうが、プレゼントを買うから金をくれなんて、そんな恥ずかしいこと言えるはずがない!
「…………。……そうだ!」
俺は閃いた。
マナを集中させ、術式を練り上げる。ポイントは持続時間。リソースをそこに注ぎ込む。
俺の動きを察したのか、ミトナがワクワクした表情で見ているのがわかる。
「――――<氷像>」
魔法陣が三重で開いた。長時間練り込んだぶん、三つとも<「氷」中級>+<いてつくかけら>の合成魔術だ。
魔法陣が割れる。小さな氷塊が生まれ、一気に形を彫っていく。彫っていくたびに、氷の欠片が辺りを舞う。
魔法陣の欠片と、舞う氷片が、まるで雪のように見えた。
「ええと、こんなんで悪いけど……」
俺は小さな熊の氷像をミトナに放った。ミトナの手の中に収まった小さなフィギュアは、中級魔術三つ分のリソースが込められている。半永久的に溶けないのじゃないだろうか。
細かい部分まで俺の思い通りに彫られた氷像。ちょっとデフォルメされたかわいいクマだ。
「―――――ん。いい。ありがとう」
ミトナはゆっくりと目を閉じた。どれくらいそうしていただろうか。
「じゃ、マコト君にはコレ、あげるね」
ミトナは自分が着ていたマントを外すと、上からふわりと俺にかけてくれる。
視界がふさがれる一瞬。
マントをかけてもらいながら、俺のほっぺたに柔らかい感触があったのは、気のせいだったのだろうか。
「―――あ、えっと、あ……」
「プレゼント、気に入った?」
「あ……。はい」
にっこり笑うミトナに、俺は何も言えなくなってしまった。
ミトナは腕にクマを抱くと、大事そうに撫でた。
「大事にするね」
◆
【寒季の贈り物】
収穫期を終え、これまでの働きに感謝の意を示し、贈り物をお互いに贈りあう。
食べるものを贈るのが家族の間では一般的であり――――、
――――夫婦間もしくは恋人間では、記念となる物を贈り合うのが一般的である。




