第167話「罠にかける」
俺達は王城の謁見室の前に並んでいた。
「もうすぐ陛下の御前に立つことになる。くれぐれも粗相のないようにな!」
目の前には扉を守る兵士が槍を十字に組み合わせて立っている。謁見の間につながる扉は大きい。異種族でも通れるように考えられているのだろう。床に敷かれた赤いカーペットなど、様式美というか、いかにも王城という感じだ。
俺達は今、さすらいのゴーレム技術士『ミオセルタ』一行としてここに立っていた。
まず俺達が行ったのは、服装を変え、フィクツと俺の<ばけのかわ>による幻術偽装で顔を変えることだった。
白い髭を蓄えた、痩せて気難しいサンタクロースみたいなおじいちゃんの外見だ。だぶっとしたローブにそれっぽい装飾を加えて身体は隠している。さすがに服の下の身体までは偽装していない。
ミトナとミミンは若い助手、コクヨウとフィクツは護衛としてその外見を変えていた。
架空のゴーレム技術士一行の出来上がりだ。
まず王城に向かい、奉剣騎士団副隊長アドルの顔に化けたフィクツの手引きで、話を聞いてもらえるところまでもっていった。
本当なら俺がアドルに化けるつもりだったのだが、何度やってもアドルの顔にはならない。どうも<ばけのかわ>の慣れというか熟練度が足りないらしい。フィクツはかなり近いところまで化けることができたのでしょうがなくそのままで通すことになったのだ。
口調がアドルとは全く違うので、かなり怪しい事態になったが。ミオセルタの素体となっていた魚ゴーレムを見本として渡すと、しばらくして謁見許可が下りたというわけだ。
扉をぼんやりと眺めたまま、ぽつりとフィクツが小声で俺に話しかける。
「……うまくいくもんやな。驚きやで……」
「しっ! 喋るなよ。ここからが本番なんだからな。……頼む、ミオセルタ」
「作戦通り、じゃな?」
俺の懐で核だけとなったミオセルタも小声で言う。交渉の要なので頑張ってもらうしかない。
いきなりラッパの音が鳴り響く。俺達はびくっと身体を震わせたが、どうやら準備ができた合図らしい。
十字型に組まれていた槍がゆっくりとどけられていく。ガシャン、と石突きで床を叩き、直立に構えたまま兵士は動かない。
ゆっくりと、謁見の間の扉が開いていく。
「ゴーレム技術士ミオセルタ殿、ご来場!」
扉番の兵士が高らかに叫ぶ。
まっすぐと伸びた赤い絨毯の上を、俺はできるだけ落ち着いて歩く。足が震えそうになるが、意思の力で抑え込む。
まさか魔物と戦うより緊張するとは思わなった。
壁際にはずらっと美しい全身鎧が並んでいた。なんだか威圧感がある。
まっすぐと伸びた絨毯の先に、一段高くなった座がある。正面に一番高い玉座、その左右に王妃用の座と、王子か王女かわからないがそれ用の座が用意されてあった。
……鎧?
俺は軽い驚きに眉を少しあげた。
王様は服ではなく美しく輝く銀色の鎧を着用していたからだ。
兜はさすがに装備していない。かわりに王の象徴とも言える王冠がそこには輝いていた。剣はないがなんとも物々しい。対する王妃が普通のドレス姿だけに、その対比は不思議に思う。
深い皺には厳しい表情が刻み込まれている。その様子を見るに、まさに武王といった貫禄だ。
玉座の下は、護衛の近衛兵が固めていた。ローブ姿もあるあたり、近衛魔術師も詰めているのだろう。
俺の<空間把握>では隠れてこちらを狙っている弓兵の存在を感知している。当然か。
絨毯は玉座に届かないあたりで終わっていた。そこで足を止める。
コクヨウが深々と頭をさげた。俺たちも倣って頭を下げる。このあたりのやり方はわからない。
「――――よい、面を上げよ」
深みのあるバリトンボイス。その声に俺達は頭を上げる。一息吸うとコクヨウが話し始めた。
「お初にお目にかかります。ウルガルト・ベリム・ハルベル陛下、我々は――――」
「口上は要らぬ。余は知りたい。これは貴様らの作ったものか?」
ウルガルト王は手に持っていた魚ゴーレムを持ち上げた。ミオセルタがいた遺跡にあった古代ゴーレムだ。
「そうじゃ。まあ、ほんの玩具程度のものじゃがの」
「…………ふむ」
ウルベルト王は再び魚ゴーレムをいじる。
答えたのはミオセルタ。俺の懐から喋っているので、まるで俺がしゃべっているように聞こえる。白い口髭が豊かにしてあるので、しゃべっている口元は見えなくなっている。
「アドルがこうした推薦をするのは珍しいと思ったが……。おい、あれを持て」
呼びかけに答え、白衣を着た口髭のおじいちゃんが豪華なお盆に何か載せて持ってくる。でっかい歯車に余計なトゲを付けたようなものだ。
お盆を持ってきたおじいちゃんは、すごい目つきで俺を睨みながら、お盆を差し出してきた。どうやら手に取れということらしい。しょうがなく手に取る。かなり重い。
「これが何かわかるか? ゴーレム技術士ならばわかるはずだ」
試されてるのか!? 頼む、ミオセルタ!
「ふむ……。マナを動力に変換するパーツじゃな。だいぶ粗悪じゃがの。それじゃと一定以上の出力ですぐに焦げ付くじゃろうに」
「粗悪だとッ!?」
「そもそも形状が間違っておる。こんなにトゲトゲして無駄のある形じゃと伝達効率が悪かろうて。こことここの突起をじゃな……。あとはここを……」
「…………ッ!?」
どうやら口髭のおじいちゃんは王城のゴーレム技術士らしい。目を白黒とさせながらミオセルタの言葉を聞いている。はじめは険悪だった視線が、次第にありえないものを見る目つきに変わっていった。
「こ、この者……! そうとうな腕の技術士でございます……!」
「ふむ……。よい。ならばよきに計らえ」
ミオセルタは古代ゴーレムの技術に精通している。発掘される古代のゴーレムを知り尽くしているので、これくらいの芸当は当然なのだろう。
だが、俺達は研究者として仕官しにここまで来たわけじゃない。
「おお。すんなりと認めていただき、恐悦至極。もしもと思って面白いモノもお目に掛けたいと思い、用意しておったのですが……」
「ほう……?」
「こちらをご覧ください」
俺の身体の動きに合わせて、ミトナが『古代の剣を改造した槍状の物』――ハクリを取り出した。槍かと勘違いした周りの兵が一瞬どよっとなる。
ミトナはすぐに操作してハクリの五指を開かせた。
「こちらはマナを捕獲して目に見えるようにする器具でしてのぉ。<光源>の魔術を頂けますかな?」
ウルガルト王の目くばせで、近衛兵が<光源>を詠唱する。
魔法陣が割れ、生み出された魔術の光がゆっくりとミトナへ向かって進んでいく。
ハクリの五指はしっかりと魔術の光を捕らえ、純粋マナへと変換した。あいかわらず俺には美しい青い光にしか見えない。
「ほぉ……。マナというものは見えぬものだと思ったが……」
「このマナ、ヒトには赤く、獣人には紫に見えるのでございます。そして、魔物には青く見えるそうですな」
「ほほぉ、確かに赤く見える。どうだ?」
ウルガルト王が周りに居る近衛兵や家臣に尋ねる。その誰もが「赤」だと返していた。
ウルガルト王の笑みが深くなる。
「人間に化けた魔物なども、見分けられるかもしれんな」
そこまで言ったとたん、盛大にラッパが鳴り響いた。
「王女殿下、剣聖殿のご入場!」
別の入り口から、ドレスを着た王女とエリザベータが現れる。王女に見覚えがあるような気がしたが、一度もあったこともないはずだ。気のせいだろう。
王女の護衛についていたのか、この謁見の間にエリザベータがいないことは初めからわかっていた。その二人が謁見の間に近付いて来るのも感知していた。
そのため、ここまでの運びを急いだのだ。
王女は優雅に席に着く。その横にエリザベータは立った。
「おお。リリア。面白いモノを見ておってな。あの光、何色だ?」
「美しい赤色でございますね。お父様」
「そうだな。剣聖は――――どうだ?」
ウルガルト王の目がぬらりと光った気がした。
いま、王様なんか変じゃなかったか……?
違和感は些細なもので、すぐに消えていく。
「ぼくには、あおいろにみえますけどね」
どよめきが謁見の間に広まっていく。
事情がわかっていないエリザベータが、辺りを見渡して不審な顔をする。
エリザベータからうけた<魂断>。その技は人のワザである『魔術』でなく、魔物の能力である『魔法』だった。
エリザベータの身体能力も含めて、普通じゃないところを考えると、エリザベータが魔物化しているんじゃないかと予想していたのだ。
ウルガルト王が玉座から勢いよく立ち上がると、困惑のエリザベータを指差した。
「――――この者を捕らえよ。剣聖は、魔物だ!」
空気が凍り付く。
近衛兵の動きは迅速だ。剣や杖を抜くと、ウルガルト王を守る者と、エリザベータを捕らえる者に分かれて動き始める。
エリザベータが跳ねた。人間にあるまじき跳躍力で近衛兵たちを飛び越える。
「おうさま……!? いまが、そのときか!! こうかいするぞ……!!」
エリザベータは一瞬王女を見ると、俺達を見る。その顔が歪む。どうやらからくりに気付いたらしい。
「やってくれたね……!」
「ゴーレム達よ! 魔物を捕らえよ!」
おじいちゃん技師が叫ぶ。
同時、壁際の全身鎧たちが動き出した。まるで動く鎧のように、剣を抜き放つとエリザベータに群がろうとする。壁際に並ぶ全てがゴーレムだったらしい。ガチャガチャと何重にもエリザベータを包囲する。
「エリザベータ!!」
王女の叫びに、エリザベータは動きを止めた。抵抗するのは諦めたらしい。鎧ゴーレムに捕まり、連行されていった。
うまくいった……!
ここまでは予想していなかった。ちょっとうまくいきすぎな気もしなくはないが。
だが、これでエリザベータは少なくとも権力を失うはずだ。俺のことをどうこうするようなことはできなくなる!
空間が歪んだ。
俺の<空間把握>が今までいなかった人物を感知する。<印>の反応が、謁見の間に飛び込んで来た。
三人の勇者が<転移>してきたのだ。
勇者レンが叫ぶ。
「騙されてはいけません、王様!!」




