第166話「反撃攻勢」
俺は勇者が消えた地点を見つめていた。
「逃げた……か。まあ、また来るだろうな」
とりあえず<やみのかいな>は解除しておく。肌が肉と皮に戻り、尻尾が消える。
勇者も諦めはしないだろう。俺を倒す算段をつけて、それからもう一度再戦を望むはずだ。
あと警戒しておかないといけないのは奇襲だ。
だが、戦闘のさなかで勇者セオのシールドに<印>を仕込んである。すぐには解除されないように、ありったけのマナをぶち込んだ三重マーカーだ。数日は勇者達の動向を追うことができるはず。
マーカーの方向を感じてみると、街の方で<印>の存在を感知した。近くまでいけば<空間把握>で完全に把握できるだろう。
誰もいなくなった翆玲神殿跡に、風が吹く。
さて、これからどうするべきか。まずはミトナ達と合流だ。
俺はアルドラと思念で連絡を取りながら、ミトナ達の方向に向かって駆け出した。
翆玲神殿内部。少し地下に戻ったあたりにマルカーン達はいた。どうやら途中でサンタークが連れてきたらしいフィクツたちも一緒だ。ほかの面々も無事だったことに俺は安心する。
ここまで護衛してくれていたミトナと目が合う。視線で感謝を伝えると、ミトナも笑い返してくれた。
「ニイさん! いきなり走り出して、心配したで」
「ほんまに。追いかけるにしても、二次遭難もシャレにならへんし。どうしようかと思ったわ」
「いや、ほんと悪い。何とかしなくちゃと思ってさ」
フィクツとミミンが眉を立てて言う。だが、次の瞬間にはふにゃっと表情と耳をくずす。
「まあ、マルカーンのジイさんを助けてくれてたんやから。ありがとうも言うとくわ」
「何人かはやられたけどな……」
「マコト様。勇者達はどうなったのです?」
「とりあえず反撃したら逃げてった。場所はわかるし、とりあえずは大丈夫だろ」
コクヨウが割り込んで質問した。確かに先に言っておかないといけなかった。
俺の言葉にフィクツが疑問の顔になる。
「逃げたァ? なんでや?」
「マコト様、戻ったのですね」
「うん。戻った」
「――――安心しました」
コクヨウが安堵したような顔になる。どうやらだいぶ心配してくれていたらしい。傍目から見るとそれほど追い詰められているように見えたらしい。
実際追い詰められていたしな。
「ミトナ様もご無事で」
「ん。ありがとう」
俺はミトナの怪我を思い出した。ずっと手綱を握っていたのであろう手はかなりボロボロだ。その手を断取り、<治癒の秘跡>をかける。
やわらかな光がミトナの手を包み込み、癒しはじめる。ミトナの体力ならば倒れることはないだろう。それでもその顔を見ながら、調整をしつつ回復させていく。
ミトナの回復が終わると、アルドラの脚だ。こちらも同じように回復をさせていく。
「それで、その人らは誰なん?」
回復をさせていると、ミミンの声が聞こえてきた。
なんか若干トゲがないか?
「そういや紹介忘れてたな。こっちの熊の半獣人がミトナ。んで、こっちが俺のサーヴァントのアルドラだ」
「ん。よろしく」
「……よろしくやで」
なんか微妙にミミンの機嫌が悪い気がする。
熊耳と狐耳、どちらも半獣人どうし仲良くしてほしいんだけどな。歳も近いくらいだし。
……あれ?
俺は違和感を感じて、頭に手をやった。確かに伝わる堅い感触。
いつもは戦闘終了時に消えるはずの角が、まだそこに存在した。
消えない。なんでだ。
俺自身が魔物だという情報を認識したからだろうか。
とりあえずフィクツの技である<ばけのかわ>を使って見えないように偽装しておく。
角が消えないとなれば、たしかにますます魔物っぽくなっていく。
一瞬、不安になった。
俺自身はいい。だが、ミトナは――――?
「そうだ、ミトナ。俺、なんだか知らないけど〝魔物”だったらしい」
「んー……。かっこいいね……!」
あえて軽い様子を装い、ミトナにだけ聞こえるように小さく言う。
親指を立てて、サムズアップでミトナが応えた。その様子に無理をしているところは全くない。
――――ああ、うん。
いけそうだ。いつまでもこうしていられない。
「よし、ちょっと集まってほしい」
俺の一言でミトナ、フィクツとミミン、コクヨウ、マルカーンとその護衛達が集まってきた。
それぞれの顔を見渡して、ミトナを最後にもう一度見てから俺は口を開いた。
「これからどうするか、だな」
「王都からの脱出やな」
フィクツの言葉に俺はちょっと考えた。魔術が戻るまでとりあえず身を隠す意味で王都の脱出を考えていた。だが、今は勇者の存在もある。できれば<印>で居場所が掴めるうちに何とかしたい。
「いや……。できれば剣聖を何とかしたいんだけどな。剣聖に言うことを聞かせるとしたら……王様か?」
「王様に会うこと自体が難しいんやないの?」
ミミンの言葉に俺は腕組みをして考える。何か、王様と繋がれるとっかかりがあればいいんだが。
贈り物? 芸か何かの披露?
「王様が気に入りそうな物って、何かあるか?」
「王……ですか。今のところ力を入れているのは南への領土拡大と、あとはそうですね。ゴーレム技術について技術者をかなり集めている、といったところでしょうか」
「確かに、地下水路市でもゴーレム関係の品物は王城関係者が買い込んでいましたな。変装はしておったようですが、この目を誤魔化すことまでは無理でしたな」
コクヨウの答えに、マルカーンが補足した。
「ゴーレム……。ミオセルタ、確か専門じゃなかったか?」
「そうじゃなぁ。それだけじゃないんじゃが、力を入れておった分野でもあるのぅ」
「よし……」
俺の頭の中で考えがまとまる。反撃に出るなら、今しかない。王城だ。
「王都からの脱出は中止だ」
「えぇ!? ニイさん!?」
「ほう……」
「目指すは王城だ」
「王城って、どうやって忍び込むつもりなん!?」
「忍び込むつもりはない。――――正面から行く」
完全に疑惑の目を向ける仲間たちに、俺は考えていた計画を話していく。
今いるメンバーで何とかなるはずだ。これまでは相手に振り回されてきた。準備を整えられたら負ける。
奉剣部隊本拠に乗り込んだ時みたいに、先に仕掛ける方がいい。
マルカーンと護衛達は一緒に行かない。とりあえず他の地下水路市に身を寄せるつもりだという。
こちらもさすがにおじいちゃんを抱えながら行動はできない。そもそもここまで連れてきてくれただけで感謝だ。
あと、王都までの脱出依頼がキャンセルになったので、翆玲神殿跡までの案内賃だけでいいらしい。金はとるのか。さすが商人だな。
フィクツとミミンはどうするか聞いてみたが、ついて来ると言ってくれた。コクヨウはもちろん。
俺はこの作戦において大事なことを、もう一度確認する。
「目標は一つだ。剣聖を罠にかける」
俺の言葉に、みんなが頷いた。
◆
マルカーン達が去り、少し静けさの残った翆玲神殿。地下のためマコトが生み出した魔術の光がぼんやりと辺りを照らしていた。
あまり準備するものもないため、手持無沙汰になっていたフィクツは、マコトを睨む妹に気付いた。
「ミミン、どうしたんや?」
「…………」
妹はフィクツにちらりと目をやると、また目線を戻した。その顔はなんだか複雑なものだ。
目線の先にはマコトがいた。白い大きな犬の毛並を撫で、着けられた鞍の様子を確かめている。その様子に変わったところはない。
「ニイさんが、どないしたんや?」
「……ちょっと、エエなあって思ってたんや」
「…………」
「見てみい。あれ、もう入る隙間あらへんわ」
マコトの傍には、熊耳を持つ眠たそうな顔の女の子が立っていた。
その、寄り添う距離感。雰囲気。お互いのことをよく知っている間がそこにあるのがわかる。
あまり熊耳少女は言葉を発しない。だが、よく聞いて、受け止めていた。
フィクツはもう一度妹の顔を盗み見た。
妹も、もう子供ではない。自分で考えて、自分で結論を出すだろう。
「おーい! 行くぞー!」
準備を終えたらしいマコトの声が聞こえた。
いまだ仏頂面の妹の背中を一つ叩く。兄妹なのだ。これで伝わるだろう。
フィクツは苦笑を顔に張り付けると、マコトの後を追って歩き出した。




