第165話「獣魔術」
三勇者はどうやらいきなり現れたミトナを敵と認識したらしい。
俺とミトナに向かって魔術を放つ。勇者レンが<魔術「雷」中級>の雷撃槍。勇者クロエが雷の虎をそれぞれ起動した。うなりをあげてこちらに向かってくる。
「ん。大丈夫」
迎撃しようとした俺を、そっとミトナがおさえた。名残惜しそうに身体を離す。感じていた身体の熱が離れていく。そのことを残念に思う自分がちょっと恥ずかしくなった。
ミトナは前に出ると、腰に提げていた一本の槍を引き抜いた。古代の剣を改造し、槍に変えたものだ。
これは……!
ミトナは槍の持ち手を捻る。バシャッと音がして、槍の穂先が展開した。
速度の速い雷撃槍を、ミトナは容易くからめとった。一瞬で分解された魔術は、青色の純粋マナとなって掴まれた。
「な、なんだ!? その赤いハンマー!」
勇者セオが叫ぶ。どうやら勇者セオには純粋マナが赤く見えているらしい。
ミトナはそのまま調子を確かめるように武器を振り回す。さながらそれは、青色の光輝くハンマーだ。
「ん――――ッ!」
ミトナはそのまま迫る雷の虎に、純粋マナを叩きつけた。一気に振り抜く。
純粋マナと雷の虎、両方が一気に砕け散った。相殺だ。魔術を捕らえ、かつ魔術を迎撃する。まさに魔術迎撃用ハンマー。
キラキラとマナの粒子が舞う中を、ミトナがひとっとびで俺の近くまで戻ってくる。姿はボロボロだが、その全身はやる気に満ちていた。
ミトナを離した代わりに、俺はクーちゃんをその両手に抱いていた。あったかく小さな身体。
旅のはじめから、ずっと一緒だった。このクーちゃんが、俺の〝魔物の身体”と何か関係あるんじゃないかと思うが、考えるのをやめた。
今はその場合じゃない。
勇者三人が俺を見ている。世の中を全然わかっていない。小さなガキども。
きちんと教えてやる必要がある。
俺はマナを練った。久しぶりの感覚。だが、必要不可欠な感覚。
血液が流れるように、マナを全身に流す。調子が、いい。
脳内に響くアナウンス。頭に感じる熱い熱。
<マナ基点を増設します>
俺は魔術を解放した。
「――――<魔獣化>」
三つの魔法陣が同時に展開した。そこを起点に、スイッチを一気に入れるように、<魔獣化>の魔術が起動していく。まるで水しぶきのように、砕けた魔法陣が流れていく。
<身体能力向上><空間把握><浮遊><まぼろしのたて><探知><「衝撃」初級><「火」中級><やみのかいな>。
魔法を封印していたのは、身体が魔物化していくのを防ぐため。
すでに魔物の肉体だって言うんなら、制限はないだろ!!
身体をわずかな光が包み、マナ防御力を上昇させる。
拡がったマナが三次元的に周辺の様子を把握、マコトの脳内にそれを伝える。
身体に満ちるマナが身体能力を上昇させる。
両腕が炎状の黒腕に変化する。同時に尾てい骨から同じく黒炎の尻尾が生える。首元にも黒炎がマフラーのように巻き付いた。
俺の姿を見た勇者レンが目を剥いた。スマートフォンをかざしながら叫ぶ。
「その姿。やっぱり魔物だったんだ!!」
そのまま連続で魔術を起動。<火弾><雷撃><氷弾>が一気に俺に向かってくる。
俺は答えなかった。飛んでくる魔術を素手で打ち払う。
<「火」中級>+<やみのかいな>の上に、<まぼろしのたて>が付与された腕ならば、この程度の魔術は素手で十分だ。
勇者セオが一気に距離を詰めて接近戦を仕掛けようとする。ミトナが俺との間に割って入った。
武器をいつものバトルハンマーに持ち替え、コンパクトなスィングで迎撃する。
勇者セオは盾でガード。表面に魔法陣が浮かび上がり、ミトナの攻撃の威力を無力化した。何かのいかさまが働いているとしか思えない。威力自体がゼロになるような理不尽な無力化だ。
勇者セオが返す刀で槍を振るう。
「<くまの――――掌>っ」
バトルハンマーから片手を離し、ミトナが軽く腕を振るう。その手に一瞬魔法陣が現れて割れた。
いきなり大きな熊の手が召喚され、勇者セオを打ち据える。バシィンという轟音と共に、勇者セオの身体が吹っ飛ばされる。だが、強化された勇者セオの肉体にはあまりダメージはないようだ。
ミオセルタは空中へと躍り出ると、嬉々としてミトナに注目した。
「ほほう。そうなりおったんじゃな!」
「あれが、ミトナの獣魔術ってやつか?」
「そうよの。ほぉ! おもしろいことよのぉ!」
ミオセルタが元気に叫んだ。
俺には何がおもしろいのかさっぱりだが。どうやらマナの繋がり、つながったみたいだな。アルドラともだ。集中すればアルドラともコンタクトが取れる。
ミトナの<獣魔術>で生み出された架空の熊の手は、打撃を終えると薄れて消えた。
ミトナが俺に向かってガッツポーズを決めて見せる。かわいい。
状況は大きく変わった。今なら勇者を撃退してマルカーンを助けられる。
俺は踏み出した。じゃりっと鳴った踏み出す足音に、勇者レンの肩がわずかに震えた。焦った声が口からもれる。
「あなたは何なんだ……!? 僕は英雄だぞ? 勇者だぞ? 神に選ばれたんだ……」
「俺は何なんだろうな。俺が知りたいくらいだ」
勇者レンは何かを見るように虚空を見つめた。顔を再び俺に戻した時には、その瞳には力が戻っていた。
「神からの声も、あなたを倒せと言っている! あなたが敵――――魔王だな!」
魔王……ねえ?
勇者レン、勇者クロエ、勇者セオの三人が強く頷く。どうやら俺には聞こえないが、神様の声が聞こえているか、何かメッセージが見えているらしい。
「幻だと思うけどな」
この世界に来てからこのかた、パルストの野郎の声が聞こえたことは一度たりともない。
だが、勇者達は俺の言葉なんて聞いてはいなかった。
「僕たちには、神から与えられた神器がある! 負けない!」
強い口調で言うのは、不安の裏返しだろうか。俺はニヤリと笑うと一歩踏み出した。
「ミトナ、向こうに狐のおじいさんがいるんだけどな。ちょっと避難させといてくれ」
「ん。まかせて。……戻ってくるから、どっか行ったらダメだよ?」
「もちろん」
マルカーンの位置は<空間把握>で掴んでいる。ミトナに伝えるとすぐに走っていった。<獣化>も使い、かなりの速度で移動していく。アルドラにもサポートするように思念で伝える。
(――――了解)
ぶっきらぼうな調子で返事が戻ってくる。俺は思わず小さな笑みがこぼれた。
勇者が離れて行こうとするミトナを攻撃しようとする。
「<氷刃>!」
三つの魔法陣が割れる。氷の短剣が六本一気に射出される。勇者達の牽制だ。
悪いが相手は俺だ。
「<りゅうの鉤爪>」
<りゅうのいかづち>+<拘束>。
ほとんどタイムラグなしに出現した拘束の魔術。ドラゴンが獲物を捕らえるかのように、斜め上から勇者達を捕獲しようと襲い掛かる。
「<ア、大氷甲兵>っ!」
「<雷盾>!」
勇者クロエが呼び出した氷のゴーレムが盾になるように<りゅうの鉤爪>を受ける。余波は勇者レンの<雷盾>が防御だ。
俺は腕を振り上げた。叩きつけようと思うが、密度が足りない。意識すると俺は吹き上がる黒炎の腕ぎゅうっと内側へ。密度を上げた普通の腕くらいのサイズに圧縮する。
そのまま氷のゴーレムに叩きつけた。圧縮された黒炎が、氷ゴーレムを胴体部分から一気に砕き割る。
<体得! 魔術「氷」中級 をラーニングしました>
新しい魔術のラーニングできた。魔術の中でも相性がいい氷だ。
勇者レンが魔術を放つ。勇者クロエが獣を模した魔術を放つ。勇者セオが俺の攻撃を防ぎながら槍を繰り出す。
その全てを俺は捌いていた。勇者の攻撃は確かに強力だ。強化された肉体に、威力の高い魔術。
だが、そのどれもが俺に届かない。
身体がよく動く。これまで戦ってきた経験は伊達ではない。ここにくるまで何度死にそうになったことか。負ける気はしない。
初めは強気だった勇者レンの顔が、どんどん色を失っていく。
勇者レンは勇者セオを呼び寄せると、勇者クロエの近くにかたまった。
「ク、クロエ!? 転移だ! 撤退だよ!!」
その魔術は、欲しい。
俺は転移を準備しているクロエに向かって、低い姿勢で高速移動する。
「ひ――ッ!? て、<転移>!!!」
俺の伸ばした手が触れるギリギリで、勇者三人の姿が掻き消えた。
勇者が、逃げた。




