第164話「再接続」
翠玲神殿跡地に風が吹く。
マルカーンの護衛に緊張が走った。
今いる位置はいわゆる外周客席の辺りだ。ここから神殿跡地の外へ出るためには、コロッセオの真ん中を通らなければならないらしい。
確かにところどころ客席部分は壊れており、移動することはできない。
地下水路に引き返すべきか?
だが、そんな隙を許すような勇者達だろうか。
勇者レン、セオ、クロエ三人は逃がす気はないだろう。これだけ開けた場所ならば、勇者クロエの転移で逃げ道を塞がれてしまうに違いない。何とかできないものか。せめて、マルカーンだけは地下水路に逃がす隙を作りたい。
俺は一歩前に出た。勇者三人の視線が俺に集まる。
俺は両手を挙げて、敵対の意思がないことを示しながら口を開いた。
「は、話し合わないか?」
「その余地はないだろ! ここで大人しく捕まれ!」
勇者セオが猛る。一声叫ぶと長方形型の盾を構える。完全にやる気だ。俺は首をすくめるとマルカーンのところまで下がる。
そりゃ怒るよな。勇者セオには瓦礫ぶつけたしな。
とりあえずマルカーンには逃げてもらうしかない。
「マルカーンさん、何とか逃げ出せないか?」
「無理だなぁ。貴方を置いてはいけますまい。むしろ、私らがここで盾になります。お逃げなさい」
「……何を」
「聞こえませんか? あなたを呼ぶ声がするのを」
マルカーンが何か遠い音を聞くかのように、耳をぴくぴくさせる。
「助かる可能性があるのはあなたしかいない。お行きなさい」
「いや、待ってくれ……!」
マルカーンが自分の足で立つ。そうとうにダメージを受けているはずなのに、その立ち姿は凛としていた。俺の制止も届かない。どこか晴れ晴れとした様子で前へ出るマルカーンと護衛の人たち。
「どうしてそこまでするんだよ! 違うだろ!? 逃げるのはマルカーンさんの方だろ!? フィクツとミミンはどうするんだよ……」
声は届いているはずなのに。
勇者レンが、おや、といった顔をする。マルカーンをとりあえずの標的にするらしい。
それなら俺も戦えばいいのか?
だが、俺も戦えばマルカーンの身を挺した足止めの意味がなくなる。
「行くぞ!」
そう考えるうちに、先に戦闘が始まる。
マルカーンが吠え、同時に青い火球を放つ。軽い放物線を描く火球を、勇者セオの盾が防いだ。勇者レンを狙った一撃だったが、あの重い鎧と盾を担いで、ありえないほどの速度を見せたのだ。この年齢ではありえない身体能力。何かのズルが働いているとしか思えない。
護衛の人が弓を構える。矢筒から矢を引き出すと、熟練の技で矢を放つ。ひねりが加わりながらも、一直線に勇者クロエを目指す。
「<風の鼬>」
勇者クロエの魔術が発動した。
魔法陣が砕け、不意に吹き上がった風に矢が巻き込まれる。そのまま空中でかまいたちのように矢が切り刻まれると、残骸がバラバラと落ちてきた。
「こちらから反撃ですよ!」
「―――――ッ!?」
勇者レンがベストの内ポケットから取り出したものを見て、俺は硬直した。
勇者レンが取り出したのは、どう見てもスマートフォンとしか思えない機器だったからだ。
画面にはスマートフォンのカメラ機能で撮られたらしい魔法陣が映っていた。その魔法陣に魔力が通り、魔術が発動している。
勇者レンはたて続けに魔術を放って見せた。マルカーンをかばって護衛の人がダメージを受ける。
年齢に似合わぬ身体能力。魔術の技。
神に選ばれた。神の祝福を受けた。
スマートフォン。勇者クロエのかけている眼鏡!
〝勇者”。
――――つながった。
こいつら、俺と同じ異世界転生者だ!!
繋がった瞬間、頭の中を怒涛の勢いで情報が駆け巡る。一瞬で零下まで温度の下がった血液が、一瞬で爆発的に温度を上げるような感覚。
俺は駆け出していた。マルカーンを引っ張ると、代わりに前に出る。
「待て! 待てよッ!! お前ら、異世界から来たんじゃないのか!?」
俺の剣幕に何かを感じたのか、ぴたりと勇者たちの動きが止まった。何かを考えている様子。止まった攻撃に安堵し、護衛の人たちがマルカーンの傍を固めた。
「僕たちが神様に呼ばれて異世界から来たことは、一緒に南部戦線を戦った人たちは知っています」
「俺も異世界から来たんだ! お前たちと一緒だ!」
勇者レンの動きが止まった。俺が嘘をついているのかどうか吟味するように顔を見つめてくる。勇者クロエはことの成り行きが掴めず、おろおろとしているようだった。
「オイ、コイツ、オレ達を騙そうと適当言ってるだけだ! レン、やっちまえ!」
「そうだね。その可能性が一番高いね」
「本当に私たちと同じ、異世界からの人ってことは無い……?」
「それなら僕たちと同じように、あの白い境界世界で出会っているはずだよ」
勇者クロエは迷っているようだが、勇者セオと勇者レンの気持ちが傾きつつある。
俺の手がじっとりと汗ばんできた。このやりとりのうちにマルカーンにだけは逃げてもらったほうがよかったか。
「たとえそうだとしても、人に害を為すような転生者も、僕たちは倒さなければいけないはずだよ! 神に選ばれたんだからね!」
――――駄目だ。こいつ、選ばれた自分に酔ってやがる。
正義の自分。正しい自分。英雄の自分。神様からもらったチートを手に、自分たちが正しいと思う行為をし続ける。
巻き込まれてやられる側の気分って、こんな感じだったのかよ。
南部戦線の英雄?
結局それって、いいように使われて戦争の手ごまにされてんじゃねえのか?
半分以上やっかみのような気持ちが、俺の中に沸き上がる。
俺はこの世界に来たときから、うまくいったことももちろんあるが、うまくいかなかったことの方が多い気がする。
勇者レンが叫ぶのが、スローモーションで見える。
「いくぞ! 僕たちが正義だ!」
勇者レンがスマートフォンを構えるのが見えた。、
「くそッ!」
勇者は魔術を放つ。<火弾><火槍><雷撃><氷弾>と基本的な魔術ながら、スマートフォンの画像を入れ替えるだけで連続で放たれる。その勢いたるや脅威としかいいようがない。
マルカーンさんから離れるように、俺は走る。
俺を追って破壊音が聞こえることから、勇者レンの狙いが俺であることは確実だ。どんどん客席を駆け上がり、すり鉢状となった上の淵へと追い詰められていくのがわかる。しかし、どうしようもないのだ。
――――力が欲しい。
魔物でも何でもいい。打開できるための力が。
身体の内から、燃えるように叫ぶ声がする。
叫びに、応える声があった。
「―――――――――ッ!」
懐かしい、声。
「――――――――マコトくんッ!!」
アルドラの身体がその跳躍力をいかんなく発揮し、コロッセオの外壁の向こうから飛び込んでくるのが見えた。
その鞍には、ボロボロになった長身の熊耳娘の姿があった。
アルドラの毛皮はところどころ血にまみれている。両脚ともぐずぐずになりそうなほど痛んでいるのがわかる。
ミトナもひどい有様だった。どんな状況になっても、ずっと乗り続けていたのだろう。髪もぐしゃぐしゃ、手も傷だらけになっていた。
ミトナが空中でアルドラの鞍から跳んだ。両手を広げ、そのまま俺の方へ飛び込んでくる。その胸元にクーちゃんがいるのもわかった。
俺は状況を忘れて、ミトナを思いっきり抱き留めた。そうすることしか、考えられなかった。
ミトナを思いっきり抱きしめる。
俺の中で、何かが――――繋がった。
<体得! 魔法「魂断」 をラーニングしました>
<体得! 魔術「睡眠」 をラーニングしました>
<体得! 魔術「困惑」 をラーニングしました>
<体得! 魔術「解析眼」 をラーニングしました>
<体得! 魔法「ばけのかわ」 をラーニングしました>
<体得! 魔術「擬獣化」上級 をラーニングしました>
気付く。そもそも俺の中のマナ経路はとっくに修復されていたのだ。
ただ、俺には欠けていたものがあっただけなんだ。
俺は、俺自身の力が戻ってくるのを、感じていた。




