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第162話「ネズミ駆除」

 耳にした言葉は、信じられないものだった。

 だが、聞こえてくる怒号や悲鳴は、嘘ではない。


「なんで騎士団が!」

「地下水路市は闇市だからね。手入れがあることもある……」


 マルカーンが豚獣人(オーク)の門番に支えられて立ち上がる。

 俺は思わず後ずさりした。見えはしないが、マルカーンから悪寒を感じるレベルのプレッシャーを感じる。マナを放出しているのか、練っているのか。どちらにしても尋常なマナ量じゃない。


「だが、ちと不作法が過ぎる。穴の狐に手を出したなら、噛まれることも考えてもらわないと」


 俺はマルカーンに付き添って、ボロ布天幕の外に出た。叫び声は、今や剣戟の音も交じっている。どうやら地下水路市の護衛たちが抗戦をしているらしい。


「ジイさん! 襲撃や!」

「どうしたらええ!?」


 出てきたマルカーンに向かって、フィクツとミミンが血相を変えて叫んだ。マルカーンは手で制すると落ち着いて命令を飛ばす。


「まずはお客の避難が最優先。第二、第四の水路市にも連絡」


 すぐに部下が駆けていく。


「あなたたちは行きなさい。サンタークが待っている」

「せやけど……!」

「請け負った仕事を全うするのが、商売人のプライドだよ。行きなさい」


 サンタークは我慢強く待っていた。コクヨウさんがその隣に立って、通路の先の様子を見ている。どうやらまだ進む方向からは来ていないらしい。



「地下の闇市は違法にあたる! 大人しく拘束されるなら命までは取らない! 今すぐ降伏するがいい!」



 聞いたことのある声が、地下水路の壁に反響して届いた。あれは、アドルの声だ。

 あの野郎、ここまで追ってきたのか? でも、どうやって!?


 爆発音と同時に、人垣が崩れた。無残な様子の地下水路市の向こうの方に、アドルたち奉剣部隊の姿が見えた。たしかに王国所属の軍だから、騎士団と言い張って襲撃の正当性をごまかしているわけだ。地下水路市の襲撃自体はおまけだろう。この襲撃の狙いは俺達に違いない。


 完全武装したアドルの横にはスライサーやピックなどの姿が見える。ピックは帽子を取っており、今まで見えていなかった獣の耳が露わになっていた。まさか半獣人とは思わなかった。匂いで追跡されたということだろうか。


「お前らこそ、生きて帰れると思ってねぇだろうなァ!」

「抵抗する気か! 改心の余地はないのか!?」


 地下水路市は緊迫した空気に包まれる。逃げ遅れたお客の中でも、脛に傷持つ者や、血気盛んな者は、徹底抗戦の構えを見せていた。それぞれが手に武器を持ち、凶悪な形相で奉剣騎士団を睨みつける。


 マルカーンが無言で俺たちをそっと押した。サンタークが進みだす。


「ジイさん……危なくなったら逃げるんやで」

「絶対やで……!」

「誰にモノ言うてるんや、尻尾の毛の色もかわらん子ぎつねが。行きや。用意したモンが無駄んなる」


 フィクツやミミンと同じ口調に戻ったマルカーンは、愛情のこもった声を二人に投げかける。

 俺達は後ろ髪を引かれる思いで、地下水路市から離れていった。



 サンタークは迷いなく進む。地下水路の地図を覚えているのか、何かの力が構造を把握しているのかわからないが、どんどんと奥へ奥へと進んでいく。

 残された人たちの無事は祈るしかない。暗い雰囲気を何とかしようと、俺は話題を振ってみた。


「……この地下水路、迷宮(ダンジョン)みたいだな」

「……もとは迷宮(ダンジョン)やったらしいで」

「そうですね。奥へ進めば帰ってこれぬ迷路のような水路なのですが、水は清潔で豊富なので、陸地を流れる川とあわせて、この王都が発展した要因となったのです。地下水路市の商人たちは、水路迷宮から出られなくなった人たちの末裔だという噂もありますね」


 俺ははぐれないように鞄に入れたミオセルタを軽く叩いた。


「ミオセルタは知ってるか? この迷宮(ダンジョン)

「はてなぁ。ワシも何でも知っとるわけじゃないしのぉ。それより、あのご老体、無事だといいがの」


 ミオセルタの不穏な声に、俺は眉をひそめた。


「どういうことだ? あの人らは地下水路に詳しいだろうし、最悪でも逃げることはできるだろ」


 あの勢いなら、むしろ撃退すらしている可能性がある。

 

「この襲撃も奉剣部隊しか動いてないようよの。これだけの規模の敵を相手するための、切り札くらい用意してるんじゃないかのぉ?」


 俺は思わず足を止めた。気付かず進んだ他のみんながちょっと離れた位置で立ち止まる。


 待てよ……。


 アドルの切り札。剣聖のエリザベータが思い浮かぶ。だが、それだけじゃない気がする。アドルが叫んでいた言葉が引っかかるのだ。やたら美辞麗句というか、正当性を主張していた。正当性をそれほどまでに強調することに、何の意味があると――。


「――――勇者だ」


 思い至った瞬間、俺は踵を返して走り出していた。


「ニイさん!?」

「マコト様ッ!?」


 この地下水路市の人たちは、巻き添えだ。

 マルカーンを助けたいのか、何がしたいかもわからないまま、突き動かされるように俺は来た道を戻る。


 地下水路市は、散々な姿になっていた。あたりに散らばっている瓦礫の、ところどころに染みとなっているのは血だろうか。水路も一部破壊されて、水が通路を濡らしていた。


 やはり、三人の勇者の姿があった。勇者セトが先頭に立って盾を構えている。その後ろで、勇者クロエが杖に光を纏わせて待機している。指示を出しているらしい勇者レンはその後ろらしい。


 勇者の参戦のせいで、抗う人の数はかなり少なくなっていた。全滅するまで、いくばくも猶予がない。

 マルカーンが水路を埋め尽くすような青い炎を放つが、勇者セトの盾に阻まれる。反撃の魔術が放たれ、マルカーンの盾になった獣人がまとめて数名こと切れる。まるでネズミ駆除だ。実力差が違いすぎる。


 その光景に、俺の中の何かが切れた。


 瓦礫を掴むと、全力で投げつける。予想外の方向からの投石は、勇者セトの顔面にクリーンヒットした。けっこうな威力なはずなのに、けろりとしている。だが、意識を俺に向けさせることには成功した。勇者セトのこめかみには、怒りの青筋が立っている。


「あんた……あの時の!」

「マルカーンさん! 逃げろ!」


 反応したのはマルカーンの部下だった。マルカーンを抱え、有無を言わさず撤退する。追う姿勢を見せる部下をアドルが止めた。狙いは俺のようだ。


 三人の勇者も俺を敵に認定した瞳で睨んできていた。それでいい。俺が逃げる時間を稼ぐ。


「<氷の鳶(アイシクルカイト)>!」


 勇者クロエの声。魔法陣から氷でできた鳥が翼を広げた。一気に飛翔するとミサイルの如く俺に向かって突っ込んでくる。

 俺は咄嗟にその辺に落ちていた盾を拾って構えた。


「あああああああっ!!」


 盾ごと吹っ飛ばされた。

 激突したときにまき散らされた氷結の余波が、俺の手足を凍り付かせんと襲い掛かる。温度差からくる白煙が、体中から立ちのぼる。

 俺は立ち上がると、進んでいた方へと向かって走りはじめた。


 来い。追いかけて来い!


「逃げた! くそっ! クロエ! 転移は!?」

「ここだと危険。走るしかないよ」

「行こう。テロリストを逃がすわけにはいかない!」


 勇者の声を背中に聞きながら、俺は足を動かす。完全に勇者達はやる気だ。

 背中からプレッシャーを感じながら、俺は全力で逃走を始めた。

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