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第160話「地下水路市」

 テーブルの上に食べ物が並べられていた。準備するミミンがぱたぱたと走り回っている。すぐに食べられるようなソーセージやパンが中心で、お腹が空いたのかフィクツはすでに火も通さずかじりついていた。

 奉剣部隊本部を脱出した俺達は、一度フィクツの家に戻って一息ついていた。ここならしばらく見つからないはずだ。


「今は大丈夫のようですね」


 家の外の様子を窺っていたコクヨウさんが戻ってくる。コクヨウさんが言うのなら大丈夫だろう。この人には世話になりっぱなしだ。


「冒険者の証は手に入りましたか?」

「この通り」


 俺は目の前に取り戻した冒険者の証を掲げた。そのまま自分の首にかける。再び奪われるような事態は避けたいものだ。


「言ったやろ。取り戻しにいったほうがええって」

「アドルに見つかったりして、かなり危険な状況だったけどな」


 自慢げな表情のミミンに、俺は半眼で返した。実際楽勝だと思われた奪還も、勇者を巻き込んだ逃走劇となってしまっている。今頃あの三人の勇者も俺を追いかけているのだろうか。

 ミミンが淹れてくれたお茶にハクエイさんが口を付けるのが見えた。その姿を見ているとなんだかお腹が減ってきた気がする。薄く切ったパンにハムを挟んで簡易サンドイッチにして頬張った。


「しかし、早めに王都を脱出したほうがいいかもしれませんね」

「ええ。本部には勇者がいました。あの副隊長だと、虚言を弄して味方につけた可能性があります」


 食べているサンドイッチが胸に詰まりそうな話題だ。<幻影>の脱出路のおかげで何とか逃げることができたが、今の俺で勇者達と渡り合える気がしない。


「幸いマコト様の冒険者の証がありますので、お金の工面が可能です。脱出の手配をお願いできますか?」

「思ったんだけど、コクヨウさんの伝手とかで脱出の手配はできないのか?」

「調べればルマル商会とマコトさんの繋がりはわかることでしょう。万全を期すならフィクツさんのような調べても情報が出ないところからの斡旋がいいと考えています」

「わかった。フィクツ、頼めるか?」

「まかしとき!」


 フィクツは口いっぱいに食べ物を頬張りながら、どんと自分の胸を叩いた。


「ハクエイは顔を見られているので私が同道しましょう」


 コクヨウさんが落ち着いた声で言う。コクヨウさんが付いてきてくれるならかなり助かる。この人の隠形技術や戦闘力はかなりのものだ。フィクツとミミンがどれくらい戦えるかはわからなかったが、これで安心だ。

 そこまで考えて、俺は歯噛みした。自分の力の無さにだ。使えなくなった魔術、いつ戻ってくるのか。


「俺も魔術が使えれば……」


「ちょっといいかの」


 声がしたのは俺の鞄の中からだった。ミオセルタが鼻先を突き出すと、ふわりと浮かび上がる。その動きはマナの繋がり(パス)が繋がっていた時と遜色ない。


「ミオセルタ!」

「マコトのマナ経路が戻ったわけではないんじゃ」

「じゃ、どうして……」


 ミオセルタは身体をくねらせると、尾鰭で器用に俺の胸元を指した。そこにはさきほど首にかけたばかりの冒険者の証がある。そういえば冒険者の証の材料はマナストーンだ。そこにはマナが蓄積されている。おそらくそのマナを使ってミオセルタは動いているのだろう。


「ちと、気になることがあるんじゃ。マコトの魔術が戻ってこないことなんじゃがの」


 ミオセルタの言葉に、フィクツとミミンが動きを止めた。びっくりといった顔で俺を見てくる。


「ニイさん、魔術師やったんか?」

「〝魔物憑き”やなくて?」

「あ……うん。一応な」


「全然そんな風には見えんわ……。魔術師って賢い人がやるんやろ?」


 それは俺が賢そうには見えないってことか?

 噛み付きそうになった俺の横から、コクヨウさんがフォローを繰り出した。


「いえ、マコト様は素晴らしい魔術師です。巨大な炎や雷を操り、空をも自在に駆けるのです」

「……盛りすぎやな。まあ、そういうことにしておいたろ」


 ミミンが全く信じていない眼で言ってくるが、魔術が使えない以上証明のしようがない。


「もうええかのう?」


 話を中断されて、困ったような声音でミオセルタが言う。


「それでじゃ、マコトのマナ経路の回復があまりにも遅すぎる。ワシの見立てじゃと、もうそろそろ回復してもいいころじゃと思うんじゃがなぁ……」


 ぐるりと俺の周りをミオセルタが回る。そう言われても自分自身に回復の兆候は感じられない。むしろ、喪失感というか何かのピースが足りない感じがしている。


「とにかく! 脱出やね?」


 ぐるぐると袋小路に詰まりかけた全員を、ミミンの一声が打ち破った。よくわからないことで思い悩む必要はない。なるようにしかならないのだ。まだ空中でミオセルタはぶつぶつと何かを呟いているようだったが、放っておくことにした。

 ミミンはざっとテーブルの上を片付けると、全員に宣言した。


「マルカーンのジイちゃんのところ、行こか」




 水音が聞こえてくる。狭い通路を俺達は一列になって歩いていた。

 フィクツとミミンが先頭を歩く。俺とミオセルタが続き、最後尾をコクヨウさんが歩く。ハクエイさんはお金の工面のため、一度別行動をとっている。

 太陽の光が届かない地下通路は、フィクツが持つカンテラで照らされていた。足音がやけに響く。それもこの空洞状の造りがそうさせるのだろうか。

 ここはいわゆる王都の地下水道というやつだ。近くを通る大きな川の水をここに引いて、町中の水として使えるように整備されていた。その地下水道を、俺達は歩いていた。


「こんなところにその、何とかいうジイちゃんがいるのか?」

「そうや。マルカーンのジイちゃんな」


 フィクツは振り返らず言う。


「いわゆる何でも屋やねん。何でも買い取るし、何でも揃える。買うのは買い叩くし、売るのはがめつく売るんやけどな」


 肩にヤコを止まらせて、振り返ったミミンが言う。暗闇の中、ヤコがほのかに青く光っていた。

 どれくらい続くかわからない地下水路を、右へ左へと歩いていく。ここなら見つかることはなさそうだが、迷うと出られなくなりそうで怖い。フィクツとミミンを見失わないようにしないと。


 変化が現れたのは、しばらく歩いてからだった。

 壁際に松明がかけられ、ぽつりぽつりと壁際に座り込む人が増えていく。一際広い水路に出ると、一気に人の数が増えた。そこには様々な露店が広げられ、押し殺したようなざわめきが空間を満たしていた。

 フードを深くかぶって顔を隠した人が宝石のついたネックレスを吟味する。

 顔に傷のある山賊のような男が、鋭く砥がれた蛮刀を眺める。

 魔術師らしきおじいさんが、緑と紫を混ぜて混ざり切らないような薬を並べて売っている。

 どうやら、地上では売ることのできないような品物が、ここには集まってきているようだった。


「何なんだ……ここ」

「地下水路市ですね。気を付けないと腕や内臓も奪われて売られてしまいますよ」


 俺の呟きにコクヨウさんが小さく答えた。予想以上に物騒な場所らしい。そこをフィクツとミミンはまるで自分の家の庭を歩くかのように、気楽に歩いていく。


 うう……。なんだか視線を感じる……。見られてる見られてる!


 はっきり見てくるわけではない、だが、気付かれないように何人もの怪しいヤツらがこちらを見ているのを俺は肌で感じていた。

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