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第159話「冒険者の証のありか」

 俺は記憶を頼りにエリザベータの屋敷を目指す。

 アドルが爆破現場の収拾を終えて、俺が拘束されてないことに気付くまでどれくらいかかるか。時間はそうあるとは言えない。俺は盲点とも言える本部にも戻ったくらいだ、今度は徹底的に探すだろう。

 しかし、この機会を逃せばもう本部に侵入することができなくなる。


 今しかない。


「ハクエイさん!」

「ついてくるなと言わないでくださいね。私がいなくてどうやって脱出するおつもりですか」

「それは……」


 涼しい顔で先手を打たれた。何を言っても無駄なようだ。

 俺が諦めるかといえば、そのつもりもない。なら、すばやく回収するだけだ。


「目的は俺の〝冒険者の証”です。おそらくあの館の中であるはず。最初に目覚めた場所ですからね」

「わかりました」


 エリザベータの屋敷が見えてきた。閉ざされた扉の前でどうしようかと思っていた俺の前で、ハクエイさんがいきなり扉のノッカーを叩きだす。それもものすごい勢いで。

 ぎょっとした俺は思わず目を見張った。


「ど、どうかされましたか?」


 ハクエイさんに抗議する前に、扉が内側からひらいた。中から出てきたのは中年のメイドさんだ。ノックの勢いにびっくりした顔をしていている。

 ハクエイさんは中年メイドさんを無視して、無理矢理屋敷に入り込む。中年メイドさんが押しとどめるようについてくるが、ハクエイさんは迷いなく屋敷内を進む。俺もついていくしかない。

 ハクエイさんは歩きながらメイドさんを見ずに言い放つ。


「エリザベータ様より至急の連絡だ! この前ここに運び込まれたこの者にまつわる品の場所を教えてほしい」


 ハクエイさんはそんなことを大声で言いながら俺を指さした。

 中年のメイドさんはおろおろしっぱなしだ、俺と目が合って、どうにかしてほしい、という視線を送ってくる。どうやら俺の顔には見覚えがあったらしい。


「そ、そう言われましても……」

「先ほどの爆発音を聞いただろう。ことは緊急を要する! 案内をお願いしたい。責任は私が持つ!」

「は、はい……!」


 押し切った!

 ハクエイさんの剣幕に、メイドさんがうなずいた。自分から先導して歩きはじめる。案内されたのは物置のような一室だった。ものすごい年代物の家具や道具などが埃を被っている。その中の、古臭い造りの木箱をメイドさんは指し示した。


「この中に保管するようにおっしゃっていましたので……」


 俺が力を入れると、軋んだ音を立てて蓋が開く。中には雑多な道具の他に見覚えのある品が収められていた。俺のケイブドラゴンの革防具やブーツなどだ。畳まれた衣類の上にそっと冒険者の証は置かれていた。


 全部持っていきたい……!


 ハクエイさんと視線が合う。否定するように首を左右に振られた。脱出するには持って行くものは限られる。今着込む時間はない。

 俺は断腸の思いでミトナの作ってくれた防具を諦めた。冒険者の証だけをひっつかむ。マナストーンの堅い感触が、手の中に転がり込んだ。ぐっと握りしめる。これが戻ってきただけでもよしとしよう。

 冒険者の証を握りしめた手の中が熱く感じられた。


「……脱出しましょう」


 ハクエイさんの抑えた声が耳に届いた。何やら騒がしくなってきた気がする。どやどやと足音もしてきていた。


「行きます!」


 ハクエイさんがいきなり駆け出した。扉を思い切り勢いよく開け放つ。扉は向こう側にいた隊員の顔をしたたかに打った。


 もうここまで追跡の手が来たのか!


 倒れる隊員を踏み越えて、ハクエイさんはこちらをちらりと見た。俺も遅れるわけにはいかない。混乱するメイドさんをその場に残して、ハクエイさんを追いかける。


 廊下はすでにハクエイさんが制圧した後だった。何人かの隊員がそこかしこに倒れている。ハクエイさんの手には短めのトンファーのようなものが握られていた。


「敵の動きが早いですね。すぐに脱出しましょう」


 ハクエイさんを先頭に屋敷内を戻っていく。入ってきた玄関を使わず、一階の窓を開け放ち、そこから外に出る。


「いたぞ!! こっガッ!?」


 建物の周囲に何人か配置されていたのだろう、すぐに発見されてしまう。ハクエイさんが増援を呼ばれる前にトンファーを投げつけて昏倒させた。

 ハクエイさんは迷いなく走り出す。そういえば脱出ルートを用意していると言っていた。俺はハクエイさんの後を追いかける。結構な速度を出して前を走る背中に俺は何とかついていく。

 棒術の訓練などで身体は鍛えてきたはずだが、それでもハクエイさんの方が年季が違うらしい。今更ながら<身体能力向上(フィジカライズ)>の恩恵を思い知る。


 建物の陰を一気に駆け抜ける。訓練場を駆け抜けるあたりで、何人かの隊員が槍を手に追いかけて来るのに気付いた。どうやら完全にばれているようだ。

 まっすぐ敷地外を目指すが、目の前に隣接して建つ建物の壁が見えてきた。このままでは壁際で追い詰められる。どうしてすぐ敷地外に出られるところを目指さなかったのか。


「ハクエイさん! このままだと壁だ!」

「大丈夫です! このまま真っ直ぐ!」

「くそっ……!」


 足をゆるめれば追いつかれる。ハクエイさんに従って壁沿いに走る。このまま壁がなくなるところまで走るつもりなのか。


 ぞわりと悪寒が奔った。

 目の前の空間に、異常なプレッシャーを感じる。ハクエイさんが足を止めた。俺も足を止めて、前方を注視した。

 そこにいきなり広がる光の波。直後、出現する三人。勇者達が<転移>してきたのだ。

 勇者達の顔には憤りの色があった。


「こんなところでテロを起こすなんて! 許せない!」

「おう! ここで捕まえさせてもらうぜ!」

「……だし!」


 勇者セオが前へ出た。盾を全面にどっしりと構え、反対側の手には細身の槍を持っている。こちらの進路をふさぐ位置でがっちりとガード姿勢を取った。


 突っ込んでこない……!?


 スタイルからして突撃(チャージ)をしてくるかと思ったが、その様子はない。だが、魔術師がいるなら当然なのだ。


「ハ――――、避けてッ!」


 俺の声にハクエイさんが反応した。


「<炎の蛇よ! 敵を()けッ!>」


 女の子の声。これは勇者クロエか。力ある声が響いて魔法陣が割れると同時、炎の蛇が生み出される。鎌首をもたげると勇者セオを飛び越えて、獲物である俺たちを狙う。一体なんの魔術だソレ!

獲物を狙う蛇というのは素早い。ジャアッと鱗がかすれる音を立てて、開かれた口が迫る。避けられない!


「死ぬつもりか! 馬鹿者めッ!」


 ミオセルタの叱咤の声。さすがの騒ぎにスリープモードが解除されたのだろう。鞄の隙間から頭の先端を出したミオセルタが<分解>魔術を放つ。ズボッという奇妙な音を立てて、炎の蛇の頭が粉と散った。

 ハクエイさんが懐から煙幕を取り出すと、地面に叩きつける。小さな爆発音を立てて、ものすごい勢いで視界を奪う白煙が広がる。みるみるうちに俺達二人の姿を覆い隠していく。隊員たちが同士討ちを恐れて白煙から一歩遠ざかる。

 これだけでは時間稼ぎにしかならない。煙が晴れれば狙い撃ちだ。


「こちらへ……!」


 ハクエイさんが俺の肩を掴むと、壁際へと連れて行く。


 いきなりその壁から手が生えた。俺の服をがっしりと掴むと、いきなり壁の中に引きずり込んでいく。


「うぉっ!?」


 壁にぶつかると思った次の瞬間、俺は壁をすり抜けていた。

 どさりと尻もちをついたのは、どこかの倉庫の中。暗がりの中にいたのはニヤリと自慢げな顔をしたフィクツ。見ると壁の一部が抜かれている。人が一人ぎりぎり通れそうなほどの隙間ができていた。

 どう見ても壁にしか見えないその部分から、ハクエイさんが生えてきる。いや、すり抜けてくる。とたん、脳内に閃く。


 <幻惑>だ!


 くりぬいた部分を、<幻惑>でさもあるかのように見せているのだ。こんな使い方もできるのか。

 そうか、これがミミンの言っていた脱出路というやつだ。

 驚く俺の肩を、ミミンがちょんちょんとつつく。


「囲まれる前にはよいくで」


 俺は頷く。勇者達にこの倉庫内に<転移>されてはたまらない。気付かれる前に離れるのが得策だ。

 倉庫の出口ではコクヨウさんが扉を開けて待っている。俺はすぐさま立ち上がると、フィクツ、ミミン、ハクエイさんと共にすぐさま本部から離れるよう移動を開始した。

 しばらく進んでも勇者達の追跡はない。脱出に成功したのだ。

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