第157話「三人の勇者」
ここまでうまくいった潜入は、捜索で行き詰まりを見せた。
大声で叫ぶわけにいかず、俺は抑えた声で叫ぶ。
「無い……! なんで無いんだ!?」
「似たようなのはいっぱいあるんやけどな」
ミミンが掲げた手には、いくつかの冒険者の証がぶらさげられていた。様々な色のマナストーンがきらりと光る。タグを見てみたが、知っている名前はない。
もちろん俺の冒険者の証も、この中にはない。
「他のやつはあるっちゅうことは、ここに保管されてるはずや」
「見落としはないはずや」
ミミンが不思議そうな顔で言うのを、俺は他の見落としがないか考えながら聞いていた。
ここに来た時のことを思い出せ。ここにないならどこにある?
「――――っ!」
エリザベータの館だ!
俺はハッとして顔を上げた。フィクツとミミンが驚いた顔で俺を見る。
直後、保管室の扉がノックされた。
フィクツの口からつぶれた呻き声が漏れる。俺たちは真っ青になって顔を見合わせた。時間をかけすぎたのだろうか。
一瞬の動きでフィクツが大きな全身鎧の陰に、ミミンが棚の陰に隠れた。俺も隠れる場所がないかと探してみるが、隠れられそうなところは見つからない。
そうこうしているうちに扉が開いた。
「スライサーさん、王城から視察の方が見られました。お願いしますよ」
「ちょ、ちょっと……!」
顔を出したのはさっきの事務職員だ。彼は怒った顔で俺の腕をひっつかんだ。そのまま俺はずるずると引きずられるようにして保管室から連れ出される。
そう言えばさっきそんなこと言ってたような……。
彼は俺しか室内にいないと思い込んでいたのか、フィクツとミミンが見つからなかったのはありがたい。しかし、これは困った状況になった。
まずこの<幻惑>の効果がどれほどもつのか。いきなり顔が変化したらさすがにやばいだろう。
それと、視察とか言われても何もわからないぞ!
トイレとか言って逃げられる状況を造り出して、とっとと逃げないとダメだな。
俺はどんどん先に進む事務職員に向けて、ためらいがちに声をかけた。
「ええと、トイレに行きたいんだけど……」
「ダメです! もう来ていらっしゃるんですからね! トイレなんて我慢してください!」
「ぇえ!?」
「視察に来られているのは、あの〝勇者”様ですよ? お願いしますね!」
勇者……!?
そういえばミミンも何だかそういう話をしていたような気がする。
いっそ振り払って逃げてしまうか?
考えた時にはすでに遅し。事務職員さんは応接室らしき扉までたどり着いていた。頼みますよ、と小声で俺に釘をさすと、室内に声をかける。
「失礼いたします。奉剣部隊員スライサー、入室させていただきます」
「どうぞー」
中から思った以上に軽い声が戻ってきて、扉は開かれた。
なかなか中に入ろうとしない俺の背中を事務職員さんがそれとわからないように押し込んだ。どうしようもなくなって室内に入る。
……ん?
室内を見て、俺の胸がなんだかざわついた。
応接室のソファには三人の男女が座っていた。ぱっと見た感じでも年齢が若い三人だ。少し多めに見積もっても、二十歳になっていないだろう。十伍、十六といったところだろうか。少年、少女といったほうがしっくりとくる。
三人とも黒髪と黒目、どこかで見たような顔だち。
向かって正面に座る少年が会釈した。俺も慌てて会釈を返す。
正面の少年はちょっと長めの髪、中性的な顔立ちでにこにこと笑っている。姿勢もしっかりとしており、好感がもてる。優等生って感じだ。上等な絹の服に黒い毛糸で編まれたベストを身に着けている。勇者と呼ばれる所以か、緋色地の布に金色の糸で模様が刺繍されたショートマントを身に着けていた。
彼の右側には眼鏡の少女が座っていた。あまり髪型を気にしていないのか、胸元あたりまである長髪は好き勝手に撥ねていた。微妙に前髪が顔を隠しているが、見えにくくはないのだろうか。服装は白色の標準的魔術師ローブ。手元には身体に対して大きな杖を握っていた。
最後の一人は白銀色の全身鎧を身にまとっていた。短く刈り上げた髪型や日に焼けた顔など、運動が得意そうな少年だ。ソファの横には重厚な長方形型の盾が置かれている。いわゆる重装兵士というやつだろうか。
この三人が、勇者……?
声に出さず疑問に思う。勇者というにはあまりにも若い三人じゃないか。まあ、魔術やら獣人やらが存在する世界だ。何かしら勇者と呼ばれるべき理由があるんだろう。
そもそも勇者って何をしたら勇者になるんだ。村でも救ったのか?
それにしても、この子、なんだか気になるんだよな。
俺は魔術師らしき少女をじっと見つめた。俺の視線が気になるらしく、もじもじとしながら顔を伏せてテーブルを眺め出してしまった。
微妙な間ができてしまったことに、俺は居心地が悪くなる。何かしゃべらないと。
「ようこそ。ええと、勇者……さん?」
言葉にしてから後悔した。そういえばこの子たちの名前も知らない。
変な汗をかき始めた俺を見て、優等生の少年が苦笑した。微妙にカチンとくるな。
「そんなに緊張なさらずとも。勇者などというのはみなさんが呼んでいるだけですから」
「なら、いつも通りにさせてもらおう。君らの方が年下なわけだしな」
「ええ、そうしていただいた方がありがたいです。大人の皆さんにかしこまられると、ちょっと居心地が悪くって」
優等生は明るく笑う。
俺は言葉の調子から嫌なものを感じた。優等生の顔からは、彼の言う通りのことは感じられない。むしろ言葉の裏に潜む濁った感情が見える。
会ったばかりなのに、考えすぎか……?
とりあえず俺は向かいのソファの席に着いた。優等生の少年はにこにことしている。
「僕の名前はレン、こっちの騎士がセオくん、こちらの魔術師がクロエさんです」
レンの挨拶に二人が頭を下げた。レンの名前はともかく、残り二人の名前の発音が微妙になまって聞こえたのだが、地方の出なのかもしれない。俺の自動翻訳は便利なんだが、ござる口調とか、謎の関西弁とかよくわからない風に訳したりもするしなあ。
「今日は剣聖と呼ばれるすごい方のお話を聞いたので、ぜひその部隊を見学させてもらいたいと思って来ました」
「はあ、それはけっこうなことで……」
会話が続かない!
さっきから嫌な汗が出っぱなしだよ!
普段の業務の説明とか、すればするほどボロが出る。ここは脱出するに限る。困るのはスライサーであって、俺じゃないし。
「あ、ちょっと、用事を思い出したので……」
俺が腰を浮かしかけた瞬間、扉の向こうから例の事務職員の声が聞こえてきた。
「失礼いたします。奉剣部隊副隊長アドル様、入室させていただきます」
俺は血の気が引くのを感じた。
今、会ってはいけない人物の筆頭だ。
俺がどうこう動く前に扉が開かれた。見覚えのある髭。アドルが応接室へと入ってきたのだ。
 




