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第156話「潜入」

 冒険者の証は思い入れのある品だ。できれば取り返したい。

 そういう気持ちもあって、俺は奉剣部隊本部に侵入することに決めた。


 一度準備のためにコクヨウさんと別れる。フィクツの家に寄って必要な物を取ってから、奉剣部隊本部へと向かうことにする。

 あたりをそれとなく見渡しながら路地を歩く。人気のない裏路地ではなく、逆に人の多い大通りを選んでいる。木を隠すなら森の中、人を隠すなら人ごみの中だ。

 しかも現在はフィクツの<幻惑>で人間の別人の顔に変えてある。

 それでも微妙に心配な俺は、なんでもないような顔をして歩くミミンに声をかけた。


「ミミン、具体的にはどうするんだ?」

「一度立てた計画は私一人のもんや。お兄ちゃんがいるんやったら、実はそう難しくないと思うとるよ」

「確かになぁ。フィクツの力だったら俺やフィクツだとばれる心配はないだろうな」

「せやろ?」


 フィクツが後ろでジェスチャーだけで「ワイか? ワイのことか?」とやっているのは無視しておくことにしよう。かまうとドヤ顔がさらにひどくなりそうだ。


「顔を変えて中に入る。それで目的の物を奪取してしまいや」


「いいですね。シンプルにいきましょう」


 後ろからいきなり声をかけられた。こちらにだけ聞こえるくらいの絶妙な声の大きさだ。

 振り返る前にコクヨウさんが横に並んで視界に入る。


「――コクヨウさん!? いつの間に!?」


 この人、いつの間に……!


 俺の言葉にコクヨウさんが片手を軽くあげて返事をする。この人も手伝ってくれるというのだろうか。

 ……接近されたのに全く気が付かなかった。禿頭といい、細いながらも鍛えられた身体といい、コクヨウさんって忍者とかじゃないのか?

 コクヨウさんは、今は建物の壁に似たようなくすんだ白い色のフードマントを着込んでいた。今にも壁と同化してしまいそうだ。顔は特徴的なはずなのに、なぜか茫洋として気配が掴めない。

 気配が薄いというか、ふとしたことで見落としてしまいそうになる。


「先ほど何名か奉剣部隊と思われる兵を見かけました。やはり出入り口の門を中心に見張っているようですね」


 歩幅を揃えながら、コクヨウさんが言う。しゃべりながらも視線はこちらを向いていない。


「確かにけっこうな数が動員されているようです。ただし、奉剣部隊の兵だけですが」


 コクヨウさんの声を聞きながら、俺は微妙に気になったことを聞いてみることにした。この人、知れば知るほど不思議な人だな。


「コクヨウさん……」

「何でしょうか」

「もしかして、元は盗賊とか暗殺者だったり……?」


 俺の言葉に、コクヨウさんはにっこりと笑顔になっただけで、何も答えなかった。コワイよ!


「私の方でも、できる手段で皆さんをお手伝いしていきます。――――では、ご武運を」


「……消えよった」

「すごい人やね……」


 ずっと見ていたわけではないが、それでも見逃すほどではない。それなのに、いつのまにかコクヨウさんの姿が人ごみにまぎれ、一瞬のうちに見えなくなっていた。

 どうやってサポートしてくれるのかわからないが、これ、コクヨウさん一人に取ってきてもらったほうが早いんじゃないか?




 俺たちは奉剣部隊本部入り口の門を見上げていた。

 昨日脱出したばっかりというのに、戻ってきたのだ。確かに俺たちが戻るとは思わないだろう。

 ちらりの敷地内を見てみると、人気がない感じはする。俺は鞄の中のミオセルタをもう一度確認した。フィクツの家に置いてくることも考えたのだが、万が一盗まれたらと考えると持ってこざるを得なかったのだ。

 鞄の中に納まるミオセルタが落ちないことを確認すると、俺はフィクツに合図を送った。フィクツが頷き返してくる。


 俺はフィクツの家から取ってきた青い軍服を着込んでいた。支給されたこれは奉剣部隊の制服。これを着て、顔を変えることで、正門から突破しようということなのだ。

 ミミンの考えていた侵入ルートは、いいところ二人ぐらいが限界だ。よって、俺一人で正門を突破することになる。


 だが、制服だけでは突破はできない。ここでフィクツの<幻惑>を利用する。


「ニイさん、ええか? 特定の顔に〝化ける”場合は、イメージが重要や。しっかりとソイツの顔を思い浮かべることが大事なんや」


 フィクツに言われるまま、顔をイメージする。多少ぼやけた部分もあるが、何とかイメージすることができた。

 完成した俺の顔を見て、フィクツとミミンがチェックする。人間の顔としておかしな部分はなかったようだ。さすがにアドルに〝化ける”のはリスクが高すぎる。そのため、今の俺はスライサーの顔に〝化け”させてもらっていた。


「ニイさん、保管庫やで。ワイが近くにおらんとその顔もあまりもたへん」

「わかってる……!」


 フィクツとミミンが敷地を回り込んでいくのを見送る。すぐにその背中が見えなくなった。


 一人になると、とたんに緊張してくる。戦闘とは違う緊張感に震えそうになる膝を叩いた。


 フィクツ達を信じよう。


 俺は覚悟を決めると、奉剣部隊の正門から敷地内へと歩いていく。門の守衛が俺に気付いて手に持った槍を交差させた。だが俺の顔を見て、さらに表情を引き締めると交差させていた槍を下ろした。


「スライサー殿! お戻りでしょうか!」

「あ、ああ……」

「どうぞお通り下さい!」


 ひやひやしながら門を通る。どうやら顔の方も問題ない。こうなったら堂々としている方がかえってばれないだろう。もし本人と鉢合わせしたら全力で逃げよう。


 俺はきょろきょろしないようにしながら、奉剣部隊本部を歩いていく。この前の訓練場も抜け、イ号舎への道とは別のルートを通る。ところどころ施設が壊れたあとや、大人数が動いた跡が見えた。昨日の騒動の際のものだろう。

 ふと脱出に利用した四足の大鷲が気になった。やはり殺されてしまったのだろうか。


 考えているうちに目的の建物が見えてきた。やはり人気が少ない。あたりに誰もいないのを確認して、静かに建物に入る。中は市役所のような造りになっていた。カウンターがあり、いくつかのブースに分かれているのがわかる。机が並べられたそれぞれの区画では、当然だが書類仕事をしている人がいた。


 書類仕事をしている人が、開けられた扉に反応して俺の方を見た。

 一瞬怪訝な顔。ドキッと心臓が跳ねる。だが、何事もなく仕事を再開。ドキドキしたのを隠したまま、できるだけ怪しくないように素早く階段へと向かった。


「あ、スライサーさん。ちょっと」


 階段は目前なのに、呼び止められてしまった。思わず身体が硬直する。


 何か失敗したか……?

 表情にだけは出さないよう苦労しながら振り返る。カウンターから身を乗り出すようにして、事務員らしき制服の男が俺を見ていた。


「今日は何故か隊員の方が全然掴まらないんですよね。本隊から視察が来るんですから、どこに行くか教えておいてください」

「あ……、ええと、保管室に」

「わかりました。勝手に出かけないでくださいね! もう、アドル隊長もいないんですから、もしこの間に来たら対応していただきますよ」


 言いたいだけ言うと、事務員の男は再び席に戻っていく。俺がニセモノだとか気付いた様子はない。


 バレてない。まだ、バレてない。もうダメかと思ったけどな。


 心臓はまだバクバク言っている。俺は固まった表情のまま階段を上った。

 間取りによると二階奥が保管室になっているはずだ。俺はすぐに目的の扉を見つけると、誰もいないのを確認して保管室の中へと入っていった。


 保管庫という名称だが、きっちりと整理されているわけではない。いろいろな物品がタグを付けられてそこかしこに置かれている。部屋の奥には棚があり、細かいものはそちらに管理されているらしい。


「ニイさん、こっちや」


 すでにフィクツとミミンは到着していた。すでに物色を始めているようで、ミミンはかなり手際よく棚を調べていた。


「誰にも見つからなかったか?」

「もちろんや、ワイらを誰やと思ってるねん」


 自慢げに鼻をならすフィクツ。今は狐耳を見えないようにしているらしい。


「ええから手ぇ動かしや。いつ人が来るかわからへんからな」


 ミミンがぴしゃりと言い、フィクツがひぇっと小さく声をあげた。


 一応形状は二人にも伝えてあるが、よく知っているのは俺だ。フィクツは一応床に置かれている武器や防具などの大物の近くを調べているらしい。

 俺も捜索に加わるべく、ミミンの隣に並んだ。

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