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第155話「王都へ」

 降りしきる雨がミトナの全身を濡らす。

 森の中は雨によって細かい霧が立ち、白煙のごとく視界が悪くなっていた。昼間だというのに木々の隙間から入る光は弱く、薄暗い。今のミトナの気持ちを表しているかのようだ。


 ティゼッタとベルランテの間。マコトが拉致された現場へとミトナは戻ってきていた。

 髪は雨粒を吸い込んで重くのしかかっている。顔や首元、耳を濡らす雨水がミトナから体温を奪っていく。どれくらいここに立っているだろうか。ミトナの身体は完全に冷え切っていた。


「…………」


 戦闘の跡はひどいことになっていた。食い散らかされた肉や骨、血といったものがこまごまと散らばっている。死んだ大きな獲物を、森の動物や魔物が食い荒らした跡だ。そのせいで戦闘の跡は完全にわからなくなっていた。さらにこの雨によって戦闘の痕跡は洗い流されていた。

 あの人数が来たのはおそらく馬車だ。だが、その轍すら見つけることができない。

 ミトナは奥歯を噛みしめた。



 戻ってくると約束したマコトは、いつまで経っても戻ってこなかった。

 完全に体調を崩したフェイがすぐさま医者に運びこまれ、ルマル商店の御者は事の経緯を伝えるために別路からティゼッタへと引き返していった。

 アルドラとクーちゃんも戻ってこない。あのまま森で姿を見失ったままだ。

 戦闘があった場所まで戻ろうとマカゲに提案もした。


「……相手はかの剣聖。正面からぶつかるのは、拙者は避けたい」

「でも……!」

「焦る方がよくない結果を生む。マコト殿の実力は知っているだろう? 今は自分にできることをしたほうがいい」


 そういってマカゲは鍛冶場にこもった。

 ひどい顔色をしていたのだろう、父親は何も事情は聞かなかった。ただ、肩を叩いてくれた温かい手に泣きそうになってしまった。


 ミトナにはマカゲが何を考えているのかわからない。マコトが戻ってこれなかったということは、捕まったか、それとも。

 よくない想像にミトナの身がぎゅっと固まった。勢いよく頭を振ってその想像を振り払う。

 ざわざわした感覚が胸の中に生まれていた。動かなければ。

 いてもたってもいられなくなって、ミトナは戦闘した場所に戻ってきた。



 歩きづめの足はくたくたで、泥のように重い全身は疲れを訴えていた。だが、それでも目だけは燃えるように輝いていた。


「……死体がない」


 ミトナはぽつりと呟いた。ぎゅううと自分の裾を握る。

 そうなのだ。死体がない。ない以上はまだ死んでない。それだけが希望だ。


 しかし、どうする。

 ミトナは途方にくれていた。このあとどうすればいいかわからない。相手は剣聖エリザベータ。犯人が誰かわかっているが、どれだけの人が信じてくれるだろうか。よしんば聞いてくれる人がいたとして、その相手に対してどれだけのことを動かすことができるのだろうか。

 そもそも、どこに連れていかれたのかがわからない。剣聖というのならば王都だという気もするが、別の村や町で捕まっているのならお手上げた。


 すん、と匂いを確かめる。

 雨に蒸れた土の匂いしかしない。だが、その中にかすかに残る刺激臭。人工的に匂いを消したのだろう。


 手詰まりだ。


「あああああああああああっ!!!」


 身体の芯から突き上げた衝動がミトナを動かした。バトルハンマーを近くの木の幹に叩きつける。

 轟音が森を揺らす。

 ミトナの一撃で巨木がへし折れた。ざあああっという音と共に、水滴が辺りへと散らばっていく。重い音を立てて、折れた巨木が地面へとめり込んだ。

 鈍い振動が地面を揺らす。驚いたのか小動物が慌てた様子で逃げていった。


「あ……」


 その様子を見て、ミトナの頭が冷えた。

 ただの八つ当たりだ。怖がらせてしまった。

 

「ごめんね……」


 ミトナはしょんぼりしながら、逃げ去る小動物の背中を見送った。ふと、その視線が鋭くなる。

 遠くまで見る視線の先、そこに白い何かが見えた。見覚えのある白毛の獣。


「アルドラ!?」


 ミトナは駆け出した。泥に足を取られ、見えにくい幹にひっかかりながら、なんとかアルドラの下へとたどり着く。

 アルドラも全身が濡れていた。鞍などの装備も濡れている。

 アルドラも気落ちしていた。耳はぺたんと伏せられており、尻尾も力なくだらんとさがっていた。

 ミトナはアルドラの頭を撫でながら、様子を窺った。


「怪我とかは……ないね。よかった」


 アルドラはミトナの胸元に鼻先を擦り付ける。頭を撫でていると、その毛のすきまから顔を出したクーちゃんと目が合う。


「クーちゃんも、置いて行かれたんだね」


 ミトナはクーちゃんを受け取ると、その懐に抱きあげた。衰弱しているのか、ぐったりしている。

 そういえば、クーちゃんがマコトと離れているのを見るのは始めてだ。どんな危険な場所であっても、たいていクーちゃんはついてきていた。


 ミトナは身体に力が戻ってくるのを感じていた。

 アルドラも、クーちゃんも、戻ってきた。


「うん……! まだ、できること、あるよね」


 ミトナの心に温かさが灯る。

 アルドラが何かを感じたのか、顔を上げてミトナを見た。ミトナはアルドラに笑いかける。力のこもった手で首元を叩いた。

 動かずにベルランテで悩んでいるだけでは、何も変わらない。


「――――行こう、王都へ」



 アルドラに乗れば、移動速度は飛躍的に上昇する。

 ミトナは一度ベルランテに戻ると旅装を整えた。幸いティゼッタで手に入れたお金がある。王都までの旅費は十分だ。

 改めて自分の武装を確認する。いつもの軽鎧にバトルハンマー。

 ミトナは一瞬まよったが、心を決めると古代の剣を分解した。古代の剣は魔術を無効化できる。だが、このままではミトナには使いにくい。機構部分をアタッチメントで取り付けて剣状になっているだけなので、ミトナは別の柄を取り付けた。剣よりは長い柄になり、見た目は槍のようになった。

 満足いく出来の作品をミトナはアルドラのラックに取り付けた。


 フェイは未だ体調が戻らない。連れ出すことはできない。

 一度鍛冶場を振り返る。マカゲにも声をかけようかと思ったが、やめておいた。


 アルドラの鞍にまたがったところで、店から父親が出て来るのが見えた。大きな熊の身体が、心配そうに小さくなっている。


「ミトナ、行くんじゃな?」

「……うん」

「持って行け」


 投げてよこされた何かをミトナは掴んだ。布らしきもの、拡げてみると年季の入ったレザーマントだった。


「ワシが現役の時に使っていたマントじゃ。ドラゴンの革で出来ておる。多少の攻撃程度なら防ぐじゃろ」

「…………ありがと」


 ミトナはマントを身に着けた。父親の心遣いに感謝する。

 ミトナは前を向いた。アルドラの手綱を引く。


「――――行こう!」


 アルドラは勢いよく駆け出した。一路、王都へ。

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