第154話「証明」
「場所を変えましょう。ここは目立ちすぎる。人がいないところで」
コクヨウさんの眉根が寄った。
あ、失敗したか?
冷や汗がどっと出て来る。多少のリスクは覚悟でここでフィクツの<幻惑>を解くかどうか迷う。
「場所は私が指定させていただきましょう」
「ああ、構わない」
俺はほっとした。とりあえず顔さえ見せて説明すればどうにかなるはずだ。
「では、こちらへ」
コクヨウさんがすたすたと歩きだした。俺とフィクツとミミンは慌ててその後を追いかける。
「ニイさん、大丈夫なんか? あの人、ごっつコワイ感じがしよる」
「大丈夫。かなり頼りになる人だから」
フィクツが小声で言うのに俺はそう返した。確かに顔という体つきといい、とっても一般の方のような感じはしない。俺もルマルの右腕だと知らなければ声をかけるのはためらわれるだろう。
コクヨウさんが選んだのは近くの通りにある、少し高級な感じのする酒場だった。馴染みの店なのか、中に入ると店主に何事か話しかける。すぐに奥の扉が開かれ、個室へと案内された。
個室の中は丸いテーブルに椅子という簡素な部屋だった。窓はあるが使われている硝子は分厚く、声を通しそうにない。
俺達は椅子に腰を下ろした。ふかふかしたクッションがお尻を優しく受け止める。高級な椅子のため、かえって居心地が悪いのか、フィクツとミミンは微妙な顔をして座っていた。
落ち着いた様子でコクヨウさんが飲み物を注文すると、ウェイターが一礼して去っていく。ウェイターの姿が消えると、コクヨウさんが俺を真正面から見据えてきた。
「ここは私が商談でよく利用する店です。ここでなら誰にも邪魔をされずに話ができます」
ぎしり、と空気が軋む。コクヨウさんは表情を変えていないが、プレッシャーを感じる。こちらが何者かを探るための手だろう。
コクヨウさんの両の手がテーブルの下に隠れているのが非常に気になる。
「フィクツ、解除してくれ」
「ええんか?」
「大丈夫だ。頼む」
フィクツが<幻惑>を解除すると同時、肌にひやりと空気が当たる感じが戻ってくる。俺はかぶっていた犬獣人の毛で出来たフードを取り去った。
「マコト様……!? どういうことです?!」
がたりと音を立ててコクヨウさんが腰を浮かす。驚かせたのはちょっと気分がいい。
「実は……」
俺は奉剣騎士団に拉致されるまでの経緯と現在の状況についてをコクヨウさんに話した。フィクツとミミンについては人の目をだます〝魔術”が使える協力者として紹介をする。
初めは驚愕の表情だったコクヨウさんだったが、俺の話を飲み込むにつれて表情が落ち着いたものに戻ってきた。さすが切り替えが早い。
「にわかには信じられませんね……。マコトさんのその顔も<幻惑>とやらの効果ではないのですか?」
「それだと初めから俺の顔で話しかけると思うけどな。それに……」
俺は鞄の中からミオセルタを取り出した。ここまで精巧な魚のからくり玩具などめったに見られるものではない。ようやくコクヨウさんの表情が納得したものになる。
まさかミオセルタが俺を証明するものになるとはなぁ……。
そのミオセルタは省電力モードになっているのか、今は死んだ魚のようになっていた。強い刺激を与えるか強く呼びかけると戻ってくるだろう。たぶん。
「ところでコクヨウさんはどうして王都に?」
「マコトさんのことについて、王都の支店に根回しをしていたのです。あとはベルランテ支店の関係ですね。いくつかの商材はここからベルランテに送らなければなりません」
コクヨウさんはそのために空路を使って王都へとやってきたらしい。俺が大変なことになっていたことは知らなかったという。
「とりあえずルマル様と連絡を取るのがいいでしょう。すぐに手配をしておきましょう」
「あ、ミトナとフェイ、マカゲにも連絡をしておいてほしい」
「援軍に来てもらいますか?」
「そうだな……」
コクヨウさんが懐から取り出した手帳に俺の要望を書き付けていく。これでルマルと連絡が取れれば万全だ。あの腹黒商人ならば、何か対策を打てると思いたい。
ただ、ミトナ達のこととなると、どうしたものか。
「んー。ニイさん、ちょい待ち。援軍て、その人らは腕が立つんか?」
「俺は信頼してる」
「ふぅむ……。でもニイさんが王都から脱出するんやったら、大所帯になると動きが取れへんくなる。落ち合うにしても脱出してからのほうがええと思うわ」
そうか。確かにゲームじゃないんだから、いつでも全員そろってぞろぞろ移動する必要はないんだ。
そうなると、脱出するまでしばらくは隠密行動ということになる。
俺はフィクツの顔を見た。
「フィクツの<幻惑>があると助かる。助けてくれるか?」
「まかしとき。乗りかかった船やさかいな!」
フィクツが笑顔で明るく言い切った。ありがたい。
「それでは、ミトナ様達には、ひとまずこうしてここに居ることはお知らせしておきましょうか」
コクヨウさんがそうまとめた。すぐに連絡を付けるためにか個室を出て行く。コクヨウさんと入れ違いに届いた飲み物を飲み終わるころ、再びコクヨウさんが戻ってきた。
「ひとまずはこれで良いでしょう。ティゼッタに報せが届くまで最短で三日といったところでしょうか」
予想はしていたが、やはり連絡が付くまでにかなりの日数がかかる。届くまで、ということは返信を考えると六日から一週間くらいは見ておかなければならない。
その間どうにかして乗り切らないといけないわけだ。
「マコト様は服装や装備が変わっていますが、これまでの物はどうされました?」
「そうなんだよ……。奉剣部隊の本部で目覚めた時は何も身に着けてなくて。没収されたままなんだよな」
「冒険者の証もですか?」
「たぶんな」
俺の返事にコクヨウさんが微妙な顔をする。何かまずいのだろうか。
あまりおおっぴらに動けない以上、依頼も受けられない。冒険者の証はあとで再発行してもらえばいいと考えている俺は、あまりそこに危機感を感じていない。しかし、コクヨウさんはどうも違うらしい。
わからないことはとりあえず聞いてみる。
「何かまずい?」
「マコト様のお金を各地の支店で用立てる際には、冒険者の証を利用する予定でした。あれは固有のマナを認識できますからね。それがないとなると、少々面倒ですね……」
「じゃあ、取りにいったらええやん」
爆弾発言を放り込んだのは、ミミンだった。
チョコを溶かしてミルクで割った、ホットチョコレートのカップを大事そうに両手で持っている。どうやらちびちび飲んでいるらしい。
ミミンはもう一口飲むと、何でもないような様子で言う。
「剣聖の部隊が単体で動いとるんやろ? マコトさんを探しとるんやったら、今は本部が手薄とちゃう?」
「そんなこと言っても、本部のどこにあるのかとかわからないだろ。手薄っつったって誰もいなくなるわけじゃないだろ?」
ミミンはニヤリと含みを持った笑みを浮かべた。もし狐耳が出ていたなら自慢げにぴぃんと伸ばされているだろうことが容易に想像つく。
ミミンは懐をごそごそやると、一枚の羊皮紙を取り出した。巻物状に丸められた羊皮紙を、勢いよくテーブルに広げる。
「これを……どこで」
「蛇の道は蛇言うやろ?」
コクヨウさんが覗き込んで言葉を失った。ミミンに促されて俺も羊皮紙を覗き込む。そこにはなにやら建物の間取りが描かれているらしい。何やら見覚えのある配置だ。
「――――奉剣部隊本部の間取りや」
羊皮紙の中にイ号舎を見つけた。確かに奉剣部隊本部の間取りだ。中にはミミンがしたらしい書き込みがいくつかなされている。侵入経路、脱出経路などが赤文字で記されていた。
「お兄ちゃんを助けたらんでもないわと思って調べとったんやけどな、高い金払っただけ損かと思っとった」
顔を上げるとミミンのおもしろがるような瞳と目があった。




