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第153話「符号」

 がやがやという喧騒が、目を覚ますきっかけになった。

 目に入ったのは、明るいとはいいがたい部屋と、様々なガラクタだった。一瞬ここがどこだかわからなくなるが、すぐにフィクツの家だということを思い出す。


 俺はいろんなガラクタの隙間に収まるようにして、膝を抱えて眠っていた。毛布は寒さをほどよく遮断してくれたらしく、体調に異変はない。せいぜい変な姿勢で寝たから身体が固くなってしまってくらいだ。


 四方を壁で囲まれた立地のせいか、この小屋にはいまいち日光が入ってこない。太陽が上を通過する時は明るそうだが、それ以外は普段から薄暗い。

 雑踏のざわめきと薄暗さが、ビル街を思い起こさせる。ベルランテやティゼッタでよく聞こえてきた山鳥の鳴き声などは、ここでは聞こえない。そんなことに都会らしさを感じていた。


 二階から誰かが降りてくる足音が聞こえた。そちらのほうに目をやると、ミミンが少し眠そうにしながら一階に来るところだった。

 さすがに普段着に着替えていた。革製ズボンとミニスカートの組み合わせ、動きやすさを重視しているのか、最低限の装甲部分にしてある革鎧(レザーメイル)を着込んでいた。見た目としてはあまり服と変わりないように見える。


「あ、起こしてもうた?」

「いや、先に起きてたよ」

「ふぅん……。なんや飲む?」


 俺が頷くと、ミミンはキッチンへと入っていく。ごちゃごちゃといろんなものが置いてあるせいで、俺には何がどこにあるのかわからないが、ミミンにはわかるらしい。

 水桶から汲んだ水をポットに移し替え、狐火で温める。


「おどろかへんのやな」

「ん?」


 薬草茶を用意するミミンが、顔を上げずに呟いた。


「この力とか、この耳とかや」

「ああ……。別に気にするほどのもんじゃないだろ?」

「…………ふぅん」


 ずっとミトナと一緒にいるくらいだ。獣耳のあるなしというのは俺にとって気にならない。むしろすごいというか、見ていると触りたくなってしまうので凝視はしないようにしている。

 ミミンの狐耳も触ると柔らかいだろうなあ、と思うが自重しておく。


 そんなに気になるものなのだろうか?

 まあ、ミトナは初めのころは熊耳を出すのをとても気にしていたしなあ。ベルランテじゃそれほど偏見があるように見えないけど、王都では違うのかもしれない。


 それに、ミミンやフィクツの〝魔法”に至っては、今は使えないがラーニングが可能なのだ。驚くほどではない。


「熱いで。気を付けや」


 目の前に差し出されたカップを受け取る。ブリキのカップから湯気が昇っていた。ありがたく口をつける。緑茶と紅茶の中間というか、独特の味が口の中に広がっていく。だが、温かいのは良い。身体の芯からあったまる。


「ええと、妹ちゃんの……」

「ミミンでええ」


 妹ちゃん呼びはダメだったらしく、半眼で言われて慌てて言い直す。


「ミミンも〝魔物憑き”なのか?」

「そうや。といっても、うちもお兄ちゃんも魔物と戦えるほどの異能はあらへん」


 ミミンは自嘲の笑みを浮かべながら言った。薄目になると、青い狐火を複数出現させ、宙に浮かべる。

 ミミンが指先を振ると、ふよふよと動き始める。多少の操作はできるみたいだが、その精度は緩いようだ。


「水に入っても消えへんから、お湯を作るんには向いてるけどな」


 ポン、と軽い音を立てて狐火が散った。

 何かを見つけたのか、ミミンの顔が強張った。

 気が付くと階段に胡坐をかいてフィクツがニヤニヤとこちらを見つめていた。


「仲がええことで」

「お兄ちゃん!? 何を言うてんの!」


 フィクツはミミンの抗議にまあまあと適当なことを言いながら降りて来る。

 服装は昨日よりもさっぱりしており、動きやすい服装になっていた。鎧は着込まず、代わりに緋色のベストを身に着けている。


「さぁて、今日なんやけどな……」

「あ、もしかしたら俺にあてがあるかも」


 片手を挙げて宣言する俺に、フィクツとミミンは不思議そうな顔をした。



 昼前の王都を、俺は堂々と歩いていた。共に歩くフィクツとミミンも同様だ。

 追跡されているはずの俺がこうして堂々と街中を歩けるのには理由があった。なぜなら、今の俺は犬頭の獣人になっているからなのだ。

 服装もそれに合わせて変えてある。犬獣人が好む僧衣に似た服だ。ついでに予備の鞄をフィクツから借りて、そこにミオセルタを放りこんである。


 フィクツを狐獣人に見せていた<幻惑>は他人である俺にも効果があった。今の俺は黒芝犬頭の犬獣人に見えている。この<幻惑>は思った以上にすごいもので、見た目どころか、触った時の毛の感触すら再現して見せていた。

 ちなみにフィクツとミミンは狐耳を消して人間の姿になっている。

 攻撃の力はないが、かなりの使い勝手じゃないか、この<幻惑>。

 そうして俺がフィクツに案内してもらって向かっているのは、王都の中でもそこそこの店が集まる商店エリアだ。


 俺の予想が正しければ……。


「あった!」


 思わず声に出てしまった。俺が見つけたのは、ハスマル氏の経営する商店だった。


 そう。俺の策というのは、王都にも店舗を出しているであるハスマル氏のお店から、ルマルに連絡を取ってもらうことなのだ。ルマルに連絡が付きさえすれば、金の工面ができる。謎のルートから冒険者の証も取り戻すことも可能かもしれないのだ。


「頼もーう!」


 俺は興奮しながらハスマル氏の商店に入店した。


 そして店から叩きだされた。

 フィクツとミミンの視線が痛い。


 ハスマル氏が店に居るのかどうかもわからなかった。面会を申し込むも、「そういった予約を受け付けておりません」と繰り返すばかりで話にならない。しまいには警備員を呼ばれてしまったというわけだ。

 ちなみにフィクツとミミンは流れがきなくさくなってきたあたりで一足先に店から出ていた。薄情ものめ。


 顔が犬獣人だからダメだったのか?

 そもそも、店の人は俺の顔自体を知らない可能性もある。写真がない以上、一度会ったことがある人を仲介しないとどうにもならないことに俺は気付いた。


「ニイさん……。もう諦めようや」

「いや、待て! そんなかわいそうな人にかけるような声音になるな!」

「せやかて、どうするん?」


 ミミンの問いに、俺は声を詰まらせる。

 こうなったら、ミオセルタを質に入れるしか……!


「声に出とるぞい!? マコト、正気になるのじゃ!」


 悲痛な覚悟を決めた俺には、いらない声は聞こえない。

 ミオセルタを握りしめて、俺は道向こうの質屋に向かって歩き出した。


 その俺の足を止めたのは、ハスマル氏の商店の裏口から出てきた人物を見たからだ。

 鍛えられた肉体。そり上げた見事な禿頭。武闘派僧兵のようなこの男性には、見覚えがあった。


「――――コクヨウさん!?」


 コクヨウさんは俺の方を振り向くと、怪訝な顔になった。

 やばい、警戒されている!


「俺です! 俺! ……ええと!」


 迂闊に自分で名乗るわけにはいかない。せっかくの変装の意味がない。

 俺だと名乗らないで、俺だと伝える方法……!


 閃いた!


「俺です。商人〝アキンド”の遣いの者です!」


 コクヨウさんの顔が、一瞬驚いた顔になった。ついで、思案する表情になる。


 頼む、通じてくれ!


「珍しい名前をご存じですね。よろしければ、お話くらいは聞きましょう」


 いまだ警戒は解いてない。コクヨウさんが腰の短刀の位置を直したのが見えた。手はそのままそえられている。武器の位置を確認したのだろう。場合によっては戦うことも視野に入れた動きだ。

 軽快はされている。それでも、コクヨウさんを引き付けることに成功した。


 俺は思わず心の中で拳をぐっと握りこんだ。

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