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第152話「金策」

 フィクツの隠れ家の中、俺はフィクツとミミンと向き合うように椅子に座っていた。

 あの緑色のどろどろした液体が効いたのか、フィクツの顔色は戻ってきている。味は最悪なようで、飲んだ直後はものすごい表情でのたうちまわっていたが、元気になったのなら問題ないだろう、たぶん。


 俺は絶対飲みたくないけどな!


「ほんま、ありがとうな」


 フィクツのすすめもあってテーブルの上の堅パンをかじっていると、真剣な顔でミミンが頭を下げる。恰好を気にしてか、今は上から分厚めのコートのような外套を羽織っていた。

 ここまでの経緯はあらかた話してある。


「捕まるのはいつものことやし自分で逃げられるやろと思ってたんや。でも、まさかそないなことになってるなんてなぁ」


 俺は驚いてフィクツの顔を見た。いつも捕まってるのか、コイツ。俺の視線に焦ったのか、フィクツは両手をぶんぶんと振って否定しながら口を開いた。


「いや、ワイらこう見えて兄妹二人で独立してやっとるんや。そうなるとちょっとお金が必要になるんや……」

「せや。そやから禁制の品とか、危険やけど高く売れる(モン)とかに手ぇ出して捕まるんや」


 ミミンが頭が痛いというふうに額に手を当てて後を引き継いだ。

 魔鉱石などもその一種なのだろうか。魔物を凶暴化させる石なんて危険物でしかない。取引されるとしたらその分値段は高くなるだろう。


「まあ、ニイさん、ほんま助かったわ! 恩に着る!」

「お互いさまだろ。フィクツの〝魔物憑き”の力がなかったら俺も脱出できなかった。そういや、〝魔物憑き”なのは妹ちゃんもか?」


 薬湯を用意するときに青い炎を魔法陣なしで使っていた。あれも炎系の〝魔法”なのだろう。狐と言えば狐火を思い浮かべる。

 俺の言葉に一瞬フィクツはうっと詰まるそぶりを見せた。ミミンと顔を見合わせると、観念したかのように一息つく。


「そうや。ワイら兄妹二人とも、〝魔物憑き”や。というか、ワイらの一族に伝わっとるもんなんや」

「お兄ちゃん……!」

「ええ。ヤコもこの人には警戒しとらへん、言うても大丈夫や」


 咎めるような声を出すミミンをフィクツは手で制した。

 ヤコとはあの狐のことだろうか。そう思っていると青い炎の小狐がテーブルの上に姿を現した。干物のように転がっているミオセルタに前足を乗せて遊び始める。


「人工的な〝魔物憑き”じゃの。さすがは狐一族」


 ミオセルタが感心して呟いた。死んだ魚のような目だったが、ずっとフィクツとミミンを観察していたようだ。

 いきなり魚が発した言葉に、ヤコがビクっとしてミミンの手元に隠れる。ミミンも驚いて口をぱくぱくとしながら魚を指さした。


「せや。ニイさんはこの魚の〝魔物憑き”なんや。牢屋の中でもずっとしゃべっとったで」


 いや、魔物憑きじゃないし。誤解してるみたいだけど、訂正するのも大変そうだからそのままにしておこう。


「え、じゃあこの人そのうち魚になるの……?」

「せやろな。気が付いたら頭が魚に……」


「確かに身体的特徴が似通っていくこともあるがのう。必ずしもそれだけが〝魔物憑き”による魔物化とは限らんしの」


 どんな未来図を描いたのかわからないが、慄き始めたフィクツ兄妹にミオセルタが冷静に突っ込んだ。

 それより俺には気になる言葉がある。

 ミオセルタを掴むと傍に持ってくる。フィクツとミミンには聞こえないように小声で問いかける。


「人工的ってなんだよ……」

「ふむ……。そもそも通常の魔物化の場合はのう、魔族などの強大な魔物に取り込まれ、知性も何も失って魔物と化すのじゃ」


 俺はちらりとフィクツとミミンを見る。いきなりミオセルタと内緒話を始めた俺を見て不審そうな顔をしている。どう見ても理性を失っているようには見えない。


「魔物に憑りつかれたものは元来の力を大きく超えた力を発揮するのじゃ。その力をどうにかできんかと考えるのは研究者として当然じゃろう?」


 ミオセルタがにやりと笑った気がする。


「調整された魔物と契約することで、魔物化の侵食度は抑えられる。あの狐っ子どもは、そうやって力を得られるようにしてきた一族なんじゃろう。ワシの時代ではよくある方法じゃったよ」


 スキルに触れるだけで魔物の力を得られる俺は、魔物化と言えるのだろうか。


「ニイさん、大丈夫か?」

「あ、悪いな」

「それで、ニイさんはこれからどうするつもりなんや?」

「どうする……か。このまま街の中にいるのは危険だろうな」


 わざわざ拉致をしたくらいなのだ。このまま諦めてくれるというのは考えにくい。街からの脱出を図って雲隠れをしたいところだ。この国の騎士団がどれほどの働きをするかわからないが、下手をすると街の出入り口は検問が張られている可能性がある。


 だが、俺の言葉にミミンが微妙な表情をするのが見えた。


「お兄ちゃんが捕まっとったさかい、情報は集めとったんやけどな。勇者が南で快進撃しとる話題ばっかりで、特に慌ただしい動きは無かったで? 街の中もすごい犯罪者が捕まったいう雰囲気やなかった」


 犯罪者て……。

 ミミンのいいようにちょっと落ち込む。


 だが、変な状況だ。


「…………もしかして、部隊が勝手に動いてんのか?」

「そういえば『剣聖のわがまま』とかマコトと闘った若者が言っておったのう」


 ミオセルタの補足に、俺はさらに疑いを強くする。だが、それ以上は何もわからない。焦げ付きそうになった頭を掻きむしる。


「とりあえず街を脱出する方向でいきたい」

「せっかくの縁や。手伝うで?」

「フィクツ……」


 感動しながら俺はフィクツを見た。心なしか照れた顔をしているフィクツを、ミミンがしょうがないなあといった表情で見つめている。


「せやけど、いろんなコネつこうても、タダじゃちょっと無理や」

「マルカーンのジイちゃん、がめついもんなぁ……」


 フィクツとミミンは必要な物資を指折り数えるが、そろって苦い顔になった。


 俺は自分の恰好を見下ろす。青い軍服しか着ていない。今まで来ていた服や防具、武器も含めて荷物は全部没収されている。財布もだ。


「冒険者ギルドで、依頼を受けて稼ぐか……」


 口に出したとたん、俺はハッと気付いて胸元に手をあてた。冒険者の証も無い。

 これではお金を稼ぐことができない!

 再発行ってできたっけ……!?


 悶絶し始めたあたりで、見かねたのかフィクツが俺に優しく声を掛ける。


「ま、まあ、ニイさん。今日はとりあえず寝ようや。ここはすぐには見つからへん。明日ゆっくり考えたらええ」

「あ、ありがとう……」



 確かにだめだ。このまま考えていてもすぐに良いアイデアが浮かぶとは思えない。この街にも来たばっかりで何をどうすればいいかわからない。正直フィクツが一番頼りになる状態だ。

 今の状況を何とかするようなアドバイスをくれるような人がいればいいんだが。


 ミミンが二階から持ってきた毛布を受け取る。一階は雑多な物が多いが、寝られらないほどスペースがないわけではない。

 フィクツとミミンは寝室のある二階へと上がっていった。

 兄妹がいなくなり、明かりも消えた室内は静かな暗さに包まれている。


 毛布にくるまりながらも、俺の頭はぐるぐると回っていた。


 何か手持ちなものを売る。服しか持ってない。

 持ち物を取り返す? どこに置いてあるのかもわからない。処分されていたらおしまいだ。

 ……盗む? 大却下だ。


 借りる? ベルランテにも確かにあったが、高利貸しなんてもの利用してしまえばそのあとは破滅しか見えない。質屋も同様だ。今持っているもので質草になりそうなものは、ミオセルタの素体(ボディ)くらいしかない。

 とはいえ、さすがに質草にしてしまうわけにもいかないしなあ。


 他にお金を借りられそうなところなんて……。


「……あ」


 もしかしたらいけるかもしれない。

 俺の頭の中に一つの思いつきが輝いた。


 希望が胸を満たすと同時、疲れからくる猛烈な眠気が俺の瞼を落としていった。

 

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