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第151話「兄と妹」

 フィクツに言われるままに路地を進む。大鷲に憑依した状態でも、目的地を目指して飛んでいたらしい。もう少しでたどり着くと、うわごとのように繰り返していた。

 少しきれいめに整備された地区から、どんどんと汚くみすぼらしい地区に入っていった。スラム街と呼ばれるような地区だ。


「心配せんでもええ……。ここらへんはワイの地元や……」

「いや、どっちかというとフィクツの体調の方が心配だけどな」


 あたりをきょろきょろと見渡す俺の様子を見て、苦笑しながらフィクツが言った。どうやら心細くなったと思われたらしい。


「ああ……。精神的なもんやからな。もうしばらくしたら復活するさかい、かんにんな。ああ、そこや……」


 建物と建物の隙間。通路とは思わないような狭い入口をフィクツは指さした。もとの世界ではよくあるビルとビルの隙間のような場所だ。

 腕をまわしていたフィクツの身体を背負うように持ち直す。ちょっと窮屈な思いをしながら、進んで行く。通路の突き当りに、ちょっとした空間があった。

 建物を四つ配置したときにちょうど出来た隙間らしい。そこに粗末な小屋が建てられていた。

 フィクツはどうやらこの小屋を目指していたらしい。


「ここならそう簡単には見つからんやろ」


 フィクツが自慢げな声を出した。どうやらここがフィクツの隠れ家らしい。体調はましになってきたのか、さっきより声が多少しっかりしてきている。


「まあ、確かにな……」


 フィクツに返事をしながら俺は木の扉に手をかける。フィクツの身体から湧き出るように青い小狐が出てくると、木の扉をすり抜けるようにして先に小屋の中に入っっていった。


 扉を開ける。きしんだ音を立てて扉は開いた。

 夜のため室内は暗い。自然と魔術で明かりを灯そうとして、魔術が未だ使えないことに気付いて落ち込む。

 天井の採光窓から、月光が差し込んでいる。しばらく目を慣らしていると、徐々に見えるようになってきた。


「すまんな。いろいろ散らかっとるんや」


 フィクツの言うとおり、部屋の中は雑多なものであふれかえっていた。なにやらわからないガラクタのようなものが多い。鉱石やどこかの部族が使うような大型仮面。人間が使う大きさじゃない、巨大ロングソードやなぜか馬車の車輪だけなど、よくわからない物が多い。ロープや様々な大きさの袋。なぜかシャベルやツルハシ、ピッケルといったものまでごろごろと転がっていた。


 薄暗い中を、それらにひっかからないようにテーブルにたどり着く。疲れ切ったフィクツを、テーブルそばにあった椅子に座らせた。

 ようやく安心したようにフィクツが大きく息を吐く。

 その姿を見て、俺もようやくほっとした。とりあえずここでは気を抜いてもいいらしい。近くに転がっていた木箱を引き寄せると、それに腰かけた。


「部屋ん中、がたがたしとるやろ。ワイ、回収屋やっとるんや」

「へえ……」


 フィクツがどうして魔鉱石という特殊なものを持っていたか、なんとなくわかった。この雑多な部屋の理由もだ。

 目が慣れてくると、奥に階段があるのが見えた。どうやら狭い空間に建てたぶん、二階があるらしい。一階はキッチンとリビングだけの造りだ。


 フィクツはおっくうそうに身体を動かすと、テーブルの上のオイルランプに火を灯した。思った以上に明るい光が室内を照らす。

 どうやら室内灯として梁にひっかけようとしているらしい。フィクツが立ち上がろうとしているのを制止して、代わりにオイルランプをかける。


「ほんま、ありがとうな、ニイさん」

「いや、俺の方こそ助かった。フィクツがいなかったら脱出できてなかったしな。それにしても、どうやってるんだ、その……」


 俺はフィクツが払っている狐皮のフードに目をやった。確かにはじめに見たときは、フィクツは狐頭だったはずだ。口の動きも、目の動きも違和感はなかった。だが、べろりと仮面を脱ぐように脱げ、今は狐耳の半獣人となっている。


「……ニイさんならええやろ。これはワイの力や」


 フィクツは狐頭のフードを被る。そのフードがみるみるうちに一体化していった。再び狐の頭になる。


「<幻術>や。見た目を変化できるんや。そうすごいもんでもないんやけどな、けっこう便利やで」


 そういうなり再びフードを払う。すぐに狐耳の青年の顔に戻る。

 魔法陣は出なかったということは、これはフィクツの〝魔法”だ。魔物憑きだからこそ使える能力なのだろう。


「それに、さっきの大鷲を操ったやつか……」

「使ったら疲れるうえに、乗り移ってる間はワイの身体自身がそのままやしな。そう使えるもんやないんや。ほんま危ない橋やったで……。ニイさんが敵やったら、おしまいやったで」


 いたずらを成功させたような顔で、フィクツが言った。

 俺が答えようとした時、いきなり二階から誰かが駆け下りてくる音が聞こえてきた。


「お兄ちゃん!? 戻ったん!?」

「おお、ミミン。兄ちゃん戻ったで」


 二階から駆け下りてきたのは、ぶかぶかのワンピースタイプのパジャマを着た狐耳の少女だった。二十歳くらいだろうか。顔だちがフィクツと似ている。二人を並べれば、十中八九兄妹だと答えるだろう。

 明るい茶色の髪は胸元あたりまで伸びている、さっきまで寝ていたのか、少し髪の毛に寝癖がついていた。


 狐耳の少女は、まなじりを吊り上げるとぐったりと座っているフィクツに詰め寄った。怒っているのがその表情からよくわかる。頭から湯気を吹きそうなほどだ。

 ぐったりしたフィクツの胸倉をつかむと、がっくんがっくんと揺さぶる。


 ……死ぬんじゃないか、あんなに揺さぶると。


「だ、か、ら! あれほど無茶したらあかんって言ったやないの! 魔鉱石なんて危険っぽいもんつかむからやで、ほんま!」

「おぶ……、いや……、すまんて……!」

「いーや! お兄ちゃんはわかってないんや! どれだけ心配したと思ってんのや!?」

「あかん……! 死ぬ……!」


 フィクツの狐耳が垂れ下がり、目が微妙にうつろになる。振り回されすぎて、減っていた体力が限りなくゼロに近づいているのだ。

 どうやら憑依を使ったらしいということに、妹ちゃんが気付いた。眉を顰めると、キッチンの方へ早歩きで入る。戸棚からごそごそと濁った緑色の液体が入った瓶を取り出す。コップの中にそのどろりとした液体を注ぐと、左手に生み出した青白い炎をぶち込んだ。

 じゅわっと音がして液体が加熱される。温まったカップを持って、妹ちゃんはフィクツのもとに引き返してきた。

 カップをフィクツに渡そうとした時に、俺と目が合う。

 妹ちゃんの目が思いっきり見開かれた。まさか知らない人がいるとは思っていなかったのだろう。


 妹ちゃんの手からカップが滑り落ちた。盛大にフィクツが薬湯をもろにひっかぶる。


「あっちいいいいいいいい!!!」


「うるさいお兄ちゃん! 床で踊ってる場合やない! この人誰や!?」


 思わず笑いが込み上げてきた。

 俺の笑い声を聞いて、再びフィクツの襟首をひっつかんでいた妹ちゃんがその手を放す。ごとりとフィクツの頭が床に落ちた。


「俺はマコト。今は魔術が使えない魔術師だ」


 妹ちゃんはフィクツを盾にするように持ち上げ、疑念のこもった目つきを俺を見つめてきた。


「とりあえず、フィクツを何とかしてやってくれるか? 乗り移りも使ったし、そろそろ死ぬんじゃないか?」


「あっ!? お兄ちゃん? しっかりしいや!?」


 ばたばたと再び薬湯を作るためキッチンに駆け込む妹ちゃんを見ながら、俺は心から力を抜いていた。

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