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第150話「憑依」

 包囲されたイ号舎の中、フィクツが動いた。


 狐の頭がべろりと剥げる。


「――――っ!?」


 驚愕に俺の目が見開かれた。

 目の前に現れたのは、狐の耳を持ったつり目の青年だった。

 俺は思わず指を差すが、混乱のあまり声は出ない。フィクツの首から垂れ下がるのは、たしかに狐の頭だ。さっきまでフィクツの顔に完全に同化していた狐頭は、今や頭の皮を利用したフードになっていた。


 フィクツ自身は驚いていない。ということは、これはフィクツの使う術が何かだ。


「ニイさん、いまからワイはあの大鷲に乗り移る。大鷲を動かせるようになるんやけど、ワイの身体は抜け殻になってまうんや。ワイの身体を頼むで」


 フィクツは早口にそれだけ言うと、大鷲の鉄格子に向かっていく。


 生き物の存在を感知したのか、ズガンと大鷲が鉄格子にぶつかってきた。鉤爪が鉄格子の隙間から突き出され、肉を求める鳴き声を上げて床を引っ掻く。目は血走っており、興奮しているのが見て取れた。


 こんな状態の大鷲をどうにかできるのか?


「…………!!」


 フィクツが唱えた呪文は、耳には聞こえたものの何を言っているのかはわからなかった。唱えた直後、糸が切れたように倒れた。俺は頭を打たないようにあわててその身を支える。


 四足の大鷲がいつの間にか大人しくなっていた。その瞳には知性を感じさせる。先ほどとは大きく違う様子に俺は狼狽えた。


 魂が抜けたようなフィクツの身体、代わりに大人しくなった大鷲。


「乗り移る……。フィクツなのか?」


 俺の問いかけに、大鷲が一度頷いた。どうやっているのかはわからないが、今この大鷲はフィクツが憑依した状態なのだ。


 まごまごしている俺に、憤慨した様子でフィクツが鉄格子を引っ掻く。このままでは出られないらしい。


「ミオセルタ!」

「人づかいが荒いのう……」


 ミオセルタの<分解>魔術が鉄格子を粉に変える。鉄格子がなくなると、羽根をたたんだ大鷲がのっそりと出てきた。

 俺はフィクツの身体を大鷲の背中に無理矢理乗せると、俺自身もまたがる。四足になっているため、羽根の生えた馬のような体躯をしている。顔は鷲だが。


 フィクツを乗せてみたがいまいちバランスが悪い。俺は上着を脱ぐと、その服を使って俺の身体とフィクツの身体を縛り付けた。まだバランスは悪いが、なんとかなるはずだ。


 俺は大鷲の首筋を軽く叩く。


「いいぞ、フィクツ! 行ってくれ!」


 大鷲が甲高い鳴き声を上げた。頭を低くして進み始める。すぐにイ号舎の外へ出た。

 すでにイ号舎の外は包囲されていた。三人一組ほどの塊になって、お互いをカバーしあうように包囲している。

 彼らはイ号舎から出てきた大鷲を見て、ぎょっとした表情になった。


「どけええええ!!!」


 俺が叫ぶ。

 ミオセルタがカッと目を光らせた。動こうとした兵士たちに向かって、スライサーを吹き飛ばした光弾を放つ。どよめいて包囲の輪が下がった。


 少しの加速。

 ぐんと勢いよく流れる景色。


 一瞬の浮遊感の後、大鷲は宙へと舞い上がっていた。


「ぐぅうううぅうう」


 空中散歩を楽しむ余裕などない。俺は大鷲の首筋にかじりつき、片方の手でフィクツの身体が滑り落ちないようにしがみついた。羽根が空を打つたびに、微妙に上下動が起きる。振り落とされないようにするのが精いっぱいだ。


 先ほどから何回か小刻みに光っているのは、ミオセルタの魔術だろう。

 下から放たれる矢の攻撃を何とか迎撃しているらしい。


 高度はすぐに上がった。矢が勢いを失って届かなくなる。


 安心するのは速かった。すぐに俺の歯の根が合わなくなる。寒いのだ。風を切るのは爽快かもしれないが、身体を叩く冷風は容赦なく体温を奪っていく。しかも、前からぶつかってくる風で目も開けられないような有様なのだ。

 ガチガチと歯を鳴らしながら、それでもフィクツの身体は離さない。


 大鷲は少しずつ高度を下げ始めた。眼下の街が見える。危ない状況なのは変わらないのだが、俺は思わずその美しさに息を吞んだ。


 綺麗に区画整理された都市。天空の星の如く、地上に人の灯す光の星図が描かれていた。

 かなり大きな都市だ。遠くに大きなお城が見える。その規模はかなりのものだ。明らかにティゼッタより大きい。


 お城の方に光が灯るのが見えた。何度も魔術を使ってきた俺にはわかる。あれは魔法陣の光だ。


「フィクツ! 降りろ! 魔術で狙われてる!!」


 びくっと身体を震わせて、大鷲が高度をぐんぐん下げ始める。

 その動きが幸いした。

 レーザービームのような光線がさっきまで俺たちが居た位置を貫通する。そのまま背後の建物に命中して構造物を砕いた。


「なっ!?」


 何を考えてるんだよ!? 街中で使う魔術じゃねえだろうが!」


 叫び声は食いしばった口の中で消えた。胃が持ち上がるような気持ち悪さに耐える。ぐんぐん地面が近付いていく。ぶつかりそうになった直前、大鷲は地上近くで一度羽根を打つ。ホバリングに辺りのバケツや木箱が吹っ飛んだ。

 

 大鷲はいきなり身を震わせると、俺とフィクツの身体を振り落とす。俺は放り出されて、したたかに全身を打った。痛みに呻いている間に大鷲は再び空へと舞い上がっていく。


「ちょ……! フィクツのやつ、身体を置いてどこにいくんだよ!?」


 俺は転がされていたフィクツの身体を背負うと、少しでも目立たないところへと移動していく。

 どこの路地裏かしらないが、このままでは誰か来るだろう。


 しばらく引っ張ったあたりで、フィクツの身体が大きく身震いした。

 身体に力がもどってなお、フィクツはぐったりとしていた。


「……ニイさん」

「フィクツ! さすが、脱出成功だ!」

「へへ……。ワイのとっておきやさかいな……」


 憑依する術はかなり負担になるのか、衰弱した様子のフィクツは俺の背中で疲れたように長い息を吐いた。


「それで、さっきの大鷲はどうしたんだ? まさか街中で……」

「ちゃう……。さっきの兵士んとこ戻ってやな……、そこで解放してきたわ」


 くくく、とフィクツが笑う。


「凶暴化状態やから、しばらく追手もこんやろ……。悪いけどニイさん、ワイを運んでくれんか……?」


 この術を使えば、確かに脱出はできるかもしれない。でもその後でこれだけの衰弱だ。なるほど最後の手段なわけだ。軽々しく使える手ではない。

 見ず知らずに近い俺を信じてここまでやったのだ。どこにでも運んでやろう。


「運ぶのはいいけど、あてはあるのか? このまま街中をさまようのはたぶん危ない」

「ワイが教えるさかい……。ここはテアナ通りの裏路地やな……、なら……」


 フィクツの腕が持ち上がると、行き先を指し示す。

 俺は背負う腕に力を込め直した。フィクツに言われるままに、俺は大都市の道を歩きだした。

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