第15話「魔術考察」
いつもありがとうございます! ゆっくり進行ですが、気長にお付き合いくださいね。
さわやかな青空が広がる。人の手が入らない森。魔物がうろつくために奥深くには人の通りもない。誰にも見られないという点では、東の森は悪くない選択だ。クーちゃんは枯枝や落ち葉の塊や、木の根を熱心に嗅いでいる。目の届く範囲で遊んでいるので大丈夫だろう。
それより、今はコレだ。
今、俺の目の前には光の球が浮いていた。
攻撃力0、光源としての光球である。さっきから俺は2つの光の球を出したり消したりを繰り返している。別に頭がおかしくなったわけではない。魔術の検証だ。
「……<ゆらぐひかり>」
差し出した掌の上に光の球が生まれる。光球にマナを注ぎ込むと、光球のサイズが増大する。
やはりか……。
俺は「ゆらぐひかり」の光球を解除して消す。続いてもう一度集中。
「……<光源>」
右の掌上に魔法陣が出現し、割れると同時に光の球が生まれる。出現した光球にマナを注ぎ込もうとするが、手ごたえはない。
「なるほどな……」
俺の小さな呟きが森の中に消えていく。
考えてみればラーニングの時から何か変だった。頭の中に聞こえる謎の音声には『魔術』と『魔法』という2種類のモノがあった。微妙に名称の傾向も違うしな。
まずは『魔術』。
アイツから受けた<火球>や、レイチェルの<麻痺>。街頭の<光源>。人からラーニングしたものばかり。これらは『魔術』だ。発動前に魔法陣が出るのが特徴。出したあと動かしたりマナを注いで増量したり加工はできない。
ちょっと使い勝手悪いよなあ。
次に『魔法』。
魔術防御を上げる<まぼろしのたて>や、スライムからラーニングした<いてつくかけら>、これらは『魔法』だ。発動に魔法陣は出ない。発動させた後はある程度こちらの意思で操作できたり、マナを注ぎ込んで加工することも可能だ。
俺の予想だと、たぶんこれ『魔物が使う魔術』なんじゃないか? 次のラーニングでわかると思う。
そして、色々実験していた中で思いついたことがひとつ。
俺は意識を集中すると、マナを使用するためにぐっと身体に力を入れる。
「<光源>」
右手の掌上に魔法陣が出現し、割れると同時に光球が出現する。
「うし……! 成功!」
俺は思わず叫んでいた。
俺の右手のみならず、左の掌上にも光球が浮いていた。
これで確かめられた。魔術2つを同時に起動はできないが、『魔術』と『魔法』なら同時に起動できるのだ。名付けるなら『二重起動』かな。
俺はしばらく様々な組み合わせの二重起動を試して過ごした。マイコニドや大ニワトリ、巨大ダンゴムシをぶち倒していく。
ん……? あれ……ここって。
スライムを探しながら森を進む俺は、見覚えのある風景に出くわした。そう、レジェルとシーナさんと出会った川辺だ。予想以上に森の奥に来ていたらしいな。あそこで助けてもらわなかったら即ゲームオーバーだったろうなあ。
「おや、マコト殿ではござらんか」
感慨深く川を眺めていた俺に、耳慣れた声が聞こえた。ハーヴェか。
声がしたほうを振り向くと、レジェルとシーナさんを連れてハーヴェが森の中を歩いてくるところが見えた。こんなところで会うのも珍しいが、レジェルとシーナさんがいるってのもこれまた珍しい組み合わせだな。
「あれ? マコトじゃない」
「レジェル、シーナさん、珍しいところで」
「そうだな。オマエさんはスライム狩りか?」
「そんなところ。あとは鍛錬」
ふう、と息を吐くと、レジェルとシーナさんが荷物を降ろす。覚えのある匂いに反応してか、クーちゃんがレジェルの荷物を嗅ぎにいく。ハーヴェも荷物を降ろすと、疲れたようにその場に腰を下ろす。
「ハーヴェと一緒ってのも珍しいな。どうしたんだ?」
「いや、森の中を案内してほしいとハーヴェに頼まれてな」
あ、そうか。人子と猫子のこと、調べてくれてるのか。さすが情報屋。動きが早い。
もともとの目的地がここだったのか、休息を取ることにしたのか、レジェルがてきぱきと焚き火の用意を始める。ハーヴェがあわてたように立ち上がり、枯れ枝を拾い集めにいった。遊んでもらえると思ったのか、クーちゃんがきゅーきゅー鳴きながらハーヴェについて走っていく。
っと、そういえばシーナさんがいるなら、チャンスだな。
俺はシーナさんに近寄る。
「シーナさん。ちょっとお願いがあるんだけど」
「ん? 何かな?」
「シーナさん、戦闘のときに魔術使ってるよな。身体能力上昇?」
「うん、使ってるよ」
荷物を整理していたシーナさんが俺の方に向き直る。微妙に怪訝な顔をしているのは、俺が何を考えているのかわからないからか。
「俺も身体能力上昇の魔術って使えるかな?」
「覚えたいってこと?」
「そうそう」
シーナさんは顎に指に当てると、考える仕草。ううううんと悩む難しい顔をし始めた。
「マコトは魔術が使えるから、たぶん教えたらできるとは思うんだけど。私は教える自信ないなあ。適性って言われたけど、習った時もなんとなく感覚的に覚えた感じだからね~」
うーん。やっぱりか。使えるからと言って教えられるとは限らないってことだな。じゃあ……。
「じゃあ、俺に身体能力上昇をかけることができたりする?」
「うーん。できないことはないけどね」
シーナさんが言いよどんだのを見て、俺は不思議に思う。
あれ? 難しいのか? ゲームとかだと支援魔術は基本だと思ったんだが。違うのか?
「人それぞれでマナって違うでしょ? だから、人に魔術をかけようとしたら相手のマナに合わせないといけないから、ほんの少ししか効果を発揮できなかったりするのよ」
窓口さんも言っていた固有マナってやつだな。なるほどな、拒否反応とまではいかないが、合わないと効果がでないのか。
シーナさんは弓の弦をチェックしながら続ける。
「レジェルに試したんだけど、マナを合わせるまで時間かかるわ、魔術かかってもぜんぜん効果でないわ。マナ消費だけはバカに大きいからもう勘弁って感じね」
その台詞にレジェルが苦い顔をする。レジェルは火口箱から道具を取り出す。火打石と火打金を打ち合わせて火花を起こすと、その火花をおが屑に落とし、息を吹きかけ火を起こす。
ちろちろと火が燃え上がり始めた。
「オマエさんが思うほどいいものじゃないぞ。まあ、多少は動きがよくなるが、魔術が発動するまでに時間がかかりすぎる」
「それでも1度味わってみたいんだよ。手間だと思うけど、俺に身体能力上昇をかけてほしい」
シーナさんがちらりとレジェルを見る。レジェルは呆れたように肩をすくめた。
「やってやれ。魔術のことはオレにはわからんが、マコトなりの考えがあるんだろうさ」
「オッケー。そんじゃ、マコト、そこに座って」
俺は言われるままシーナさんの横に座る。シーナさんはさっそく目を閉じると、集中に入る。俺の額あたりに向けて掌をかざす。
「んんんんんん。ぬんぬんぬんぬん……」
シーナさん、変な声出てるんですが……。ちょっと怖い。
どれくらい時間が経っただろうか、焚き火の火が大きくなり、ハーヴェとクーちゃんが戻ってきて不思議そうな顔をしてきたあたりで、動きがあった。
シーナさんがカッと目を見開く! 力強き言葉が美しい唇から吐き出された。
「<力よ! 比類なき剛力、風のごとき俊敏さを与えよ! 身体能力上昇>っ!!」
う……おっ!?
ぐっ、と全身を圧縮される感覚。ものすごい燃料を無理矢理体の中に突っ込んだかのような感触がする。これが身体能力上昇か。
<体得! 魔術「身体能力上昇」をラーニングしました>
これこれこれ! まってました! これだよ!
俺は立ち上がると、準備運動をして体の調子を確かめる。その場で垂直とびや、短距離ダッシュをしてみるが、今の状態ではなんとなーく「いつもより動けるな」くらいにしか感じない。人からかけてもらった場合はこんなもんか。
俺はちらりと3人の方を見やる。いつのまにか俺が倒した大ニワトリの肉を焼いて、食事の時間にしようとしている。すぐに自分自身の<身体能力上昇>を試したいが、「使えない」といった手前、今はやめておこうか。
「ちょっとレジェル、シーナさん、ハーヴェ。それ、俺の大ニワトリ。ちゃんと俺の分も肉残しといてほしいな!」
俺は叫びながら焚き火へと駆け寄っていった。
いつの間にかあたりは少しずつ薄暗くなっている。意外と時間を食ったな。野宿するなら人数が多いほうがいいだろう。
夜が明けるまでは一緒に過ごすとしよう。
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