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第148話「活性化」

 奉剣部隊の本部は、王国騎士団からは独立している。

 その意向と任務こそは王国から任命されるものだが、独立した資金源と独立した補給や人員などは他の騎士団とは大きく趣が異なる。

 騎士団と魔術師団は王国の象徴だ。その働きは真摯なものであり、王国こそが唯一にして至高の国だということを示すための力である。そのために汚れ仕事を行う部隊が必要となる。だからこそ奉剣部隊という特殊部隊が存在するのだ。


 本部の内装は騎士団本部とは違い、使いやすさ重視で出来ている。中では忙しそうに書類と格闘する部署や、武装を開発する部署などが働いていた。


 その廊下を難しい顔をして歩いているのはアドルだった。向かっているのはエリザベータ隊長の個人執務室だ。

 拉致してきたマコトという名の青年について、アドルは疑問に思っていた。


 もともと大陸北部には別の目的があって赴いていた。

 きわめて稀な事態なのだが、人里におりてきたという巨大鉄喰蟲(アインクロウラー)の討伐が目的だったはずなのだ。外殻がまさに鉄並の高度を誇り、並大抵の戦力では倒せない。そこで奉剣部隊の出動となった。

 鉄如きでは剣聖の一撃は防げない。討伐は問題なく終了した。そのあとティゼッタで休養となったのだが、どこでどうなったのか、気が付けばこの事態だ。


 連れて帰ると言ったエリザベータの真意はわからない。あの魔物のような姿を見れば、その危険性はわかる。それなら、今のうちに殺してしまった方がよい。魔物のように飼う必要はないはずだ。


(事故として処理しようと思ったが、スライサーに勝つとはな……)

 

 アドルは顔には出さず、心の中でため息を吐いた。

 

 〝剣聖”として命令されたのであれば、部下として従うだけだ。


(納得のいく説明をしてもらえるといいのだがな……)



 アドルが不意のその足を止めた。

 いつの間に出てきたのか、湧き出るように背後にピックが立っていた。

 ピックにはあの青年を連れて行くと同時に、その様子を探るように命じてある。もちろんエリザベータ隊長には秘密裡にだ。


「報告を」


 ピックは一礼すると、声を潜めて言う。アドルが頷いて促すと、ニット帽の下の耳を押さえて辺りの様子を窺った。

 ピックのニット帽の下には、犬の耳が付いている。ピックは犬の半獣人なのだ。聴力や嗅覚に優れ、諜報任務をする時などには役に立つ。壁向こうやこちらの姿が見えない距離の内緒話を聞くといったことなどが可能だ。


「夜に脱出する計画を立てているようです。魔物を暴走させ、その混乱に乗じる模様」

「ふむ……」

「それに、あの魚の玩具から声が……。何か声を届ける魔術なのかもしれません。遠くから別の術者が操っている可能性も」


 アドルは腕組みをすると思案した。あのイ号舎に拘束している魔物は、単体としてはそれほど恐ろしいものではない。暴れ出せば本部は混乱するだろうが、巡回を増やしていれば大きな損害は出ない。


 アドルは考える。この状況、どう使えば最善か。


「わかった。隊長と話す。対応は少し待て」

「了解しました」


 ピックが一歩下がって深々と頭を下げる。アドルは再び執務室に向けて歩き出した。



「隊長、私です」


 ノックは三回。アドルは体調執務室に入った。

 執務室の中はかなりきれいに整頓されている。高級感があり落ち着いた雰囲気の調度品などは、エリザベータの趣味というよりは、本部の意向だろう。そもそもエリザベータは普段この執務室を利用していない。訓練場にいるか、王城に居る方が多いのだ。使うのはリリアや騎士団長の使いなど、来客時くらいとなっていた。

 その執務室の中央に、正装のエリザベータが立っていた。青系が主体の軍服に、これまでもらった勲章がつけられている。


「アドル。どうかしたのかな?」


 エリザベータの静かな声が響いた。その視線がアドルを見据える。

 アドルは肚に力を込めた。アドルはこの威圧感だけは慣れなかった。これだけのプレッシャーなのに、エリザベータの見た目が若く見えるのが、さらに化け物じみて感じられていた。


「リリア殿下は?」

「さっきかえったよ。それでちょっと、ぼくもおしろのほうへいくことになったんだ」


 アドルはリリアが王女ということを知っている。王女がお忍びで来ていることは、混乱を避けるために奉剣部隊の中でも幹部級の者しか知らされていない。


「なるほど。殿下のおよびなら、しばらく王城でしょう」

「そうだね」


 エリザベータはアドルの言葉に苦笑する。その表情は見た目の若さに対し、年齢を感じさせる。

 リリア王女は自分の退屈を紛らわせるために、こうしてエリザべータを王城に呼びつけることがあった。特に遠方に遠征に出た時などは特にだ。自分が王都から出られない分、いろいろな話を聞きたがる。



 この少女が聖剣を抜き、剣聖として隊長職に就いたのは今から五年ほど前だ。そこから歳を取ったように見えない。見えないだけなのか、それとも聖剣の力で本当に歳を取っていないのか。

 アドルの半分ほどの年齢しかないこの少女では部隊の運営は難しい。実務的なところはアドルが扱っていた。


「エリザベータ隊長が連れてきた彼ですが、どういたしましょう?」

「おしろにいっしょにいきたいんだけどね」

「それはお止め下さい」


 アドルが苦りきった顔をすると、エリザベータは肩をすくめた。


「なぜエリザベータ隊長はあの青年にこだわるのです? エリザベータ隊長の命ですので先ほどはそれなりに答えましたが……。せめて私にはそのあたりを説明していただきたいものです」


 エリザベータは答える代わりに、執務室の机上に置かれていた資料の束をアドルに放った。

 ちらりと見るに、どうやらあの青年について調べた資料らしい。アドルは眉を上げた。調べさせているなんて情報をアドルは掴んでいなかったからだ。


 書類をめくる。名前、性別、年齢から、ベルランテやティゼッタでの業績が事細かに記されている。


「むこうにちょっとつてがあるのさ」

「確か隊長の出身はベルランテでしたな」


 アドルはそのことを思い出した。あちらの騎士団に何人かエリザベータの個人的な知り合いがいたはずだ。

 アドルは再び調査結果に目を落とす。


 読み進めるうちにアドルは不思議なことに気が付いた。

 ベルランテより前の記録が、一切ないのだ。近隣の村々も調査したらしいが、これといった情報は出ない。

 そして、この遍歴だ。英雄的な行動も多くみられるが、それにしても変異した魔物との戦いが多い。いく先々で魔物と戦っている。


 一見バラバラのように見える情報が、アドルの中で繋がった。

 アドルははっとして顔を上げた。静かな湖面を思わせるようなエリザベータの瞳とぶつかる。


「魔物が活性化……ですか?」


 アドルの脳内で思考が閃く。

 青年が行く先々で、たまたま魔物が活性化しているのではなく、青年がいるから魔物が活性化するのだ、と。

 エリザベータが動いたことで、ようやくアドルも動けるようになった。強張っていた指をほぐすように、一度手を複数握る。


「しばらくようすをみたいんだ。ぼくがもどるまで、かれのことはまかせたよ」

「わかりました。()()()ください」


 アドルは頭を下げた。エリザベータが部屋を出る音を聞いて、ようやくその頭を上げる。上げた時には、もうアドルの気持ちは決まっていた。

 アドルは厳しい顔のまま、執務室を出る。外ではピックが同じ姿勢のまま待っていた。

 アドルが横を通り過ぎると、何も言わずともピックが横に並んでついてくる。


「どうされますか?」

「泳がせるとしよう」


 ピックはアドルが手塩にかけて育てた、子飼いの部下だ。

 この一言で何がしたいかは理解してくれる。

 

「捕まえようとしての事故で死んでしまうのなら、それはしょうがないことだからな」


 ピックが黙礼すると小走りに駆けて行った。他の部下に連絡と準備を行うためだ。

 直属の部下は掌握している。ピックが伝えればアドルの思う通りに動くだろう。


 アドルは森の中での青年のことを思い出していた。

 自分も準備を万全にするために、武器庫へ向かうことにした。 

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