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第147話「脱出計画」

「ニイさんがた、さっきから話してるソレは、脱獄の計画ですかい?」


 かけられた声に、ぴたりと俺の動きが止まった。ミオセルタも黙り込む。


 聞かれていた!?

 やはり見張られていた? 誰だ?

 

 脳内を思考が走り抜ける。何も良案に結びつかなかったが。

 見えていた通路にも人はいなかったはず。魔物しかいないはずだ。だが、魔物がここまで流暢に喋るとは思わない。


 ざわり、と背中の産毛が立つような気持ち悪さに襲われる。


「いや、別に邪魔しようってわけやあらへん」


 声は奥から聞こえていた。リザードのさらに奥、四足の大鷲が座り込むそのもうひとつ奥の小部屋だ。

 どうやら四足の大鷲の巨体に隠れて、向こう側が見えていなかったのだ。

 そこにも俺のところと同じく簡易ベッドが用意してあった。もっともこっちと違うのは、小物もいくつかそろっており、俺よりも長くこの場所に居るのがわかるくらいか。


「ワイに手があるんや。一枚噛まへんか?」


 そう言って大鷲の巨体から顔をのぞかせたのは、くすんだ黄色の毛並をした狐の顔だった。


 狐の獣人……?

 いや、違う!


「あんた、何なんだ? 狐の獣人じゃないだろ」

「いやいや、ワイは狐の獣人やで。ホンモノやで」

「俺にも獣人の知り合いがいるけどな、手まで毛皮でおおわれているんだよ」


 俺の言葉に、狐獣人モドキが両手を後ろにさっと隠す。もう遅い。すでに手が普通の成人男性の手であることはわかっている。

 しかし、だとすると、何なんだ?

 確かに顔は狐。しゃべると口が動き、息をすると鼻から空気が出入りしているように見える。口腔内の濡れぐあいや、瞳の輝きなどを見ても、被り物にしては、あまりに本物に近い。


「ワイはフィクツ、ただの狐憑きや。ニイさんこそなんやの? 魚の魔物憑きなんて聞いたことないで」

「〝魔物憑き”……?」

「せや。違うんか? 魔物にとり憑かれて、身体が魔物になっていく。せやからワイらこんなところに入れられてるんやろ?」


 人にとり憑く、そういう魔物もいるのか。

 ゴースト型の魔物とかなら、そういうのもあるかもしれない。


 まあ、たしかに身体が魔物になっていく、というのなら俺は当てはまるだろう。影の腕や影の尻尾まで出るのだ。


 〝狐憑き”ということは狐に憑りつかれてるってことか?


 俺の言葉に、狐頭のフィクツはにやりと口の端を上げた。ずるがしこそうに見えるのは狐だからだろうか。

 ふと、フィクツの足元あたりの景色がぼやけて見えた。そのあたりから、幽霊のような小さな狐が出現する。

 人魂の炎のような青白い狐。これが、フィクツに憑りついている魔物というわけか。

 フィクツは必死なのか、俺にフレンドリィな様子で話しかけてくる。


「せやかてワイもここにずっといたいわけやあらへん。でも、ワイ一人じゃ厳しいんや。な、ええやろ?」


 両手を合わせて拝んでくるフィクツに俺は微妙な顔をした。

 今の時点でもかなり複雑な状況だ。それに、捕まっているのなら、悪人なのかもしれないし……。


 そこまで思った時点で、俺自身もこうやって入れられている事実がちらついた。

 こいつ、なんだか悪いヤツには見えないんだよなあ。


 俺はため息を吐いた。聞くだけなら損にならないだろう。


「それで、何か手があるのか?」


 フィクツの顔がぱあっと明るくなる。

 懐に手を入れると、ごそごそとしばらく何かを探す。やがて取り出したのは、赤紫色に輝く鉱石のようなものだった。石の角を無理矢理削って球体に近付けたような形状。


「鉱石……?」


 その鉱石が見えたとたん、今まで静かにしていたミオセルタが身じろぎした。


「その色、魔鉱石(メルタリオン)じゃな」

「魚の人は知っとるみたいやな」


 フィクツは鈍く輝く魔鉱石(メルタリオン)を目の前に掲げた。思わず目が吸い寄せられる。

 周りの魔物たちも魔鉱石(メルタリオン)を注視しているのがわかる。


「このままやとただの石や。けど、食べさせると魔物を凶暴化させるんや。これでここの魔物を暴れさせている間に、脱出するんや」

「その計画だと、俺は必要ないんじゃないか?」


 フィクツは何かの革で魔鉱石(メルタリオン)を包むと、再び懐にしまい込む。

 フィクツの得意げな顔が一転して落ち込んだ顔になった。


「鉄格子の隙間から食わせて、暴れさせるまではええんやけどな。結局この鉄格子が開かんと脱出できひんのや……。そこで、ニイさんの魔術で鉄格子を壊して、それから作戦結構や。どや、ええ考えやろ?」


 鼻を高く上げ、ドヤ顔で言うフィクツ。

 今にも動きそうなフィクツに、俺はちょっと待てといういうふうに手で制止する。

 ミオセルタを連れて自分の部屋の隅に行くと、しゃがみ込んで相談を始めた。


「どうするつもりじゃ?」

「……脱出しよう。このままここに居続ける理由もないし、エリザベータやアドルの狙いがわからない。なんだかイヤな予感がする」


 そう。今までの通りなら、また何かに利用されてしまう。

 こちらが主導権を取るために、こっちからアクションを起こしたい。


「それに、ここにいるより脱出した方が俺の魔術回復やミオセルタのマナの源があるかもしれないだろうしな」

「ふむ……」


 俺はフィクツに向き直った。わくわくした顔でフィクツが俺を待っている。


「わかった。協力しよう。出たあとのことは考えてるのか?」

「まかしとき! 出さえすれば顔は利くんや」

「その顔で……?」

「信じてへんな?」


 俺は肩をすくめた。

 信じていないわけではないが、ここから脱出して潜伏するとなると、エリザベータの目をごまかす必要がある。そこまでのことがフィクツにできるのか。

 まあ、脱出まで協力できれば十分だと思おう。


「しかし、その石、よく見つからなかったな」

「〝化かす”んは得意やからな」


 フィクツはニヤリと得意げに笑う。


「それでや、すぐにやるんか?」

「夜になるまで待とう。その方が逃げやすい」

「わかったで。いつでも言うてや」


 フィクツはそういうと自分のベッドに戻っていく。すぐに大鷲が視界を塞ぐように座り込んだ。


 俺もベッドに戻ると、その上に座り込んだ。

 とりあえず封印のリストバンドがないことは隠さなければならないだろう。シーツの端を少し割くと、包帯のように巻き付けた。

 気になるから隠したと言えば通るだろう。


「夜……か」


 俺は深呼吸をした。

 今から浮ついていてはいけない。落ち着こう。

 

 俺は夜に備えるために、少し眠ることにした。

 




 

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