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第145話「スライサー」

 アドルの言う通りしばらくすると身体のだるさは消え、膝は震えなくなった。

 どうやら王都グラスバウルに辿り着くまで、俺を<睡眠(スリーピング)>で眠らせ、食料を与える時は<困惑(コンヒューズ)>で混乱状態にして食べさせていたらしい。かなりの強行軍だったという。

 いつもなら<睡眠(スリーピング)>と<困惑(コンヒューズ)>はラーニングできているはずなのだが、脳内アナウンスも聞こえてこない。


 魔術が使えない。

 ぽっかりと胸に穴が空いた気がする。

 まだマシなのは、封印のリストバンドをされているために、魔術不能状態であるということを知られないで済んでいるということか。


ブーツの底が地面を踏む。しっかりと均され、きちんと整備されている。訓練場の状態は良い。

 右手に木剣の重みを感じる。硬い木から削り出されたらしい木剣は、(つば)もない無骨なつくりだ。それなりの重さがある。これで全力で打たれれば骨くらいは軽く折れるんじゃないか。


 俺は柄を両手で握る。木剣の刃渡りは一メートル少し。マカゲの構えを思い出しながら少し振ってみる。


「そろそろやろうぜ」


 スライサーはすでに訓練場で待っていた。手に木剣をだらりと下げている。

 俺は一度ミオセルタに目をやる。動きはない。あえて動かないのであれば、やはり取り返すしかない。話しができるのは落ち着いて周りに誰もいなくなってからだ。


「ルールは?」

「ギブアップを宣言か気絶したら負けで」


 それだけ聞けば十分だ。

 俺は柄をしっかりと握り、正眼に構えた。

 スライサーは余裕を見せつけたいのか、まだ構えてすらいない。


 なら、先手を取らせてもらおうか!


「せぇええいッ!」


 俺は踏み込むとスライサーの肩口を狙って、打ち下ろしの一撃を繰り出した。これまでの理不尽さを払うように渾身の一刀。

 かなりの速度の一撃だ。構えてすらいなければ防御も間に合うまい。

 

 スライサーが木剣で受けた。間に合わうはずがないと思っていた木剣が、触手じみた動きで動く。

 俺の一撃はスライサーの木剣で逸らされた。

 反撃が来る。俺は即座に距離を空ける。


 俺の頭の中で、緊張した雰囲気が張りつめていた。

 俺は手に持った木剣を握り直す。じっとりとにじむ手の汗で、握っている手が滑りそうになる。

 相対したスライサーは完全に小馬鹿にした表情で俺を見ている。


 わざと俺に打たせたのか。


 スライサーも木剣だが、その剣技は俺と比べるべくもない。さっきの一合でスライサーはよく理解したのだろう。

 エリザベータやリリア、アドル達といった観客(ギャラリー)の視線が刺さっている気がする。


 くそっ……!


 冷や汗が背中を通りすぎていく。


 今度はスライサーが先に動いた。構えずにだらりとさげたままの手から、しなるように宙に曲線の軌跡が描かれる。

 木剣が打ち合う硬い音が響く。

 俺は何とか木剣で防ぐ。


「ぐっ……!」


 防ぐたびに木剣に振動が伝わり、手の中で暴れる。あまりの勢いに、手が痺れそうになるのを、何とかこらえる。

 連続してスライサーの木剣が閃く。俺の木剣が防ぐたびに手にキツイ衝撃が加わる。


 コイツ、遊んでる……!


 俺が防げているのではない。わざと木剣を打たれている。

 俺にそれほどの剣の腕がないことを知って、遊びに切り替えてきてる。いつでも勝てるという自信の表れか。

 スライサーの攻撃を受けながら、歯を食いしばる。


 魔術が使えれば、三次元の動きで距離を取って接近すら許さないのに。

 魔法が使えれば、<やみのかいな>の手で受けることもできるのに。


 使えさえすれば――――!


「なかなか粘るね!」


 頭上から降るようにして、強烈な一撃がきた。

 すさまじい衝撃がくるのがわかっていながら、俺の技術では受けるしかない。とっさに木剣の柄と切っ先を強く握って、何とか受け切る。


 ガツンときた。

 衝撃に手が痺れる。重い一撃に、身体が後ろに流れてしまう。体勢が崩れたが、なんとか転倒するのはまぬがれた。

 

「オレはさ、けっこう真剣にこの仕事に取り組んでる。実力主義で、強いモンが発言力があるっていうわかりやすいのが性に合ってるんだよ」


 スライサーは木剣を肩に担ぐと、ゆっくりと俺との間合いを詰めて来る。その身体からプレッシャーがにじみ出ていた。決める気だ。


 俺は強く木剣を握りしめた。

 このままでは勝てない。剣での打ち合いでは勝てない。

 俺は木剣の両端を握りしめた自分の手を見つめた。 


 …………木剣?


「オレに負けるようじゃ向いてねえよ。殺さねえ程度に折ってやるから、寝てろ」


 スライサーが踏み込んだ。斜めから打ち下ろす飛燕の如き剣。

 俺は木剣の両端を握ったままステップ。そのまま突きこんだ。スライサーは顔をずらしただけで避けた。

 突打はフェイントだ。突きこみを引き戻し、半回転させながら柄で打ち込む。


「……ッ!?」


 スライサーの顔に驚愕の色が浮かんだ。

 体捌きでなんとか避けるが、その間に俺は連続して打ち込みを続ける。


 木剣に刃はない。一本の木の棒として使えばいい!


 三連突きから回転打ち。脛払いから一転して上段打ち込み。下から上から予想させない軌道で攻撃を重ねる。

 確かにスライサーは剣技のセンスに優れている。構えもせずに打ち込んでくるのは、最適な攻撃軌道がわかるからだろう。きっちりと剣でガードしてくるレジェルやマスチモスほどの防御技術はないということだ。

 逆転だ!

 俺はスライサーを防戦一方に追い込む。

 剣の扱いはいまいちだが、棒術は違う。棒として使えるなら、コイツ如きにひけはとらない!


「く、そ、がっ!!」


 スライサーが傾いだ体勢から無理矢理な一撃を放った。あまりの速度に反応すらできない。

 俺の木剣が宙にはね飛ばされる。


 だが、これでチェックメイトだ。


 俺は右腕を突き出すと、魔術を――――。


「――――――ッ!?」 


 魔術は出せない。戦闘に熱中するあまり、そのことをすっかり忘れていた。

 それでもスライサーがぎょっとした顔をしたのが見えた。


 風景がスローモーションに見える。

 スライサーの追撃はすでに振るわれている。振り上げた腕を戻す動作で、打ち下ろしの一撃。

 

 その一撃が、吸い込まれるようにして俺の頭に命中――――。


「がッ!?」

 

 熱い。

 重い。

 揺さぶられる衝撃が強すぎて、何がなんだかわからない。

 

 熱さはすぐに痛みに変わった。

 揺れているのは俺の脳みそか、それとも世界の方か。すぐに吐き気に転じた。


 目の前にあるのは地面だ。

 いつ膝をついたかもわからない。倒れたのだけは理解できた。

 立たないと。


 バルグムの顔が脳裏に浮かぶ。そういやあいつにもこうやって転がされた。

 

 って、違うだろ!?

 クリーンヒットすぎて、意識が落ちかけているのに気付いてぞっとする。



 倒れている俺に、重い衝撃がぶちこまれた。

 スライサーの蹴り。

 かなりの勢いでごろごろと身体が回転させられる。

 

 スライサーが木剣を振り上げるのがわかった。


「――――――!!」


 木剣は俺の頭を打ちぬいて、完全に意識を刈り取った。



 ここで気絶してどうするんだよ!!


 俺は地面に手をついた。

 視界は揺れる。打たれすぎて朦朧としてるせいか、よだれが一筋地面に落ちた。

 意識を保ったのは意地だ。


 スライサーがぎょっとした顔をしていた。俺には魔術はないと思っているからだ。封印のリストバンドのせいで俺が魔術を使えないから、スライサーはここまで大胆に攻めてくる。


 そこを突くしかない。

 俺は震えそうになる足を叱咤して何とか立ち上がる。距離を詰められる前に、仕掛けないといけない。


 俺は見せつけるように手首の肌に吸い付いているリストバンドをかざした。


「お前、俺が魔術を使えないと思ってるのか?」


 声は出た。震えないように気を付ける。


「なにを……?」


 スライサーが踏み出しかけた足に、言葉が刺さった。


 よし! あとは聞こえるように言うだけだ。

 うまくいくかは、祈るしかない。


「これ、魔術を封印するんだっけ? 効かねえよ。仕込みはさっき終わったからな。次、仕掛けたら、そっちが負けるよ?」

「ハッタリだ。スイソーンのバンドは魔術を封じる、お前は魔術を使えない!」

「俺は、な」


 俺はかろうじて持っていた木剣を構えた。正直頭を打たれたせいで指に力が入っていない。受けるのも打つのも難しいだろう。


 スライサーが迷ったそぶりをみせたのは一瞬だった。魔術はないと判断したのだろう、木剣を下げたまま一気に俺との距離を詰めてくる。


 俺はバックステップした。スライサーから少しでも距離を取る。

 いつも魔術を使う通り、右手を突き出した。


「――――遠隔魔術! 衝撃弾!!」


 頼む……!


 魔法陣が出現した。

 俺の手のひらにじゃなく、ミオセルタから魔法陣は出た。


 俺以外誰もが予想してなかった事態に、ざわりと空気が揺れる。

 魔法陣が割れ、緑色の光弾がすさまじい速度でスライサーに飛ぶ。


 緑色とか、見たことがないぞこれ!

 死なないよな、オイ!


 避ける間もなかった。背後からスライサーに激突すると、空間を揺るがすような衝撃をまき散らしながら吹き飛ばす。

 その威力たるやどれほどのものか。ボールのように吹っ飛んだスライサーは命中の瞬間に気絶していた。

 地面に転がったスライサーは、死んではいないようだった。先ほどのケインという男が走って様子を窺いに行く。


「…………」


 俺は心の中で安堵の息をついた。

 さすがミオセルタ。俺の声は聞こえていたらしい。


 俺はアドルのところへ行くとミオセルタをひっつかんだ。


「さすがだな、どうやって魔術を使えるんだ?」


 アドルの驚いた顔は、ちょっとスカっとするものがある。

 正直に答えることはできない。ミオセルタの存在はこっちの切り札だ。

 できているかわからないが、俺は不敵に笑ってみせると、アドルの言葉を切って捨てた。


「聞くのはこっちだろ。教えてもらおうか、何がどうなってるのかを」


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