第14話「マジックショップ」
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俺はベルランテのある店の前に立っていた。そう、例のあやしげなマジックショップである。
これまで魔術をなんとなくで使っていたが、やはり基礎くらいは知っておいたほうが良い気がする。<印>の解除方法も知りたいし。餅は餅屋。レクチャーしてもらえるかもしれないと思い、このマジックショップに足を運ぶことにしたのだ。
このマジックショップ、大熊屋を捜索していた時に発見していたのだが、実は1度入ったことがある。
そして、2度と来ないと誓っていた。いたのだが……っ!
ごくり、とつばを飲み込んで、紫色をしたドアを押し開ける。
店内はお香なのかやたら甘い香りが充満している。匂いをイヤがったのか、クーちゃんがフードの中に隠れてしまった。
よくわからないお面や水晶球が並ぶ奥に、カウンターが存在する。
ヤツは……! ヤツはどこだッ!
「あーらぁ……。い、ら、っ、しゃ、い!」
不覚!
背後!
知覚した時にはすでに遅く、耳元に生暖かい息がかかる。生理的な嫌悪感が背筋を這い登る。
ぐおおおお気持ち悪い! 耳元で喋るなよ!
俺としたことが反応が遅れた!?
俺は思わず手を振り払いながら振り返る。
そこにいたのは、紫色のピチピチのワンピースを着た……、筋骨隆々としたモヒカンだった。
もうね。1度入って速攻回れ右ですよ。
危ない。俺の貞操が危ない。
「久しぶりのお客サマね。歓迎しちゃうわ」
モヒカンはゆっくりとおねえ歩きでカウンターのところへと戻る。待ち伏せしてやがったのか……。
「アタシはレイチェルよ。あなたは?」
ウソだ。ゴンザレスとかサムソンとかいう名前だろ絶対。
「俺はマコト」
「1度うちの店に来たことあるわねアナタ。カワイイから覚えてたわ。それで、何か用かしら?」
……。あぶねえ、ちょっと意識とびかけた。なんだこの絵面。気を取り直せ、俺。
「……ちょっと商品を見せてもらおうと思って」
「ふぅん……。アナタ、あまり魔術師には見えないわねえ」
しゃべってるだけで悪寒がするのは何でだ。見た目か。
まあ、この前の怪我で俺は力不足を感じた。魔術ってもっと種類があってしかるべきだろ。ここは恐ろしいとか言ってる場合じゃない。魔術について情報を集めるべきなんだよ! あまりがっついて魔術を覚えたいと弱みを見せるもんでもないだろう。まずはお客のふりをして情報を集めよう。
「この店には誰でも魔術が使えるようなマジックアイテムってないのか?」
「誰でも使える……ねえ」
レイチェルはごそごそとカウンターの下を探し始めた。ドンとカウンターの上に「指輪」を出す。黄色の宝石、精緻な模様が彫りこまれている素晴らしい品だ。
「これはどう?」
「おお! これは?」
「呪いの指輪よ。装備すると麻痺するわ。取れなくなるし」
「駄目だろ!」
俺は伸ばして触れようとしていた手を、音速で引き戻す。危ねえ! 触るところだった!!
「しょうがないわねえ……」
レイチェルはごそごそと再び探り始めると、カウンターの上にドンと「短剣」を出す。短い刀身は三日月のように反っている。期待できそうだな!
「これは?」
「呪いの短剣よ。装備するとマナ毒になるわ。手から離れなくなるし」
「だから! 呪いから離れろよ!」
レイチェルが目を笑みの形に細める。ああああああ! ぞわぞわする!
「『呪い』も立派な魔術よ。相手に触れないと効果が出ないからちょっと使いづらいわ」
レイチェルが差し出した掌に魔法陣が現れると砕け散る。レイチェルの手から黒いもやのようなモノがどろどろと出始めた。俺は興味深く覗き込む。
これが、呪いか?
「状態異常を引き起こす魔術よ。相手に塗りつけるようにしないと効果が出ないし、魔術耐性が高い魔物には効きづらいけど」
俺はそーっとレイチェルの手からあふれるもやに指を伸ばす。
もやが触れると、ピリッと痛む感覚。直後からジンジンと触れた指が動かなくなる。あわてて指をひっこめるが、もやが一部指に絡みついたままだ。
麻痺……これが呪いか!?
<体得! 魔術「麻痺」初級 をラーニングしました>
来た来た!
いやしかし、この麻痺、どうやって回復するんだ!? なんか手全体が痺れてきたぞ。
「アナタ、言ってるそばから指をツッコむなんて、何考えてるのよ」
「いや、ちょっとした好奇心で……」
呆れた顔をしたレイチェルが魔術を解除すると同時に、もやが消える。俺の指に絡み付いていたもやも消えた。俺の痺れも取れる。
なるほど……これは、使えるな!
「しかし、呪いの品以外のはないのか? 水とか風とかの魔術とかさ」
「だってうち、呪い屋ですもの」
魔術ショップじゃないのかよ。なんだよ呪い屋って。
「探し物や占いならお任せよ。自然魔術について学びたいなら、ベルランテじゃなくて魔術学院都市の『シニフィエ』に行くのが一番じゃないかしら?」
「へえ、そんな街があるのか」
魔術都市……。心のメモに書いておこう。いつか行くべき場所だな。
そういてばレイチェルは魔術が使えるのか。だったら、いくつか便利そうなヤツを使わせてラーニングさせてもらうとするか。
「店長さんは魔術学院都市の出身なのか?」
「アタシはただの雇われ店員よ。アタシは別にシニフィエの出身とかじゃなくて、ただ呪いが使えるだけの可愛い娘さんよ」
ない。それはない。どの筋肉をしてそれを言うか。
思いつつ俺はほっと胸をなでおろした。魔術師ってやつが全部コイツみたいなタイプだったらどうしようって、ちょっと思ってた。
「実は俺、<印>って魔術を食らったみたいなんだが、解除するにはどうすればいいか教えてほしいんだ」
「ああ。<解呪>のお客さんだったのね。<解呪>なら軽いものなら100シームから請け負ってるわ。でも、<印>なら時間がたてば解除されるけど、いいの?」
「かまわん、やって欲しい」
レイチェルはモヒカン顔にハテナを浮かべながらも、カウンターの下から短めの木の杖を取り出した。目を閉じると、精神集中を始める。
レイチェルから何か圧力を感じる……。レイチェルの気迫と共に、逞しい筋肉がぴくぴくと蠕動する。力が入り、青筋すら浮いてきている。正直怖い。
「始めるわよ!。<溢れよ、悪しきマナを洗い流せ……解呪。>」
ぐ…!
レイチェルの杖の先に魔法陣が浮かぶ。瞬間、魔法陣が砕け散り、何か波のようなものが全身を通りぬける感触が俺を襲う。俺は思わずガードポーズを取ったが、何も起こる気配はない。
< 体得! 魔術「解呪」をラーニングしました>
お、解呪の魔術はラーニングした。これは予定通り。さっきの<麻痺>もそうだったが、マナを付着させることで効果を出すのが『呪い』みたいだな。汚れを洗い流すみたいにマナで洗い流したんだろう、たぶん。
「はい、終わりよ。これで印も消えたと思うわ」
「ありがとう。助かる」
「いいのよ。これからもうちを贔屓にしてね。お、ね、が、い」
ああ、また来るよ。あんたがカウンターで働いてない時にな。
俺は苦笑いを浮かべると代金を払い、店を後にした。
「きゅう……」
店から出ると、新鮮な空気を求めるように、クーちゃんがフードから顔を出した。若干疲れ目に見えるのは気のせいではないだろう。俺も疲れた。辺りはすでに暗くなりつつあった。薄暗い店内だったから、いまいち時間の経過がわからなかったな。ああ……腹減った。
「<浮かべ光、明るく照らせ、闇を払え……光源>」
魔術を行使する声が聞こえた。
ベルランテの街灯に明かりが点される。中央の大通りと、貴族が住む貴族エリアには、こうして毎日魔術によるあかりが点されるのだ。こうやって時間になると明かりをともす仕事もあるのだ。おかげで明るく安全に宿まで帰ることができる。
「今日は休んじゃったからなあ。明日はちょっとスライム叩いてくるかな」
「きゅう~」
俺の言葉に応えるようにクーちゃんが鳴く。かわいいやつめ。
クーちゃんはフードから出て、俺の肩からジャンプする。っと、その方向は街灯にぶつかるぞ。
ぶつかるまえに捕まえようと伸ばした俺の手を蹴って、クーちゃんは軽やかに路面に着地した。空を切った俺の手は勢いあまって魔術光球につっこんだ。熱くも寒くもない。ただの光の球だ。
その途端、脳内に響き渡る謎の声。
<体得! 魔術「光源」をラーニングしました>
ん……?
俺、光源の魔法って持ってなかったっけ? たしか、「ゆらぐひかり」だったな。
……どういうことだ?
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