第138話「偽装」
横倒しになった屋根付き荷馬車は、惨憺たる有様だった。
車輪は外れ、荷台の近くに転がっている。車軸が折れてひしゃげた状態。扉も外れて道の端に横倒しになっていた。
御者のおじさんは眉をひそめながら荷馬車を停止させた。道の有様を見て、少し考える。
「このままでは通れませんね。この道幅だと馬車を転回させることもできません」
「拙者が様子を見てこようか?」
マカゲが鉱石をしまいながら提案する。俺は荷台で寝ているフェイに視線をやった。もし山賊や野盗の類なら、マカゲに居てほしい。
「いや、俺が行こう。フェイを見ててくれ」
俺はアルドラを促すと、倒れた屋根付き馬車へ歩を進めた。
壊れた馬車の残骸の向こうに、死体でも転がっているかもしれない。そう考えると少しひやりとした心持になる。
壊れた馬車を迂回して、反対側に回り込む。
反対側には、農夫の姿の若い男が座り込んでいた。沈んだ顔で地面を見つめている。積み荷もなにもないところを見ると、山賊に襲われた後といったところだろう。
若者は手には一振りの剣を握っていた。応戦しようとしたのだろう。
俺はアルドラから降りると、若者の方へ近寄っていく。
「大丈夫ですか。山賊……ですか?」
男は顔を上げた。俺の姿を見ると、ほっとしたような顔になる。よほど心細かったのだろう。
「助かった。よく来てくれた……。荷物が……」
「命があっただけよかったですよ」
俺は若者が怪我をしていないかを確認した。幸い服には血の跡もなく、破れた様子もない。怪我はしていないようだ。
「……?」
俺は何かひっかかりを覚えて、眉根を寄せた。
違和感だ。
襲われたわりに何も残っていない積み荷。何一つとして地面に落ちていない。
農夫にしては豪華すぎる屋根付き馬車。
剣で応戦したのに怪我のない若者。
まさか!
「――――<空間把握>」
魔法陣が割れるとあたりの様子が頭の中に飛び込んでくる。
すぐに人間が隠れているのがわかった。森の中、茂みの奥や木々の上に数名。
――――囲まれている!
数は六人。
飛び退きそうになるのを自制した。若者は動いていない。待ち伏せならまだ気付かれていないと思わせておいたほうがいい。
俺は出来る限り表情を変えないように心がける。
マカゲが動いたのが見えた。フェイが起きたのか。ミトナがこちらに来ようとしているのも捉えた。
こいつらが山賊なら、馬車に集まっていたほうがいい。
「ミトナ、大丈夫だ! 馬車から離れるな!」
「……ん。マコト君がそう言うなら」
一瞬ミトナと目線が合う。ミトナの表情でわかった。囲まれていることに気付いている。ミトナの鋭敏な感覚も取り囲む襲撃者を捉えているのだ。いつでもバトルハンマーを抜けるように体勢を変えたのがわかった。
「何にせよ、一度この馬車の残骸をどかさないことには通れないでしょう。魔術で吹き飛ばします。ちょっと離れていてください」
一瞬何を言っているのかわからないという顔をした若者は、次の瞬間あわあわと血相を変えて馬車の残骸から離れていく。
俺はアルドラのラックから霊樹の棒を外すと、杖のように構えた。
十分な時間をかけて術式を練る。この魔術は失敗できない。丁寧に、発動後の術の動きを構築していく。
「<幾重にも別れ、敵を狙え! 拘束の根!!>」
<拘束>のリソースを目いっぱいに使って創り上げた魔術だ。<拘束>ならばまずは相手の自由を奪うだけで、殺さずにすむ。かなり低い確率だと考えているが、もしかしたら山賊じゃなく襲われた人たちが警戒して隠れている可能性もあるからだ。
まあ、もしそうならこちらの様子を見てもう出てきてもいいはずなんだが、それもないしな。
魔法陣が割れ、霊樹の棒の先から呪いのもやが直進する。
もやはいきなり枝分かれすると、隠れている者達に向かって突き進んだ。<空間把握>で知覚している位置まで進み、触れたものを捕らえるように術式を整えた。魔法が使えるなら、起動後も動きに合わせて動かすことができたりするのだが。
「オっ!?」
「うあッ!?」
悲鳴が上がる。ダメージは無いが、身体が無理矢理拘束されるというのはかなり気持ち悪い。
拘束できたのは七人中四人。残った二人が飛び出してくる。位置を掴んでいた俺は焦らない。このあたりの農夫が着るような服を着た二人。手には長剣を持っている。
俺が魔術師なのを知っている。距離を詰めるつもりだ。
「ミトナ! 一人任せる!」
「ん! わかった!」
叫ぶと同時に霊樹の棒を構えて森の方へ走る。二人が俺を追いかければ、ミトナに背後から狙われる位置取りだ。
農民服の山賊は、一瞬の迷いが見えたが目くばせ一つで俺とミトナに分かれた。剣を構えた姿からも練度が高いのがわかる。
こいつら、寄せ集めの山賊じゃないのか?
目に若干の迷いが見える。居場所がばれるとは思っていなかったのだろう。落ち着かれる前に畳みかけることにしよう。
「――――フっ!」
呼気と共に突打。少し遠目からの距離の攻撃は、捌かせるのが目的。
予想通り剣で弾くようにして受けてくる。弾かれる勢いには逆らわない。すでに術式は完成だ。
「<麻痺>!」
魔法陣が割れる。マナの粒子が散るのと同時、麻痺の呪いがあふれだした。
弾いた直後の剣は引き戻せない。そう判断したのか山賊は剣を手放すと素早く後ろにさがった。呪いのもやは対象を見失い、地面にわだかまるとやがて消えていく。
いきなり苦悶の声が響いた。ミトナと相対していた男の声だ。
「ゴぁッ、が――――ッ!?」
何をどうやったのか、人間の身体が宙を舞っていた。カタパルトで飛ばされるような勢いですっ飛んだのだ。バキバキと木の枝を折りながら洗濯物のように引っかかる。だらんと垂れ下がった腕がぴくぴくと動いているところを見ると死んではいないらしい。
仲間のありえないやられ方に、山賊の気が逸れた。
腹に突打から、上段からの強打を肩にぶち込む。ぐっと呻いて襲撃者が倒れた。
気絶した山賊を引きずって荷馬車まで戻ってくると、マカゲとフェイと御者のおじさんが<拘束>で動けなくなっていた山賊をロープで縛り終えたところだった。道の邪魔にならない道のわきにかためて座らせている。
「マコト殿、この者らは山賊か?」
「おそらく。馬車まで倒して周到に準備してたくらいだからな」
<拘束>で捕らえた山賊をじっと見るが、目を伏せて何もしゃべろうとしない。
その時、道の向こう側から農夫の服を着た集団がやってくるのが見えた。先頭の男は髭をたくわえた壮年の男。かなり鍛えてあるのか服が筋肉で盛り上がっている。正直いって服が似合っていない。鎧を着込んで冒険者か騎士だと言われたほうがまだわかる。
集団の中から、頭をごく短く刈った男がこちらを、いや、捕まっている山賊を見て眉をひそめた。
「捕まっていますね」
「……自分たちだけで大丈夫だと言ったのを信じたのがまずかったか」
こいつらも山賊の一味か!
見ている間にも集団は次々に剣や短剣を抜いていく。じわり、と手に汗がにじむ。
こいつらは慣れている。集団で動く修練を積んだ一団だ。
「傷はつけるなよ」
髭をたくわえた男が低く言う。誰も無駄口を叩かない。頷きすらせずにゆっくりとこちらを包囲していく。
傷はつけるな。つまり、俺達を無傷でどうにかしたいというわけだ。
それが示すのは、こいつらが奴隷商人だということだ。
だんだんと頭が熱くなるのがわかった。人の身柄をどうにかしようとする奴らは、正直馴染めない。叩き潰したくなるほど、馴染めない。
「ずいぶん手が込んでるが、タダで済むと思うなよ……」
俺は胸の中に煮えたぎっている空気を、少しずつ口から押し出した。




