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第135話「私の望み」

今回はアルマとマオ、そしてもうひとつの勢力の視点となります。ティゼッタを離れると同時に、次の展開へと移っていく予定です。

 部屋の中は暗く、寒かった。

 寒季のティゼッタの低気温は部屋の中を冷やす。暖房を入れていないため、ミシミシと骨がなりそうなほど寒い。

 そんな暗い部屋の中、布団もかぶらずに部屋の隅にうずくまる影があった。


 アルマだ。

 その目は開いているが何も見ていない。ぶつぶつと他人には聞き取れない声量で何事かを呟き続けている。その姿は鬼気迫るものがあった。自分の黒髪を掴み、涙も鼻水を流したままの、すさまじい形相だ。

 その胸中には様々な思いが渦巻いていた。



 調査キャンプにおける蟲竜騒動の際、アルマはそのまっただ中にいた。

 いきなり天幕を突き破って現れた蟲竜。何人もの冒険者が犠牲となった。

 手足をもぎ取られた者が放つ叫び声。死にたくないと現世にしがみつこうとする声。どうして、と全てを恨む声。

 その声が脳を揺さぶる。

 

 アルマはその時動けなかった。

 恐怖で足がすくみ、身体が震える。何か下手な行動をすれば狙われるんじゃないかと焦る気持ちが肺を内側から焼く。

 身体が芯まで冷えているはずなのに、脳みそが熱いという矛盾。

 

 アルマの恐怖は、ハイロンが助けに来るまで続いた。

 助かった、と安堵の息を吐く。


 そうなると気になるのが、マコトの行方だ。アルマはマコトの姿を探した。もしかしたら蟲竜にやられて死んでいるかもしれない。さっきとは別種の冷たさを身に感じる。


 視線をさまよわせれば、すぐに見つけることができた。

 マコトは戦っていた。

 あの時と同じように。矢面に立って。


 マコトの他にも、一緒に城に来ていたミトナさんやフェイさん、フェイさんの護衛だった獣人。そこにはお互いをカバーしあいながら戦う者の姿があった。


「………………しい」


 うらやましい。


 アルマの心中に湧き上がったのは、嫉妬だ。焦げ付くような嫉妬の炎が、心臓を裏側から焼く。

 どうして自分はあの場にいないのだろう。どうしてあの人の助けになることができないのだろう。その思いが胸を締め付ける。


 恐怖にすくむ身体がうっとうしい。


 戦うための力がないのが恨めしい。


 妬んでこんなところでうずくまっている自分が――――呪わしい。


 空気がどろりと粘性を帯びていく。アルマの口から流れ出すのは、もはやまぎれもない呪詛だ。


 アルマは不幸体質だ。様々な不可解な事象が襲い掛かるのも、なんとなくいやな目で見られてしまうのも、アルマに原因があった。

 アルマは生まれつきマナとの親和性が高い。マナはアルマの思いに応じて、時に手を触れずとも物を動かし、気持ちの昂ぶりで周りを傷つける。

 陰の気を孕んだマナは、よくないものを引き寄せる。




「――――よかったら手助けをしようか?」



 甘い声が室内に響いた。

 先ほどまではアルマしかいなかった室内に、いつのまにか人影が現れていた。室内の暗さのため、その表情も、体型も見ることができない。ただ、薄く笑っているであろう表情だけがわかる。


 アルマは憔悴した顔を、ゆっくりと上げた。




 嫌な胸騒ぎを感じて、マオは急いで部屋に戻っていた。

 何か聞こえたわけでもない。強いて言えば直観だ。


 何かよくないことが、起きている。


 マオは獣化すら使って、できるかぎりの速度で廊下を進んだ。エプロンを結ぶリボンがたなびく。メイド服のスカートがうっとうしく感じる。そのかいあって、マオは自室に辿りついた。蟲竜騒動で辛い思いをしたアルマが一人で休んでいるはずの部屋に。


 部屋の前に淀んだ空気がある。マオのピンク色をした鼻がそれを嗅ぎつける。ヒゲがびりびりと震えるほどの、きなくさい感じがある。


 ――――居る。


 マオの鋭敏な感覚が、アルマではない何者かの存在を感知する。

 マオはゆっくりとドアノブに手を伸ばした。掴んだドアノブがやけにひんやりとして感じられる。

 いつもの部屋だ、何も怖いものはない。マオはそう自分に言い聞かせて、ドアを思い切り開けた。


「マオ、びっくりするでしょ? 変な顔をしてどうしたの?」


 アルマが驚いたようにマオを見ていた。どうやらベッドメイクをしていたらしい。手はベッドシーツを掴んでいた。

 室内に変な様子はない。むしろ明るく爽やかな感じだ。


「アルマ、今、部屋の中に誰かいなかった?」

「――――居るわけないじゃない。ずっと、私一人だったよ?」


 そう言ってアルマはにっこりと笑う。

 マオはその笑顔に一抹の不安を覚えた。何かを問いかけようと思うが、うまく言葉が見つからない。

 そうこうしているうちに、マオが感じていた違和感は薄れさっていく。もしかしたら、気のせいだったかもしれない。そうマオは思い始めた。


「アルマ、もう大丈夫なの?」

「うん。私も……変わらなきゃね」


 アルマがぐっと握りこぶしを作る。


「強く、ならなきゃね」






 ティゼッタの街の外周部には多くの貸倉庫が存在する。交易などで手に入れた商品を一時的に保管しておくために借りる貸倉庫だ。冬竜祭が終わり、手に入れた交易品を一足早く送り出した商人の貸倉庫などは、からっぽになっていたりする。


 その貸倉庫の一つに、十数人の男女が集まっていた。

 ティゼッタの街でよく見かける布の服を着ているが、その身から発散される雰囲気は、普通の人とはだいぶ違っていた。言うなれば、虎に無理矢理服を着せているかのような違和感。


 そのそれぞれが思い思いの様子で過ごしていた。空いた木箱や馬車を止めるための角材などに座っている者。座禅を組んでじっと瞑想をしている者。四人組になってカードゲームに興じる者。


 急に貸倉庫の入り口が開いた。入り口から入ってきたのは、髭をたくわえた壮年の男性だ。もちろん一般的な農民服を着ている。鍛えられた身体に服が似合っていない。

 その後ろから、フードを目深にかぶった何者かも一緒に入ってくる。フードマントがすっぽりと身体を隠し、性別も体型も隠してしまっている。かろうじて背がそんなに高くないことくらいがわかるのみだ。


 壮年の男は手に麻袋を持っていた。何か硬くて細長い物が何本も入っているのか、その形に盛り上がっている。

 瞑想をしていた男が片目を開けると、壮年の男に向かって口を開いた。


「……似合いませんな、アドル」

「放っておいてくれ。自分でもわかっている」


 壮年の男がむすっとした表情で返した。瞑想の男は眉を上げただけで、それ以上何も言わない。

 壮年の男は、その昔本当に農民だった。それが似合わない生活がどれだけ続いてきたのか、自分でも思い出したのだろう。


「得物を確かめろ。足がつかんものを選んだ。邪魔になればその場に捨ててよい」


 麻袋から転がり出たのは、数々の武器だった。取り回しの良いものが選ばれているのか剣や短剣が多い。中には投げナイフのようなものも混ざっている。

 男たちが普段使っている装備に比べれば、質はそれほどよくないが、そうはいってもティゼッタの品だ。そこそこの品が集まっていた。


 農民に偽装した何者かたちは、それぞれ自分の使える得物を手にとっていく。簡単に素振りをして、重心の位置や刃の癖を確かめる姿は、こういった荒事に手慣れている雰囲気を醸し出していた。


 アドルと呼ばれた男が、貸倉庫の男女を見渡す。

 いまや全員の耳目がアドルに集中していた。

 アドルが懐から地図を取り出すと、床に広げる。地図はこのあたりの街道を網羅したものであり、ルートのいくつかに線が引かれていた。そのうちの一つに赤くバツ印がつけられていた。


「ルートは絞り込めた。明朝出立するらしい。ここで―――」


 赤いバツ印を、アドルは指さした。


(さら)うとしようじゃないか」


 ニヤリと笑うアドルに、農民服姿の男女が一斉に頷いた。


「首尾はこのようになります。よろしいですね?」


 アドルは振り返ってフード姿の人物に問いかけた。

 フード姿の人物はアドルの後ろに立っていた。そのフードの隙間から、薄桃色の髪がこぼれ出ていた。

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