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第134話「古代の剣」

 陽の落ちかけた赤とも紫ともつかない光が、俺達の顔を照らす。

 ティゼッタ領主の城の裏手にある湖のほとりだ。人があまり来ないということをルマルから聞いたが、たしかに人気はない。


 俺とミトナは少しの距離を取って向かい合っていた。


 ミトナが俺に向かって古代の剣を構える。

 その表情は真剣だ。いつもな眠そうな目がきりっと引き締められ、俺の動きを見逃さないように見つめる。


 対する俺も真剣だった。

 失敗は許されない。練ったマナは確実に術式に乗せなければならない。フェイに鍛えられ、実践の中で磨かれた魔術は、そこらの魔術師にはひけをとらない自信がある。

 だが――――。


「<火弾(ファイアショット)>!」


 俺が突き出した右手の先に魔法陣が出現する。一瞬のタイムラグの後、魔法陣が割れた。

 いきなり現れた火球は、ごくゆっくりとした速度でミトナに向かって突き進んだ。速度にして人が歩く速度の半分ほど。ハエが止まるレベルだ。


 ミトナが古代の剣を操作する。ガシャっと音がして剣が五指を開く。

 ミトナはそっとその五指を、飛んでくる火球の方に差し向けた。

 飛んでくる火球を包むように、五指が動く。動きは思ったよりなめらかで、食虫植物を思い起こさせる。


 変化は一瞬だった。包み込まれた火球の形が崩れる。べろりと皮がむけるようにして、中身がさらけ出される。

 残ったのは青い光だ。その青い光が球状になって留めている。



「よし、ええじゃろ。これで成功よの」


 ミオセルタの声がかかった。実験成功だ。

 俺とミトナはようやく安堵の息をついた。


 ミオセルタが使い方を知っていた古代の剣。使い方がわかるのだから、実際に使ってみることにしたのだ。ルマルの店に荷物を置いて、場所を聞いてすぐにやってきたのはいいが、魔術を起動する役がいないことに気付いた。なのでミトナに使ってもらうことになったのだ。

 結果は成功。今もミトナがもつ古代の剣の先には、青い光が掴まれたままだ。


「これが……マナ?」

「そうよの。純粋マナを分離された状態じゃな」

「きれいな紫だね」


 ミトナの言葉に俺は疑問の表情になる。どう見ても俺には青に見える。透明度は高いが、見間違いようはない。


「ワシには赤く見えるのう。まあ、種族によって見え方が違う。その魂の幕を通してしか物事は見えんものじゃからの」

「なるほどな……」


 赤外線のようなものだろうと俺は納得する。人の目には不可視の色でも、動物や昆虫には見える色らしい。


「俺には青にしか見えないけどなぁ」

「ふむ……」


 俺はしげしげと掴まれているマナの光を見る。時折揺らめくように光るのが、捕まった〝元始の炎”のように見えた。


「それで、これはどう使うんだ? まさかこのままのわけにはいかないだろ?」

「研究所ならそのマナを保管する場所があったんじゃがの……。まあ、今は放置するしかあるまい。解放すればそのあたりに溶けるじゃろ」


 ミオセルタの言う通りにミトナが操作すると、古代の剣の五指が開く。そのとたんにマナの青い光は蒸発するように離れていった。蛍のように上昇していくマナの光は幻想的だ。

 ミトナの視線が上昇する燐光を追いかける。その視線を戻すと、ミトナは少し考え込んだ。


「ん。もうちょっと速いのもお願い」


 そういうと古代の剣をもう一度構える。

 もうちょっと弾速が速い魔術ということだろうか。構えたミトナはすでに集中しており、ピンとはった熊耳がこちらの動きを捉えようとしている。


「よし、じゃあやってみるぞ」

「ん」


「<氷刃(アイスエッジ)>!」


 魔法陣が割れ、氷の短剣が形作られる。<いてつくかけら>との合成呪文じゃないため、形成から射出までえらく時間がかかる。たぶん強度も半分。簡易な盾などで簡単に砕かれる。

 苦い気持ちが広がったのは気のせいではない。だけど今は押し込めておく。


 氷の短剣が射出される。少し速度は落とし、全力で投げたボールくらいの速さに。

 ミトナは即座に対応した。古代の剣を振るうと、きちんとその五指内に氷の短剣を捕らえる。氷の短剣も青い光に転じた。


「<火槍(ファイアパイク)>! ――――<電撃(ライトニング)>!!」


 魔法陣がたて続けに割れる。貫通属性のある重い一撃の<火槍>から、最速で迫る<電撃>。

 ミトナは確実に捌く。<火槍>はその中ほどを上から掴まれ、電撃はきっちりと正面から受け止める。どれも即座にマナに分解され、宙へ散った。


「ん……。なかなかいいね」


 にっこりと笑うミトナ。相変わらず身体を動かすセンスは抜群だ。


 つまりこの古代の剣は魔術の術式を分離されることができる。つまり、魔術を無効化できる防御品なわけだ。武器ではなかったけど、かなり拾い物なんじゃないか?


 このあたりで陽が落ちて見えなくなったので、俺達はルマルの店に戻ることにした。

 



 夕食も済んだルマル商店のリビングに、再び俺達は集まっていた。

 ミトナ、フェイ、マカゲに、店主であるルマル、店舗スペースにはハクエイとコクヨウの姿もある。もっともこの二人は店の在庫のチェックをするなど、店の業務を続けていた。

 あとは足元に魔術ゴーレムとクーちゃんが座って落ち着いている。ちなみにアルドラは再びティゼッタの乗騎預かり屋のところに預けてある。本人(本狼?)に聞いてみたところ、なかなか快適だという。ホテルのような感覚なのかもしれない。


 そして、テーブルの上には、一匹の機械仕掛けの魚が浮かんでいた。


「これはまた……。みなさんには驚かされてばかりです」


 ルマルがミオセルタをしげしげと観察しながら言う。ルマルが興味あるとしたら、機械仕掛けの魚の方だろうか。

 一通り雪山の研究所での出来事を説明すると、ルマルは納得したようだ。



「そろそろベルランテに戻るわ」


 唐突に切り出したのはフェイだった。微妙に苦い顔をしている。

 俺が驚いているとマカゲが横から口を開いた。


「拙者たちが霊峰に行っている間に手紙が来ていてな。フェイ殿の母上から」


 それだけでなんとなくわかった。早く戻ってこいという催促の手紙だろう。そういえばもともとティゼッタの闘技大会の解説をやるために来たんだっけ?

 それがいつまでたっても戻ってこないから、お怒りの手紙か。


「まあ、十分成果は上がったわよ。マコトの事も少しわかったし、何よりソイツよね」


 フェイに指さされ、ミオセルタは身体をくねらせた。


「ワシか?」

「マコトが綱を握っているみたいだから、どっかへ行く心配はいらないわね」

「ミトナなら確実に捕獲するしな」

「ん!」


 自慢げに両手をあげるミトナ。ミオセルタがびくついて一瞬でマカゲの横まで泳いで逃げた。

 元獣人だからか、マカゲの方が気安いのだろう。

 そんなミオセルタの様子を見ながら、フェイが口を開いた。


「それで、マコトはどうするのよ。天恵(ギフト)のことを調べるなら、シニフィエの大図書館を利用するのが一番だと思うわよ?」


 シニフィエ。確か魔術学園都市だったな。脳裏に浮かびあがってきたレイチェルの姿は意図的に無視した。


「今のところは禁止で済むかもしれないけれど、何が起こるかはきちんと知っておいたほうがいいと思うのよ。私なら多少はシニフィエで顔が利くわ」


 たしかに、このままでは窮屈なまま。この世界で魔物と触れ合わないまま過ごすなんてことができるのだろうか。生の魔物と、という意味なら可能だろうが。魔物を食材としている分もある以上、完全には無理なんじゃないか?


 それに、これまでラーニングしてきた魔法をお蔵入りにしてしまうのはもったいない。できれば使える、さらに言えばラーニングできるようになりたい。


「とりあえずベルランテに戻ることにしようか。ミトナもそれでいいか?」

「ん。大丈夫」


 こっくり頷いたミトナ。ルマルに荷物の調達をお願いして、俺達はその場を解散した。

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