第132話「元始の炎」
人間は炎というものを古来より使ってきた。
闇を払う、温かさを与える、食べ物を調理する。鉄を打つ、人の生活には無くてはならない存在だ。
たき火には魅力的な輝きがあり、つい見とれてしまうこともそう少なくないだろう。
だが、同時に炎は人を害する。家を焼き、人を焼く。そこには遥かなエネルギーが存在する。
〝元始の炎”も同様の存在だ。
強すぎる炎は、恐ろしい。
今にも反応しそうな核エネルギーのような怖さが、そこにはあった。
「さて、ヤツが入ってこれぬといっても、あまりもたもたしているわけにもいかんよの。ほれ、手を貸せ」
最上階の部屋。ここがおそらく動力制御室なのだろう。壁際には椅子と魔術溝が彫られた板が設置されていた。コンソールのようなものなのだろう。
ミオセルタが泳いでそこまで進んでいく。先ほど扉を開けたみたいにハッキングで操作するつもりか。
「〝元始の炎”。こやつを捕獲するのにどれほどの犠牲が出たか。海が一つ干上がったとも、街一つ消滅したとも言われておる」
ミオセルタが操作する魔術溝に光が流れる。
見てる方からしたら石板の前でくねくねしている変な魚にしか見えない。
「指とかないけど、それ、操作できるのか?」
「マナの流れで操作しておるから問題はないのぉ」
「それで、どうするのよ。ここで爆発なんてさせようものなら、巨大スノウエレメンタルも倒せるでしょうけど、私たちも巻き添えで死ぬわね」
フェイが俺の横に並ぶと、半眼になりながら腕を組んで言った。いまいちミオセルタを信用しきれない、といった雰囲気を見え見えだ。
「〝元始の炎”を収容した時は、天井から下ろしたからのぉ。活性化させてから天井を開ける。飛び出した〝元始の炎”をヤツにぶつけるというわけじゃ」
見上げると確かにフラスコの口は天井とつながっている。天井で蓋をされている形だ。
「待ちなさいよ! 飛び出したあの……ファイアエレメンタルのでかいのが、きちんとアレに向かうと思うわけ? 不確定要素が多すぎるわよ!」
「向かうじゃろて。スノウエレメンタルはマナに吸い寄せられる。特に炎のものなど、吸い寄せられてしかり。―――準備できたぞい。やるのか? やらんのか?」
フェイの言うとおり、不確定要素が多い。だが、古代の物に関してはミオセルタがフェイより詳しい。
――――どうする?
「マコト君!」
ミトナの警告の声が響いた。
ミトナが指さす方を見ると、開けた扉から半分以上溶けた雪人形が入ってくるところだった。どうみて造形は巨大スノウエレメンタルと同じ。
「まさか……!」
巨大スノウエレメンタルは、さすがにあの大きさでは門に入れない。だから小さなスノウエレメンタルを作って内部に送り込んだのだ。はじめはギリギリ門を通れるくらいのサイズだったのだろう。溶けることをいとわず、こちらを炙り出すために送り込まれた尖兵。
「ん――――ッ!」
ミトナがバトルハンマーを振るう。一撃で胴体を粉砕。下半身は勢いをつけて転がった。転がった端から溶けて水になっていく。
残った上半身はゾンビの如くまだ動こうとする。トドメのハンマー打撃で今度こそ完全に沈黙。
「ミトナ、ナイス!」
「ん! でも、まだたくさん来るよ!」
ミトナの言うとおり階段から続々とスノウエレメンタルが上がってくる。歩みも鈍い、攻撃速度も遅い。だが、数が驚異的だ。
「これ……外で雪を補充しながら送り出してるんじゃないか?」
そうなると兵力は限りない。いずれは埋め尽くすほどのスノウエレメンタルが押し寄せる。こちらの体力、マナが尽きた時が終わりだ。
「――――<ブロック>!」
魔法陣が割れ、扉を塞ぐ形で炎の壁がそそり立つ。これでスノウエレメンタルはしばらく入れない。だが、炎の壁の耐久力は何度も突撃されれば削れていく。いずれは強行突破される。
「フェイ、やるぞ?」
「あぁ、もう! しょうがないわね! やりなさい!」
フェイが不機嫌な顔で叫ぶ。
「ミオセルタ、やれ!」
「よろしい!」
ミオセルタがコンソールを操作する。
突如、研究所全体を揺らすような地響きが起きた。フラスコの蓋をしていた天井部分が崩れた。天井の瓦礫と大量の雪が、フラスコの口を通って降ってくる。
このままでは〝元始の炎”が埋まるんじゃないか?
思った直後、フラスコが発光。強烈な光が目を指す。目を開けてられないほどの光は、〝元始の炎”の炎が猛り狂った光だ。
フラスコが防いでいるのか、熱は全く感じない。
逃げ場を見つけ、炎が噴き出した。もし外側からこの光景を見ることができれば、噴火しているように見えただろう。
すさまじい勢いで上へと噴出する炎は、一瞬で天井の瓦礫と雪を蒸発させた。
あの力を、欲しいと思ってしまうのは危ないのだろうか。
まあ、ラーニングしようにも触れた瞬間骨ごと蒸発して塵すら残らない気がする。
永遠に続くかと思われた発光と噴出だったが、いきなりやんだ。天井にぽっかりと穴があく。
〝元始の炎”はゆっくりと上昇を始めた。フラスコの口に沿って、穴から外へ。
少しすると、爆発音が響いた。どうやら始まったらしい。
「どうなったか、見なければならんの」
嬉々として開けっ放しの扉に向かうミオセルタ。俺達は<ブロック>で造り出した炎の壁を解除すると、ミオセルタに続いて制御室を出た。スノウエレメンタルの姿はもう見当たらなかった。
表に出た俺達は、すさまじい光景を目にすることになった。
巨大スノウエレメンタルはさらに巨大化し、もはや十メートルクラスの巨人と化している。それが背中からさらに二本の腕を生やし、〝元始の炎”に掴みかかる。雪の腕による攻撃は、冷気と質量で〝元始の炎”を苦しめる。
自身が溶けることすら、意に介していない。溶かされるたびに新たな腕を生み、逃さない。補給源は周りにあるのだ。圧倒的な物量で攻める。
対する〝元始の炎”は、まさに小型の太陽だ。触れるだけで高熱ダメージ、さらに時折強烈な爆発を起こして巨大スノウエレメンタルを攻める。だが、弱点属性となるはずの炎熱攻撃も旗色が悪い。
〝元始の炎”は弱っているためか、時折炎の勢いが弱まってしまう。そのたびに相手が勢いを盛り返し、厳しい勝負となっているのだ。
「おい、あれ。やばいんじゃないか?」
「おかしいのぉ。計算では暴走して爆発するはずよの。さすればヤツを消し飛ばすくらいのエネルギーが生まれはずなんじゃがの」
首を傾げでもしているのか、折れ曲がった姿勢のミオセルタが言う。
巨大スノウエレメンタルが倒れなければ、ここから脱出するのも難しい。
今もなお巨大スノウエレメンタルは、〝元始の炎”を抑え込みながら、こちらを捉えている。
〝元始の炎”が一際大きく膨れ上がった。しかし、巨大スノウエレメンタルがさらに雪を供給して抑え込む。やはり足りない。
「もうひと押しするしかないのぉ。狙いはヤツの心臓部分じゃ」
ミオセルタが巨大スノウエレメンタルを見ながら言う。確かにこちらも加勢すれば倒せるはずだ。
最大威力というと、<「雷」中級>+<りゅうのいかづち>なんだが、禁止されている。効きそうな火炎系統にしておくしかない。
魔術だけだと起動に時間がかかるし、精度も甘くなる。制御のむずかしさは、特に雷撃系などが顕著だ。
俺は火炎系統の魔術を使うため、マナを練る。
「撃てばいいのね?」
「そうじゃ、両方の気を引けば、ワシが干渉するわい」
ミオセルタの話を聞いていたフェイも、少し不安げな顔をしながら従う。杖を取り出すと、詠唱を始めた。
先に練り始めた分、俺の魔術が先に完成した。
「――――<三鎖火炎槍>!」
俺の魔術が起動した。魔法陣が割れると同時に、三本の炎鎖が巨大スノウエレメンタルに絡みつく。
さらに出現した巨大な炎の槍が背中を狙う。盛大に背中を抉り、巨大スノウエレメンタルを怯ませる。
相手が怯んだのを感じたのか、〝元始の炎”が勢いを増した。
「<貫きなさい! ――――炎交喙>!」
炎の鳥が、一直線に空を飛ぶ。
古代の斬龍剣すら溶かすその威力。身体を構成する雪の厚みをものともせず貫通した。
決定的に巨大スノウエレメンタルがバランスを崩した。
「今じゃ!」
ミオセルタが叫んだ。何か仕掛けたのか、〝元始の炎”の炎が不穏な色になる。いきなりこれまでで最大級に膨れ上がると、大爆発を起こした。
轟音が耳を叩く。衝撃波が全方位を駆け抜ける。
「うおッ!?」
「きゃっ!」
「ぬぅっ!?」
余波が全身を叩く。押されるような勢いにバランスを崩しかける。ミオセルタなどは後方へ流されてしまっていた。
どれほどの威力があったのか。爆発の直下は、一部山の岩肌が見えてしまっている。
それだけの威力、さすがに効果は抜群だ。
巨大スノウエレメンタルの上半身が、ほとんどを消失していた。残された下半身がぐらりと揺れて倒れた。
形が一気に崩れ、ただの雪へと戻っていく。
「なるほどのぅ。ここまでの威力が引き出せるのよな」
空を泳いで戻ってきたミオセルタの声が聞こえる。
巨大スノウエレメンタルは、もう復活しそうにないようだ。




