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第131話「動力源」

 巨大な雪の巨人。おうとつのみで形作られた顔からは表情は読めない。

 だが、あきらかに俺達を逃がすつもりがないのがわかる。

 何を考えているのかわからないが、巨大スノウエレメンタルはこちらとにらみ合ったまま動かない。手を出しても弾かれるから考えているのか、それとも別の理由があるのか。


 じりじりとにらみ合いながら減るのはこちらの気力だ。

 

 雪のせいで足場も悪い。弱点のはずの火炎系魔術も効きが悪い。戦闘要員じゃないモウィラーも連れている。


 ――――状況が悪い。

 いっそミオセルタを捧げてしまうか?


 いや、やめよう。


 俺はその魅力的な提案を脳内で却下した。にらみ合っている今、ミオセルタを捧げたところで敵対認定されている俺達を逃してくれない可能性がある。

 そうなったら目も当てられない。


 逆に考えよう。ミオセルタを利用するのだ。


「ミオセルタ、研究所に何か武器になりそうな物はないのか?」

「武器になるようなものはないの。研究所内の何も無さを見たはずじゃよ。そういったものは全て撤去してから去ったのということよの」


 役に立たない。俺は弱った顔になる。

 ミオセルタはくるりと身をまわすと、内緒話をするかのように俺の近くまでやってきた。面白いことを考え付いたような、底に含みのある声を出す。


「しかし、何とかなるかもしれないモノならある。どうする?」

 

 俺は眉をひそめた。

 言い方に多少ひっかかるところはあるが、今はわらをもすがる状況だ。背に腹は代えられないだろう。


「どうすればいい?」

「一度研究所に戻るのじゃ。そこにある」

 

 動き出すために俺は魔術の準備を行う。動きだせば状況が大きく変わる。


「みんな! モウィラーを連れて先に研究所に戻れ! 策がある!」

「ハァ!? マコト一人を残して行けるわけないでしょ!?」


 フェイが素っ頓狂な声を出す。マカゲは一瞬考えたが、先頭を行くためにすぐに動きだした。

 思念で細かい指示を出してある。アルドラはモウィラーの股の下に頭を差し入れると持ち上げて鞍に乗せた。

 状況は動いた。フェイの文句に構っている時間はない。

 俺達の動きを見た巨大スノウエレメンタルが動き出した。進路をふさぐために大きく腕を上げる。


「それは読めてる! <輝点爆轟(フレアバースト)>!!」


 腕の軌道を呼んで火柱を設置する。強大な火柱は俺のもくろみ通り巨大スノウエレメンタルの腕を撥ね上げる。吹きあげる火柱の勢いに、巨大スノウエレメンタルが怯みを見せた。


「行けッ!」


 迷うそぶりを見せるフェイに俺は叫んだ。間髪入れず巨大スノウエレメンタルの顔面に向かって<火槍(ファイアパイク)>をたて続けに起動。引き付けて戻る時間を稼がないといけない。


 みんなの様子を見るとミトナと目が合う。問うような視線に頷いて力強い視線で返す。死ぬつもりはない。

 ミトナも頷き返してくる。すぐに踵を返して、進み始めたアルドラの後ろについた。助かる、さすがミトナだ。

 巨大スノウエレメンタルから距離を取るルートで、研究所に引き返す。


 火炎系魔術で注意を引きながら、全員が戻ったら一気に速度を上げて戻るつもりだったが、いきなり計画はくじけた。

 巨大スノウエレメンタルは執拗にフェイを狙う。俺が何発火炎系魔術を撃ち込んでも、うるさそうにするだけで視線はフェイから外さない。

 フェイの<炎交喙(イスカ)>が巨大スノウエレメンタルの膝をぶち抜く。膝の部分が砕け、バランスを崩す。しかし、転倒するまえに周囲の雪で修復されてしまう。


「何だよあれ! なんでこっち向かないんだ」

「ワシにもわからん。何か理由があるんじゃろうが……」


「なら、足元だ! <火槍(ファイアパイク)>!」


 魔法陣が割れる。生み出された炎の槍は、巨大スノウエレメンタルの足元を貫いた。防御の固い身体ではなく、足元ならばただの雪。爆発するように雪が吹きがり、足場が崩れる。巨大スノウエレメンタルがバランスを崩し、あおむけに転倒する。倒れた勢いで身体の各所が崩れ、雪が舞い上がる。だがそれもすぐに修復されていく。


 この間に戻るしかない。俺はミトナ達を追いかける。

 研究所へと戻るのと、巨大スノウエレメンタルが復活するのはほぼ同時だった。雪の腕を突き入れてくるため、俺たちはさらに奥へと逃げる。

 突き入れられた腕はどろりと溶けた。どしゃ、と崩れ落ちて水になる。

 

「やっぱ入ってこれないな」

「ここの環境調整機構のおかげじゃな」

「だけどこのままじゃ出ることもできないわよ? どうするのよ」


 研究所内に籠城することができても限りはある。向こうは雪さえあればいくらでも行動可能で、こっちは食糧が尽きれば終わりだ。

 撃退するには高威力の火炎が必要。<やみのかいな>+<「炎」中級>の魔獣の腕なら可能性はあるはず。

 俺は眉を顰めるフェイの顔を見た。〝魔法”は禁止されている。だが、切羽詰まったらそうも言ってられないだろう。もし、ミオセルタの策がうまくいかない場合は、使おう。

 俺は心を決めると、ミオセルタの尾鰭を掴んで引き寄せた。


「それで、どうするんだよ」


 ミオセルタは尾鰭を振って俺の手を外した。


「そう急くな。あの巨大なスノウエレメンタルを倒さねばここから出られぬのはワシとて同じ」



 ミトナ、マカゲ、フェイ、モウィラーに話を聞いてもらうために近くに来てもらう。俺達はミオセルタを囲んだ。


「この研究所が暖かいのは動力源が生きているからよの。それを利用してあの巨大なヤツを倒すのじゃ」

「動力源……?」


 俺の頭の中にはエンジンが浮かび上がってくるが、すぐに撃ち消した。この世界にエンジンは無い。俺が見たことあるのは水車や風車といった歯車機構、あとは魔術的な機構くらいか。

 考えてみればおかしいことだ。この研究所を退去するなら動力源も落としておくのが普通だろう。ミオセルタを消さずに封印という形で残しておいたのなら、なおさらだ。出かける前にパソコンの電源を落としておく、といったら身近な例すぎるか。


 ミオセルタが先導する形で研究所を進む。すいすい進むその姿には迷いはない。

 俺達はその後からついていく。モウィラーなどは珍しさのあまり今の状況も忘れて廊下のあちこちを眺めていた。

 どうやら研究所の上階を目指しているらしい。いくつもの階段を上に登っていく。


「威力が出るってことはマナストーンとか、魔術回路とかよね。暴発にしたってそれほど威力があるなんて聞いたことないわ」

「魔術回路は合っとるがな、マナストーンではない。まあ、見て驚くがいい」


 ミオセルタがくつくつと笑う。

 いくつもの曲がり角を通り抜けた先、最上階の扉の前に辿り着いた。大きく頑丈な扉にはびっしりと魔術溝が刻まれている。取っ手すらない作りは、どう開ければいいのかも検討つかない。


 ミオセルタが扉の前に泳ぎ出た。ビシっとポージングを決める。


「ワシにかかれば簡単に開くというものよ……!」


 ミオセルタが何かを操作したのか、扉の魔術溝が複雑な色で輝く。数色混ぜられたマナの光は、いきなり暴力的な光を放って沈黙した。緑ではなく、薄い赤の光が魔術溝を満たす。

 これってハッキングとかそういう系統の技じゃないのか?

 まあ、開いたならいい。


 ゆっくりと開いていく扉。

 大きなフラスコと形容すべき物体がそこには存在した。分厚いガラスの中に、人間ほどもある大きさの炎の球が浮いている。心臓のように明滅しながら、小さな炎を吹きあげ、再び身に取り込む。さながらプロミネンスのように見える。

 小さな太陽だ。燃え盛る炎球には、魔術ではありえないほどの存在密度があった。


「これが動力源よのぉ……」


 ミオセルタが笑いを含んだ声で言う。

 がたり、と音を立てたのは誰だったか。その音に弾かれたようにモウィラーがフラスコに突進した。止める間もなくモウィラーは至近距離でフラスコにべったり張り付き、炎球をしげしげと観察する。

 気付けばクーちゃんもいつのまにかアルドラのラックから飛び出てフラスコの中を見つめていた。


 フラスコの中を見るモウィラーから、愕然とした声が洩れた。


「信じられない……。これは、魔物ですね……」


「よく気付いたのぉ。……そうよの。ワシの時代よりはるかに古い時代から存在する古の魔物。動力源として使えるように、魔術的処置は施しておるがな。瀕死ギリギリまでに弱らせて、ようやく使えるほどじゃ」


 自慢げなミオセルタの声。


「これが研究所の動力源――――〝元始の炎(フィルフラムス)”よの。こいつを活性化させてぶつけてやれば、さすがのヤツもひとたまりもないじゃろ」


 炎が揺らめく。

 俺達は誘われるようにゆっくりと室内に足を踏み入れた。

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