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第130話「スノウエレメンタル」

 戻ってきた俺達が見たのは、外側から乱暴に叩かれる門だった。

 オオオオオ、という唸り声のような音が聞こえてくる。


 門を叩く鈍い音。

 どしん、どしんと叩く音はゆっくりと、だが連続して鳴りやまない。


 エントランスは生み出した魔術の光で照らされていた。明るいはずなのに、いやに気味が悪い。

 それは、さっきから閉まった門を外側から叩き続ける音のせいだ。狂ったように外側から何かを叩きつける音。一瞬外に誰かいるのかと思ったのだが、意味が通じる言葉もかけずに呻きながら叩いているところを想像して肝が冷えた。そんなヤツがいるとしても、知り合いたくない。

 不気味な音に、ミトナが眉をひそめた。


「なんなの……?」


「おそらく、スノウエレメンタルじゃろうな」


 俺達の間を縫うようにして、ミオセルタがゆっくりと宙を泳いだ。

 確かにここに来るときに大量のスノウエレメンタルが門の外に降り注いだ。それは形を失って雪の塊になってかぶさっているのではなかったのか。


 だが、外から聞こえる殴打音は止まない。


「この門、壊れたりしないわよね……?」


 フェイがおそるおそる口にする。門は揺れているが、まだ壊れる様子はない。


 ふと、音がやんだ。あれだけうるさく響いていた殴打音が、ぴたりと鳴りを潜める。


「これは……まずいかもしれぬのぉ……」


 俺は素早くミオセルタを見た。

 こいつ、何か知ってるのか?


「そもそも、この研究所はワシの墓だったのよ」


「……どういうこと?」

「ワシはちょっと天才でな。だいぶまわりから疎まれたのよ」


 自分で言うか、こいつは。


「不老不死の研究もだいぶ完成してな。魂自体を魔術的に保存してのぉ、魔術式を固定して永続発動する形で魂を不死にしようと思ったんじゃが」

「そんなことが可能なの? 永続的に起動するためにどれほどのマナが必要? しかも術式を維持するなんて」

「可能じゃよ。ワシ、天才じゃからな」


 フェイの目が見開かれる。驚愕の声がその口から飛び出した。

 対するミオセルタは悠然と構えている。身をくねらせてターンすると、今度は床すれすれを泳ぐ。


「ま、裏切られてこのざまよ。魂は魔術的に保存されて、しかも導入(ダウンロード)されないように研究所内部を空にして研究所を放棄する徹底ぶりよ。あのくされ研究者どもめ!」


 どうりで研究所内に物がないわけだ。万が一にも導入(ダウンロード)されないために、ゴーレム関係の物はすべて引き上げたんじゃないだろうか。

 ごうぅん、と大きく門が揺らされる。ぱらりと誇りが上から落ちて来る。門はあとどれくらいもつのか。


「それで? それと今の状況がどうつながるんだよ」


「おそらく外におったのはスノウエレメンタルじゃろ? ワシを外に出さないために凶暴化しておるんじゃろうて」


 俺達は絶句した。なんという執念深い警戒体制か。ミオセルタって実はかなり危ないやつなんじゃないだろうか。しかし、ここまで厳重にされているということは、魂が保存されていたことを考えると、殺してしまうには惜しい人物だったのだろう。


 そんなことを考えていると、いつのまにかミトナが近くに来ていた。俺の肩をちょいちょいとつつく。


「マコト君どうする? 置いてく?」

「確かにミオセルタを置いていけば俺達は見逃される気がするけどな……」


 ちらりとミオセルタを見る。焦る様子はない。普通はこういった状況になると、助けてくれとか言うと思ったんだけどな。


「マコトさん、このまま外で待ち構えられていては、私達もここから出ることができません……」

「モウィラーさん……」

「なんとか突破するしかないか」


 俺はため息つくと荷物をアルドラのラックに積む。みんなの荷物も同じように積み込んだ。できるだけ身軽に、身に着けているのは防寒具と武器くらいだ。


 防寒具はもこもこして少し動きにくい。身体がどれくらい動くかを確かめる。動きにくい。<身体能力上昇フィジカライズ>を使ってもどれほど動けるか。一応<身体能力上昇>を起動しておく。


「モウィラーさん。スノウエレメンタルってどれくらいふもとまでくるんです?」

「マナの影響か、山頂付近以外は見たことがありませんね。もしかしたら、ふもとまでは降りられないのかもしれません」


 ドォオオン! というエントランスごと揺らす大音響とともに、門がへこんだ。

 音の大きさも、一撃の威力も先ほどの比ではない。こんな攻撃を連続して続けられては、門などひとたまりもないだろう。

 迷っている時間はあまり無い。こうしている間にも、二度、三度攻撃を受けて門がひしゃげていく。


 クーちゃんがアルドラのラックにもぐりこんだ。


「フェイ、門を開いたら即座に火炎系魔術。頼む!」


 フェイがこくりとうなずいた。ミトナがバトルハンマーを構える。

 マカゲが刀の柄に手をかけた。


 とうとう耐え切れなくなり、門がひしゃげた。内側に吹き飛ぶ。それと同時に強烈な冷気が吹き込んできた。

 開いた門から、ぬぅっと巨大な雪の腕が入り込んで来た。


 マカゲが一刀のもとに切り捨てる。いかな剣術か、抜く手も見せずに切ったかと思えば、もう刀は鞘へと戻ってきている。雪の腕が半ばから断ち割られ、どしゃりと床に落ちて雪の塊になる。


 それが合図となった。


「一気にふもとまで降りるぞ!」


 俺達は一斉に古代神殿から飛び出した。


 晴天はどこへいったのやら、黒い雲が太陽を遮って薄暗くなっていた。

 門の外では、すごい数のスノウエレメンタルがうごめいていた。門に堆積していた雪は、全てスノウエレメンタルに戻ったらしい。どこかで配分量を間違ったのか、さっきまではいなかった三メートル級のスノウエレメンタルも見える。


「<輝点爆轟(フレアバースト)>!!」


 フェイの声が高らかに響く。放たれた光点は放物線を描き、スノウエレメンタルの真ん中に着弾した。

 吹き上がる火柱。熱がスノウエレメンタルの身体を溶かしていく。目に見えて動きが鈍った。


 俺達は動きが鈍ったスノウエレメンタルの隙間を抜けていく。先頭を俺、マカゲ、モウィラーをはさんでミトナ、フェイ、最後尾をアルドラが続く。

 転倒しないように、しかしできるだけ急いで進む。しかし雪がやわらかく、一歩進むごとに足が沈むのが進みづらい。


「フェイ、<浮遊(フローティング)>だ!」


 俺は思いついて<浮遊>を起動する。怪訝な顔をしていたフェイだが、俺の動きを見て納得したように<浮遊>を起動する。


 重さを軽減され、雪に沈み込むことなく雪上を駆ける。

 俺は目の前に出てきたスノウエレメンタルに棒を振るう。技術もない思いっきりの一撃に、スノウエレメンタルの雪の身体がぼごりと折れる。


 動きが鈍ったスノウエレメンタルなら、ドマヌ地下のゴーレムよりも与しやすい。


「――――! マコト君、あれ!」


 ミトナの声に注意を向けると、スノウエレメンタルが二体より合わさって巨大になるところだった。

 二体のみならず、三体、四体と仲間同士でタックルするようにぶつかって合わさっていく。ぶつかった傍から蔓系植物が巻き付くように、寄り合い、捻じり合い、太くなっていく。


「……マジかよ」


 俺の口から思わず驚愕の声が漏れ出た。

 信じられない思いで、目の前のにそびえ立つ七メートル級のスノウエレメンタルを見つめる。

 モウィラーが足を止めた。その顔にあるのは、恐怖よりも感動の色が濃い。


「まさか、こんな生態があるなんて……。スノウエレメンタルの敵対行動? 何が活性化の原因なんだ? それとも……」

「いいから行く!」


 俺は動きを止めたモウィラーの首根っこをひっつかんで引っ張った。


 巨大スノウエレメンタルが動きだす。ゆっくりとした動きに見えるが、それは巨大ゆえに遠近感がくるっているからだ。

 走る。伸ばされる五指に捕まれば、よくて圧死、下手すると窒息死もありえる。


 俺達の隊列の真ん中、フェイの辺りをスノウエレメンタルが狙って腕を伸ばす。

 フェイが振り向くと、魔術を起動。三本の<火槍(ファイアパイク)>がその腕を迎撃する。構成物は雪なのだが、質量が多すぎる。圧縮されているのか、火炎の槍の方が砕けて炎となって消えていく。

 一応の効果はあった。まき散らされた炎をいやがって、巨大スノウエレメンタルが一度腕を戻す。


 だが、それがきっかけとなったのか、巨大スノウエレメンタルは執拗にフェイを狙う。

 再び伸ばされた腕は、今度は俺の<三鎖火炎槍トライチェインファイアランス>で迎撃する。今度は手のひらに穴くらいはあいたが、すぐに修復されてしまう。

 素材となる雪はそのあたりにいくらでも転がっている。

 苦い物を飲み込んだ気分になる。


「つまり、一撃で粉砕しないかぎりは無限に回復するってことか……」


 俺達の上に影が落ちた。

 今度は俺達のすぐ上を巨大な腕が通り過ぎる。進路をふさぐつもりか。

 マカゲが横っ飛びに躱す。俺も掴まれないようにステップで逃げた。

 ドォオという圧倒的な音と共に雪面がしぶきをあげる。あわててミトナやフェイが降りかかる雪を避けた。


 避けることはできたが、おかげで進行方向をふさがれた形だ。

 巨大スノウエレメンタルは、ゆっくりとした動作で腕を引っこ抜く。バラバラと拳についた雪の塊が落ちた。


どうやって逃げろっていうんだよ、コレ!


 俺は霊樹の棒をぎゅっと握りしめた。どうやらこいつを何とかしないことには、逃げることすらできないらしい。


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