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第129話「ミオセルタの過去」

 空中を鯉が泳ぐ。


「ふむ。以前のワシの顔ほど優雅ではないが、動きは悪くないのぉ」


 機械の鯉が身体をくねらせ、尾鰭が何もない空を打つ。


 うまいもんだな。


 空を優雅に泳ぐ姿を見て、素直な感想が生まれてきた。ミトナの方はと見れば、微妙に獲物を狙う目になっている気がする。

 だが、そんなことばかりを考えていられない。


「それで? 素体(ボディ)が手に入ったんだから、ちょっとは落ち着いただろ」

「そうさなぁ」


「そもそも説明になってないだろ。わかるように言え」

「落ち着け。ワシは久しぶりに戻ってこれたのじゃから、多少はハメを外してもよかろうて」


 いっこうに答える気のない声で、ミオセルタは言う。

 フェイが見かねたのか、空を泳ぐミオセルタに詰め寄った。


「あんた、ミオセルタって言ったわね。研究者ならこのゴーレムのこと、わかるわよね?」


 そもそもゴーレムについて何か情報が手に入らないか、古代の剣の情報が手に入らないか、ということでこの古代神殿まで来たのだ。嘘か本当かわからないが、古代人を称するモノが出てきているのだ。自分で古代語を解析する必要はない。状況はチャンスなのだ。


「まあ、わからんでもないのぉ」


 鯉がすぅっとフェイの頭の近くまで泳いでくる。そこはかとなく馬鹿にした動きだ。掴もうとするフェイの手をすりぬける。

 一瞬の隙を突いて、ミオセルタが加速した。尾鰭の一打ちが、ぐんと鯉の身体を運ぶ。

 マカゲの傍を抜け、入り口から廊下へと出ようとする。


「あっ!」


 声をあげるが間に合うものではない。あの速度を出されると、廊下に出られると追いかけられるものではない。それにどこまで上昇できるかわからないが、空中を泳がれるとものすごく厄介だ。捕まえられない。


「ほっほ! 逃げてしまえばこちらのものよのぉ!」


 迂闊だった。そりゃあ動く身体が手に入ればこうなることは想像して当然だ。


 撃ち落とすか?


 一瞬浮かんだ考え。それを実行する前に、ミオセルタの動きが止まった。

 入り口を出ようとしたあたりでぴたりと静止している。


「……?」


 初めは何かの冗談かと思っていたが、そうではないらしい。本気でそこから進めない。


 ――――マナの繋がり(パス)だ。


 俺は閃いた。ゴーレムコアには、ミオセルタがダウンロードされる前に<ちのけいやく>による主従契約を結んでいる。あの距離から動かないのではなく、あの距離から動けないのだ。

 俺から一定距離離れることができないということじゃないか。

 アルドラにはそんな制約はないが、ゴーレムコアは規格外だ。まあ、それ以外には思いつかないというだけなんだが。


「んっ! ぬぅ! ……!」


 じたばたとしばらくあがいていたが、ミオセルタはやがて沈黙した。

 冷たい目線が注がれる。


「ミトナ、やれ」

「ん」


 ミトナの腕がかすむような速度で振るわれた。

 外からのベクトルでミオセルタの身体が一瞬で跳ねた。魔術効果が切れたのか、放物線を描くと落下。ミトナは落ちてくるミオセルタの尾鰭をがっちりと掴んだ。

 ぶら下がるようにしている魚を掴んだミトナはにこにこ顔だ。


 俺は宙ぶらりんになっている機械の魚を見て、半眼になった。


「へし折るぞ? このまま置き去りにすればさぞ楽しかろうな」


 機械の板金は、さぞかしいい音がするだろうよ。

 思念を乗せて叩きつける。マナの繋がり(パス)を通して俺の感情を感じたのか、ミオセルタが震えた。


「わぁあ、待て、待て待て。ワシが悪かった! 逃げぬから許せ!」


 びったんびったんとミトナの手の中ではねながら、ミオセルタが叫んだ。


「わかったから、全部説明しろよ?」




 この不思議生物と化してしまったミオセルタをモウィラーの前に連れて行くわけにはいかない。とりあえず車座になって座ると、その真ん中にミオセルタを放流した。

 ミオセルタは器用に身体を回すと、全員の顔を見渡した。


「ワシはマナを使った魔術の研究家なのよ。まあ、魔術と呼ばれるものについてはかなり研究した部類と言えよう。魔術馬鹿よの」


「……へぇ」


 ここにも、もう一人魔術馬鹿が居ます。

 声には出さず、心の中で呟く。



「ワシは主に不老不死について研究をしておった」

「不老不死……ねぇ。何のためにそんなことを研究するのかわからないわ」

「ああ、ワシもそう思うわ。ワシの家系は長生きでの。千年くらいは生きるからの」


 フェイが不機嫌な顔になった。


「ならどうして研究するのよ」


「そりゃあ、金になるからよの。好きな研究をするためには金が必要よの。そのために資金繰りに、不老不死は持ってこいなのよ」


 くくくと魚は笑う。

 ミオセルタは一度そこで言葉を切る。フェイが眉を上げているが、何も言わない。納得する部分があったのだろう。


「その過程において、魔術ゴーレムについても研究しておってのぉ。そのメンテナンス用ゴーレムもワシが設計したのよ」


 ミオセルタが身をくねらせる。漂うようにして身体を流しながら言う。

 このゴーレムは確かドマヌ廃坑から連れてきた。あそこもミオセルタの研究所だったのか。たしかにゴーレムなら身体は別物になるが、不老不死という条件にあてはまる。

 実際にそれができることは、ミオセルタ自身が証明している。


 再び空を泳ぎ、ミオセルタがフェイの前に戻ってくる。


「それで、お嬢ちゃんは何が欲しいんじゃ?」

「そうね、このゴーレムにつけられる武器とかはないの?」


「メンテナンス用ゴーレムを、戦闘用に改造。それはなかなか面白そうよのぉ……。しかし、この研究所は空っぽじゃぞ?」


 フェイがはっきりと嫌な顔をした。

 代わりにミトナが入れかわる。手には話の間にカバンから出したのか、開く骨組みだけの傘。例の古代剣だ。


「おお、ハクリキではないか」

「ハクリキ……?」


 剣の事は気になるのかマカゲが繰り返した。


「うむ。魔術の術式を剥離させてマナに分解する魔工具よの。使い方はのぉ……」


「――――待って」


 ミオセルタが説明しようとした瞬間、ミトナがそれを遮った。

 しっ、と人差し指を唇にあて、静かにと示す。何事かと俺が思ううちに、ミトナの耳がぴくぴくと動く。何か音を捉えているのか。


「マコト君。誰か呼んでる。たぶんモウィラーさん」


 しばらく待つと、初めは聞こえなかった声が聞こえるようになってくる。モウィラーが大声でこちらを呼ぶ声は、どんどんこちらに近付いてくる。

 俺は部屋の外に出た。アルドラを伴って、モウィラーが走ってきていた。アルドラはモウィラーを先導するように先に立って進んでいる。


 入り口で待っていたはずのモウィラーがなぜここへ?


「マコトさん! ここにいたんですね! 外が! 外がすごいことに!」



(やはりのぉ。予想通りじゃと、ちと厄介なことになるやもしれぬよの)



 思念で伝えて来るミオセルタの声からは、嫌な予感しかしなかった。

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