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第128話「求道者」

 俺たちは動きを止めていた。


 呼吸さえもしていいかわからない。外気より冷える気がする。


 光が収まったゴーレムコアは、相変わらず祭壇に安置されていた。

 俺はごくりと唾を飲み込む。

 あのゴーレムコアを触っていいのかわからない。この部屋から逃げてしまいたいけれど、それもどうなるかわらかないから実行できない。もしかしたらそれがトリガーとなって爆発するかもしれないのだ。

 ミトナたちも身体を固くしているのがわかる。


 その中で、俺は別種の困惑にとらわれていた。


 ダウンロードって、言ったよな……?


 たしかに、このゴーレムコアは言った。機械のような音声だったが、聞き間違いではないはずだ。

 俺はフェイの方を振り返った。そういえばフェイやショーンはこの声を理解することができなかった。古代語なのか、俺には〝翻訳”して聞こえるために、意味がわかるのだ。

 俺にしか何を言っているのかわからない。

 ある程度俺の語彙をベースにしているせいか、表現が時におかしくなるが、翻訳は優秀だ。こればかりは神のくそ野郎の仕事に文句はない。

 しかし……。


 何をダウンロードしたんだ?


 はた目からはわからない。どうしたものか。


 困っていたところに、そういえばマナの繋がり(パス)でつながっていたことを思い出した。何かダウンロードしただけでは、何もないはずだ。たぶん。

 このままではらちがあかない。そう判断すると、俺はゆっくりとゴーレムコアに手を伸ばした。

 思念で話しかける。


(今、何が起こった?)


『簡単に言うなら、ワシの人格が導入(ダウンロード)されたということよな』

「――――っ!?」


 俺は思わず手をひっこめた。すごい勢いで下がる。

 俺の勢いに驚いたクーちゃんが、飛び退いた。


「な、何か音が出てる……。まさか、仲間を呼んだとか?」


 どうやらいまのゴーレムコアの声は、フェイには理解できなかったようだ。

 フェイが慄くように呟く。

 俺が動いたことで少しは動けるようになったみたいだが、まだ身体は強張っているようだった。

 ミトナとマカゲがすぐに動く。廊下に出ると、両側を見る。何かが来るならすぐに察知できるような体制だ。


『人間に獣人に半獣人に魔物。面白い集まりよのお。まあ、まずは礼を言うとしよう』


 ゴーレムコアが声を放つ。機械音ながら、以前のたどたどしさは無い。歳経た雰囲気を感じさせる。



『ワシの名はミオセルタ。――――研究者よ』



 ありえないことだと思うが、何かの魂が宿ったらしい。

 いや、この世界にとっては、普通のことのなのかもしれない。

 マナの繋がり(パス)で繋がっているせいか、ひげをこするおじいさんのイメージが頭の中に浮いてきた。かなり年季の入った魂らしい。


「……どうやら、このゴーレムコアに、魂が宿ったみたいなんだけど」

「何よそれ。からかおうっていうの?」


 フェイが半信半疑の声で返す。俺もどう説明していいのかわからないのだからしょうがない。

 人格が宿ったにせよ、コアのままでは動けないだろう。俺はおそるおそるコアを掴む。


(ふむ……。ひとまず実験は成功ということよな。まあ、言語体系は似ているが通じないということは、どれほど時間が経ったのか……)


 ゴーレムコア――ミオセルタが俺を見た。球形のコアしかないのに、それがはっきりわかる。その瞬間コアがなんだか巨大な目玉のように感じて気持ち悪くなった。


(おぬしには通じておるのか、ふむ。その魔術的な働き、借りるとしようかの)


 ゴーレムコアから魔法陣が浮かびあがった。


 ――――爆発する。

 

 そう感じた身体から、一瞬で血の気が引く。視界にかすめたフェイの顔も同じ。何をするにも起動まで間に合わない。

 魔法陣が割れ、あたりにマナの粒子が散らばっていったが、何もかわらない室内がそこにあった。

 俺とフェイは顔を見合わせる。無駄に心拍数が上がっただけしんどい。


「驚かせたかの? それは悪いことをしたのぉ」


「しゃべってる! ゴーレムの核がしゃべってる!」


 フェイがミオセルタを指さして叫んだ。

 その剣幕に部屋の外から、ミトナとマカゲが戻ってきた。


「マコト君。何も来ないみたい」

「うむ。ひとまず危険はない」


 俺は頷くと、手の上に載ったゴーレムコアを掲げた。俺が何を言いたいのかわからず、不思議そうな顔をする二人に、ミオセルタはしゃべりかけた。


「この研究所はマナ炉が落ちておるからな。操作せんと動きはせんよ」


「……!」

「なんと……!」


 どこから声を出しているかわからないが、ゴーレムコアからの音声にミトナとマカゲはたじろいだ。


「なに……。これ」


 確かに俺も聞きたいところだ。

 驚きからの立ち直りは、ミトナの方が早かった。俺の手の中のミオセルタをしげしげと眺めると、不思議そうに言う。


「まあ、説明してもよいがの。このままではちと具合が悪い。素体を探しにいくとしようかの」


 それを聞いてフェイが素早く魔術ゴーレムを抱え込む。この素体(ボディ)は渡さないとの意思表示だ。ため息をついたような思念が届く。


「何かあるじゃろ、ホレ。はようワシを持って歩かんか」


 ひょうひょうとした声がゴーレムコアから流れ出た。俺たち四人は顔を見合わせた。





 ミオセルタは、古代人だ。


 どうやら話をまとめると、そういうことになる。

 ゴーレムコアを掲げながら廊下を進む俺達は、道すがらミオセルタの説明を聞いていた。


 ミオセルタの話を信じるならば、このゴーレムや研究所――古代神殿はやはり研究所だった――が現役で稼働していた時代に生きていた、ということになる。


「今はこんな姿だがの。当時は(ひれ)といい、鱗といい決まってたものよ」

「マカゲ、魚の獣人っていたりするのか?」


 しゃべる魚など聞いたことがない。ならば魚の獣人かと半魚人を想像しながらマカゲに問う。

 意外にもマカゲは首を振って否定した。


「いや、魚の獣人は絶えて久しい。拙者も出会ったことはないな」

「まあ、普段は海の底におるからのお」


 じゃあ、どうしてこんな山頂にいるんだよ。魚が。

 そう聞いたが笑うだけでミオセルタは返事をしなかった。


 どうやらあの場所はダウンロードを行うためだけの部屋だったらしい。ものものしいわりには素体(ボディ)の一つも置いていない。ドマヌ廃坑の地下遺跡とは違う。


 ミオセルタに聞いてみると、ここはゴーレム研究所とは違う場所だからだそうだ。とある魔術を研究していると言う。


「じゃあ、ここってもともと何の研究所なんだ?」

「そう。それは私も気になるわね。知ってるならぜひ教えてほしいところよ」


 俺とフェイが詰め寄る。この球体に話しかけるというのは意外と気力がいるもんだな。


「――――不老不死よ」


 不老不死の魔術。フェイの喉がひぅ、という音を出した。

 顔が紅潮するフェイとは逆に、俺は冷めていく。

 もしそんな『魔術』があるなら俺がラーニングしているはずだからだ。


 ミオセルタがある一室に入るように指示され、俺たちはおっかなびっくり入っていく。

 もし何かの罠で俺たちが死んでしまえば、コア状態のミオセルタはここから動けなくなってしまう。それは避けたいはずだ。


 ミオセルタの言うとおり操作すると、棚の一つが開いた。

 中には『機械で出来た魚』というべきモノが収まっている。両手で抱えるほどの大きさ。丸く太った形は、恐ろしさより美しさを感じる。

 これは……。


「鯉だな」


 形はどうみても鯉だ。この世界に鯉がいるかどうかは知らないが。


「愛玩用のゴーレムよの。核をワシと取り換えてくれ」


 胸元の装甲板を開くと、中にあるコアを、ミオセルタと交換する。

 一瞬緑色の光が鯉の全身を覆い、ゆっくりと収まっていく。

 俺は手を放すと、鯉をそっと床に置いた。興味津々なようすでミトナがそれを眺めている。


「獲るなよ?」

「ん。やめとく。食べられないだろうし」


 鯉がその身体を動かした。動きは鯉そのもの。びったんびったんリアルな動きで跳ねまわる。

 動きがリアルな分、ちょっと触りづらい。手につかむと、手の中で暴れるのもリアルだ。


 これ、持って歩くのか?


「なあ、その素体(ボディ)、失敗だろ」


「んむ……。待っておれ」


 魔法陣がいきなり浮かび上がって割れる。同時にふわりと重力を無視した動きで鯉の身体が浮かび上がった。


体得(ラーニング)! 魔術「無重力(ゼログラビティ)」を ラーニングしました>


 いきなりのラーニングに、俺は呆気にとられる。



「ふむ、こんなところかの」


 室内を悠然と泳ぐミオセルタを、俺達は呆然と眺めていた。

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