第127話「古代神殿」
閉まった門を目の前にして、俺たちは車座になって座っていた。門は広く大きい。アルドラが通れるほどの高さと幅を備えている。そこから、広い空間が続いている。床は磨き上げられたかのような大理石らしき光沢を放っているつるつるだ。
ここはどうやら古代神殿というよりは、古代神殿にはいるためのエントランスになっているらしい。
外は風雪吹きすさぶ雪山だというのに、このエントランスはほんのり暖かいくらいだ。どうやらなんらかの方法で空調がとられているらしい。
ラーニングしていないことを考えると魔術ではない。熱した石で暖を取るような、魔術で温めた何かを使っているなどの効果を利用しているのかもしれない。
「いやあ、危ないところでしたね」
モウィラーが無精ひげをかきながら、疲れたように言った。さっきのスノウエレメンタルのことだろう。雪女ならまだしも、あんな大きな雪だるま男に抱き着かれて凍死はいやだ。
このあたりは暖かいので、厳重に着込んだ防寒具を脱いでいく。やはり着込みすぎは動きにくい気がする。
防寒具についた雪を払い、ブーツを叩いて底についた雪を落とした。
アルドラのラックから長い木の棒で物干しざおを作り、みんなの防寒具を干しておく。溶けた雪で濡れ分は、こうしておけば乾くだろう。
俺は<「火」中級>で立方体に加工した炎ブロックを出す。これでたき火の代わりになるはずだ。
みんな自然と集まってきて、冷えた手をぬくめていた。アルドラは火から少し離れたところで、クーちゃんと共にくつろいでいた。
そこまで整えると、俺はひと心地つく。このあたりのことを確かめておこうとモウィラーの方を見た。
「ここなら安全なのか?」
「そうですね。ここは彼らにとって温度が高くて住むのに適していないので、雪山の魔物も出ないみたいです」
なるほど、俺達にとっては過ごしやすいこの部屋の中も、スノウエレメンタル達にとっては身体を溶かす灼熱の地になるわけか。
「これ、この先もあるよな? 神殿奥はどうなってるんだ……」
「私は入ったことがありませんですね、と言うべきか……。扉が閉まっていて入れなくなっているのです」
一応この先があるらしい。試しに見に行ってみると、どこかで見たようなデザインの扉があった。よく見ると思いだしてきた。フェイと落ちた地下遺跡の扉と似ているのだ。
あの時はどうやってあけたっけな……。
神殿の先を調べたいとも思うが、モウィラーを連れてはいけない。もし前回のように魔術ゴーレムが大量に出て来ることになったらモウィラーを守ってはいられない。
「俺達、ちょっと奥の方まで調べてきます。モウィラーさんは……」
「私はしばらくここで待っています。この神殿入口も十分ひろいですよ。何か魔物が出たらすぐに呼んでくださいね」
呼んでください、というあたりがモウィラーらしい。
俺の心配は杞憂だったようだ。モウィラーは自分からそう言うと、ゆっくり過ごすために自分のかばんからいろんな資料を取り出した。
悪いな、と思ったが、アルドラに熱い視線を注いでるところを見ると、普段は見られない白妖犬に興味津々だったらしい。アルドラに心の中で詫びて、モウィラーを引き付けておいてもらうことにした。
嫌だという雰囲気を出しながらアルドラがこちらを見つめていたが、目を逸らした。
準備を整えると、俺とミトナ、フェイとマカゲの四人は奥へ進む。クーちゃんは魔術ゴーレムの頭に乗って落ちないようにバランスを取っていた。フェイは魔術ゴーレムをここまでかばんにいれて運んでいたらしい。
「<光源>……」
魔法陣が割れると同時、光の球が浮かびあがる。あたりを照らす柔らかい光が、薄暗いエントランスを明るくする。これで足元も危なくないな。
全員で扉へと向かう。扉の前で、フェイが腕を組んだ。
「これ、地下遺跡の扉と似てるわ……」
「ドマヌ廃坑の?」
フェイの呟きにミトナが問いかけた。フェイが頷く。
「それなら……」
あの時のようにフェイが表面の溝に触れる。だが、扉はぴくりとも動かない。やっぱりここは開かないのかと思ったが、そういえばあの時扉に触れたのは俺だったような。
じゃあ、と俺が触ってみても結果は変わらなかった。魔術溝に光が走る様子はない。
だめか……。
ため息をついたとたん、異変が起きた。
俺の腰に提げていたゴーレムコアが光り出した。いきなり魔術溝が発光し、じりじりと扉が開く。
いきなりのことに飛び退いた俺たちの前で、扉は少しずつ開いていく。
音はないが、ぎこちなく開くたびにパラパラと砂やほこりが落ちる。
マカゲが刀を抜いた。ミトナがハンマーを構え、フェイが杖を取り出す。
俺は慌てて霊樹の棒を構えた。
確かに中から何かが出て来る可能性がある。
ヒュオオという空気が通る音。ごくりと唾をのむ俺達の前に、扉は完全に開いた。
しばらく待っても中から何も出てこない。俺達はゆっくりと得物を下ろす。
フェイが緊張した顔でみんなを見渡すと、足元の魔術ゴーレムを示しながら言った。
「もしかしたら、こんなのと似たようなのが出て来るかもしれないわ。襲ってくるようだったら、潰しちゃって構わないから」
「ん。わかった」
ドマヌ廃坑地下遺跡の時を思い出したのだろう。大量に出てきて襲い掛かってきたゴーレム。
俺達は顔を見合わせて頷くと、慎重に神殿内部へと入っていった。
どことなくひんやりした空気が、俺の肌を撫でる。
外が雪山だということを考えると、やはり何か気温の調節がされているのだろう。
やはり思った通り、この古代神殿はドマヌ廃坑の地下遺跡と似ている。
天井は高く、壁には一面に魔術溝が彫られている。ただ、ドマヌ廃坑の時と違って、この壁は完全に沈黙しており、ほのかに光ることもない。
一番の違いは、通路にガラクタがないことだ。魔術ゴーレムの一体も転がっていない。
そのせいかなんとも寂しい静けさだけが神殿には漂っていた。
「こんな素材、拙者は見たことがない。ここは……なんのための施設なんだろうな」
ゆっくりと警戒しながら進むマカゲが、小さく言った。
「ドマヌ廃坑の地下にも似たようなのがあった。たぶんここも何かを研究していた施設だと思うんだが」
「何もないわね……」
「ん……。空き家?」
フェイとミトナが開いていた扉から、室内を見渡して言う。室内は殺風景な箱型で、調度品は何もない。人の痕跡が感じられないということは、ここは引き払われて使われなくなってからかなりの年月が経っているということだろう。
この古代神殿には、もう何も残ってないのだろうか。
「ちょっとマコト! こっち!」
そんなことを考えていると、先を進んでいたフェイが俺を呼んだ。
追いかけて扉の中に入ると、そこは研究室らしき部屋だ。いくつもの大きな机と椅子、壁際には空の本棚。何かわからない祭壇のような設置物。一番手前にあるのは、小さな台座だ。そこには何かをはめるような小さな窪みが二つほどついている。
「ここ……なにかが嵌ってたのかしら」
「このサイズだと……これか?」
俺は腰から提げていたゴーレムコアを手に取ると、そっと窪みにはめ込む。
吸い付くようにしてゴーレムコアが台座にセットされた。もともとそこに安置されていたのかのような、安定感。
「ば、ばかっ!」
「むぅ!」
フェイの慌てた声。マカゲが驚きの声をあげる。
台座にセットされたゴーレムコアが、再び光を放っていた。入り口で見たときよりも、はるかに強い光を。
「マコト君!」
ミトナの警告の声が届く。ゴーレムコアを外そうと手を伸ばしたが、はまってしまったコアはびくともしない。俺は飛び退こうとしたが、紐がつながっているためうまくいかない。
しまいには祭壇自体がガタガタと振動を始めた。いまにも自爆しそうな勢い。
「マコト殿! 手を離せ!」
俺が紐から手を放すのと、マカゲの一刀がきれいに紐を斬るのはほぼ同時。俺は引っ張っていた勢いのまま、後ろに転倒した。
『マナの繋がり《パス》 ヲ 確認。〝ミオセルタ” ノ 導入 ヲ 開始 シマス』
あ、やばい。
これまずいやつだ。
ゴーレムコアから外側へ向かって放たれていた光が、少しずつ収まっていく。
「フェイ! 悪い、壊すぞ!!」
できる限りマナを込める。魔術だけだと効率が悪い。とにかく威力と方向だけを優先。
「<ブロック>!!」
突き出した俺の指先で、魔法陣が割れる。<「火」中級>。炎で出来た三角錐が、祭壇に直撃した。
「――――ッ!?」
直撃したのだが、そこには相変わらず祭壇が無事なまま。ゴーレムコアも光を放ち続けている。
いかな古代の技術か。傷一つつかない。
光が収まった。
『導入 ヲ 完了 シマシタ』




