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第126話「霊峰コォール」

 霊峰コォールのふもとの村はかなり質素な村だった。

 この村には宿屋がない。どうしようかと困っていたらモウィラーとマカゲが村長と交渉して一夜の宿を借りることができた。大きな家というのが村長の自宅しかなく、村長の家にお世話になることになった。


 木造の家屋は床が高くなっており、二階の壁部分にも扉が設置されていた。

 それを見たフェイが目を細める。


「あの扉、トラップなの?」

「いや、雪が降ったときの出入り口じゃないか」

「……どういうこと?」

「すごく雪が降ったりすると、入り口が全部雪で埋まるんだよ。そんな時は二階のあの扉から出入りするってこと」


 へえ、とフェイが感心したような声を出す。


「よくご存じですね。霊峰へは来た事が?」

「いや、ないけどな。昔、雪がよく降ってた地方に住んでたんだよ」


 北の大地に住んでいたのは小学校時代だ。親の転勤に合わせて都会に来たが、幼少をあそこで暮らした時のことは覚えている。

 道路の雪かきをする村人の姿や、屋根の雪下ろしをする姿は、見ていて心が和む。


 だが、考えてみれば、住居の二階に扉がある構造になっているということは、この村は最大積雪時にはあの高さまで雪で埋まってしまうということだ。

 そこまで雪がひどくなったら、霊峰コォールに登るどころじゃないだろうな。



 夕飯もごちそうになった。その代わりか、村長の息子たちにベルランテの話をせがまれ、冒険者の依頼で会った出来事をいろいろ話してやった。

 十五、六歳くらいに見えるが、たいそう喜んで聞いてたな。こういった雪に閉ざされた街だと、こんな話しでも娯楽になるんだろう。


 ベッドがあるわけではなかったが、暖炉がある暖かい居間を寝床として使わせてくれただけ感謝だ。

 毛布にくるまっているうちに、いつのまにか俺は寝てしまっていた。



 次の日、朝早くから出発することになった。

 手早く荷物をまとめながらモウィラーが言う。


「雪山で野宿するなんて自殺行為ですからね。この時間からだと何事もなければ陽が落ちるまでに古代神殿に入れるでしょう」


 ぎゅっと荷物を縛る紐を力強く結ぶと、モウィラーはへらりと笑う。


 ほどなくして、全員の準備が済んだ。

 誰もがしっかりと防寒具を着込み、顔をマフラーで隠しているので、山賊のようにも見える。

 俺達は村長にお礼を言うと、霊峰コォールへ向けて出発した。



 雪を踏みながら進む。村の中やティゼッタへの街道は雪かきがされていたが、霊峰へ向かう道は雪が残っていた。暖かい季節は木材を取るためにこのあたりへは来るのだろうが、寒い季節は雪が降るため人が入らない。そのため雪が残ってしまっているのだ。


 村を出てすぐは木々が多くあったが、やがてそれもまばらになってくる。霊峰コォールのふもとに辿りつくころには、大きな岩に雪が積もっているばかりになる。


 山のふもとに木材を採るための山小屋があったので最後の支度に使わせてもらう。

 靴に山歩き用の魔物の特殊な皮をかぶせ、雪山でも歩きやすくしておく。暖炉の火を起こすと、鍋で温かいシチューを作ってお腹に収めた。


「それでは行きましょう」


 休息を十分にとったあと、モウィラーの先導で出発する。ここからは、案内人、モウィラーの領分だ。

 雪山をゆっくりと、しかし着実に進んでいく。

 モウィラーが選ぶ道は無理な要素がない。吹雪いて前が見えないわけでもなく、十分に晴れているので見失うこともなかった。

 ひそかに心配していたフェイもついてこれているので、ひとまず安心といったところだ。


「もっとすごい雪山を想像してたけどな」

「吹雪けばすごいです。今日は運がいいですね」

「代わりにかなりまぶしいけどな」


 雪からの照り返しで目がつぶれそうなほどまぶしい。

 それを聞いてモウィラーが袋からスリットの入った木の板を人数分取り出した。モウィラーが目の部分に装着したのを見て、みんな同じようにつける。

 スリットからの視界は悪いが、なるほどまぶしくなくなった。日差し避けだ。


「備えあれば、憂いなし、です」



 霊峰コォールの銀世界は、生き物を拒むかのような荘厳さだ。

 踏み荒らされていない銀世界は、息を吞むほど美しい。なだらかに続く稜線は、どこまでも続くようだ。


 俺の視線の先には海原のような雪景色、その雪原がいきなり地中から噴出した。雪中から飛び出したのは、一匹の鱗持つ大蛇。その顔はフルフェイスヘルムにでも覆われているかのように硬質な鋼色をしていた。

 クジラのように長々と飛び出すと、再び雪原にダイブしていく。この遠さからでも巨大な様子がわかる。


「スノウワームですね。雪を食べる魔物なのですが、ときおりああして地表に出てきます。すごく環境がとがった場所ですからね、ここでしか見られない魔物が多くいるんです」


 モウィラーは慈愛のこもった眼でスノウワームを見つめていた。

 いろんな魔物がいるもんだな。俺もちょっと感動しながら、スノウワームの巨体を見つめた。




「もうすぐ神殿の入り口が見えますよ」


 モウィラーがそう言ったのは陽もだいぶ傾いていたあたりだった。

 休憩を挟みつつだが、かなりの距離を歩いていたため、少し疲れている。最後を進むアルドラに荷物を載せてなければ登れなかったかもしれない。


 モウィラーが動きを止めた。じっと前を見つめている。何かを探っているような視線。

 俺には雪しか見えないけどなあ。何か隠れているのか?

 じっと目を凝らしてみても、何も見えない。


「フェイ、魔術なら使っても大丈夫か?」

「…………ええ。たぶん、大丈夫だと思うわ……」


 フェイが息も絶え絶えになりながら答えた。運動不足のフェイには、この雪山登山がきついらしい。

 マカゲは体力があるし、ミトナにいたっては自分のテリトリーとばかりに普段以上に軽快な動きをしている。熊は雪山もテリトリーだからか。


「<空間把握(エリアロケーション)>」


 魔法陣が割れる。同時に辺りの様子を捉えられるようになった。

 しかし<空間把握>でも何もつかめない。ミトナも耳を澄ますような様子を見せていたが、何も聞き取れなかったらしく首を左右に振った。


「モウィラー、何が――――」

「しっ!」


 モウィラーが鋭く注意した。

 その視線の先で、ゆっくりと雪原が盛り上がる。

 ぼこり、と地中から湧き出るように人の形をつくっていく。やがて、小さな子供くらいの大きさになった。デフォルメされた目と口がつけられている上に、楽しそうに腕を振る姿はとてもユーモラスでかわいいと言えるもの。

 動く雪像とでも言うべきだろうか。


「スノウエレメンタルです」

「かわいい」


 ミトナがぽつりとつぶやいた。

 見ている先で、スノウエレメンタルがぽてぽて走ってこけた。魔物にしてもあまり脅威を感じない。

 しかしモウィラーは警戒を崩さない。厳しい視線であたりを見回している。


「ええ、小さいやつはかわいいものです。こわいのは、大きいやつです」


 ぼこり、と巨大な手が生えた。大きさにして、俺の手のひらの三倍ほどか。

 続いて頭、肩、胸とどんどん形が出来上がる。水中から上がるときのように、雪中から盛り上がったのは、大型のスノウエレメンタル。


「逃げます! ついてきてください!!」


 モウィラーが叫ぶやいなや駆け出した。モウィラーからスノウエレメンタルに視線を戻すと、スノウエレメンタルの数が増えていた。見ている前で、さらに数を増やしていく。


「マコト君! いくよ!」

「うぉ!?」


 みんないつのまに!? 俺が最後か!


 アルドラがフェイをくわえ、モウィラーの後を追う。ミトナとマカゲも走っている。

 俺もすぐに駆け出した。


 あ、これヤバイ。


 俺の<空間把握>は、後ろからスノウエレメンタルが大量に走ってくるのを感じていた。なんの小細工もない、全力疾走。

 岩にぶつかったスノウエレメンタルは、形を崩して雪に還っていく。それでもお構いなしに全力で追いかけて来る姿に背筋が冷える。


 ――なんだこの人工的な雪崩は!


「巻き込まれたら! 一巻の終わりですよ!!」


「<身体能力向上(フィジカライズ)>!」


 魔法陣が割れると同時に、身体に力がみなぎる。雪に足をとられないように気を付けながら俺は走るスピードを上げた。ちらりと振り返ると、かなりギリギリまで迫るスノウエレメンタル。昔見たゾンビ映画のシーンが脳裏に再生された。


「縁起でもない!!」


 前を向くとすでに古代神殿の入り口が見えていた。半ば岩にめり込む形であつらえられた門。その門が開いていた。

 俺はぎりぎりで門に飛び込む。急いでモウィラーとマカゲが門を閉めた。ごぉんと大きな音をたてて門が閉まる。


 ――間一髪!


 どかどかと雪が積もっていく音が、閉じた門の外で聞こえてくる。

 あれに巻き込まれていたら、確実に死んでいた。

 積もったスノウエレメンタルの身体で門が開かなくなったが、しょうがない。火炎系魔術で何とかできるだろうし、今は無事に辿り着いたことに感謝しよう。


 俺達は荒い息が吐きながら、あたりを見渡した。

 薄暗くあたりはよく見えないが、天井が高いのはわかった。神殿風の太い柱が整列していた。その柱もところどころが折れたり欠けたりしていて、年月を感じさせる。


 ここが、古代神殿なのか?


 問いかけるようにモウィラーを見た。

 モウィラーが頷く。


「ええ。ここが、霊峰コォールの古代神殿です」

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