第125話「モウィラー」
俺はティゼッタの衣料品店にいた。
色とりどりの布地が、壁一面に掛けられている。ていねいに紡がれ、織られたであろう布地は、極太の巻物のようだ。
店内は所せましと木製の人型にかけられた服でいっぱいだった。多すぎて照明が届かず、暗がりができているところもある。
「あ、そっちは高級衣類なので、こっちです」
木製の人型の横から、モウィラーがひょこっと顔を出していった。どうやらかなり馴染みの店らしい。
モウィラーの案内と言っても、すぐに出発できるものではない。まずは古代神殿に辿りつくための装備が必要なのだとか。
古代神殿は霊峰コォールの中ほどにあるという。古代神殿に行くためには、まずは登山用の道具を揃えなければならない。いつもの旅装とは違う装備が必要だ。
カンテラや固形燃料、登山用の杖など雑貨はルマル商店でそろうが、防寒具などはすぐにはそろわない。そのために衣料品店に来ているというわけだ。
高級なところではなく、モウィラーがよく利用する安くて使い勝手のいい服屋だ。
ティゼッタでは基本的に服は買うものではなく、その家庭で作るものだ。この店では、使わなくなった古着や、破れてしまった服を修繕して販売している。いわゆる古着屋なのだ。
俺はモウィラーに案内されるがまま、古着の山を見ていく。
元の世界でもそうだったんだけど、服を買うっていうの苦手だったんだよなあ。
山と積まれている中から、適当に何着か掴んでみるが、いまいちよくわからない。とりあえず暖かそうな毛皮っぽい上着を選択する。
「あっ、これいいわね。ね、ミトナは?」
「ん。これかな」
「いいわね。でもちょっと男っぽくない?」
「ん~。ほら、丈があうのがそうないから」
女子組は楽しそうだ。服を選ぶのが楽しいというのは、どの世界でも変わりないのだろうか。
防寒具以外の服も漁って、買っていくのもよくある光景。
「マカゲはあんまり選ばないのな?」
「拙者は自前の毛皮がある。そこまで必要ではないからな」
「そっか……。うらやましい」
モウィラーにも見立ててもらいつつ、温かそうな防寒具を手に入れる。この防寒具、寒季のベルランテでも使えるといいけどな。
支払いを終えると、服を両手に一度ルマル商店に戻る。
俺たちが服を買いに行っている間に、ルマルが食料も含めた必要物資を用意してくれていた。モウィラーの分も含め、五人分。
こうして見ると結構な量になるな。アルドラに積んで運んでもらうのがいいだろうな。
「必要な物資は揃えておきました。無理はなさらないでくださいね」
「まあ、今回は魔物とは戦う気がないからな。できるだけ逃げることにするさ」
俺の【体得】は触れれば無差別。
魔法禁止令が出ているため、魔物とは触れ合わないほうがいいだろう。
しかしこれ、いつまで禁止なんだろうか。
その日は休むことにして、次の日に出発することにする。
見送るルマルに手を振って、荷物を積んだアルドラと一緒に出発する。
「まずは霊峰コォールを目指すことになるのか?」
「そうですね。順調にいけば霊峰のふもとの村に夜までに辿り着くことができます。本来なら馬車が出ているのですが……」
モウィラーが困った顔をする。
たしかに馬車便は出ていない。森に近いルートを通る馬車便は領主の命令により運行を停止している。赤い蟲竜のことについて詳しくわかるまで、森に近付かない方がいいとの考えからだ。
代わりに森を監視する人員を増やし、いつでも対応できるようにしていた。
そんな状況では馬車は出ない。
モウィラーと俺を先頭に、荷物を積んだアルドラとミトナ、フェイとマカゲと続く。
徒歩での長い移動の間は、話をするしかやることがなくなるものだ。それに、モウィラーの職業はかなり気になる。
「魔物生態学……だっけ?」
「ええ、そうです」
「それってどんな学問なんだ?」
「そうですね……」
モウィラーは腕を組むと、あごの無精ひげをさすりながら考え始めた。やがて考えがまとまったらしく、人差し指を立てると笑顔で口を開いた。
「マコトさんは、鹿が何を食べるか知っています?」
「草とか、木の皮とかじゃないか?」
「ええ、そうですね。それでは、虎は何を食べるか知っていますか?」
「動物の肉とかだろ?」
「では、ケイブドラゴンは何を食べるか知っていますか?」
いきなりの質問に、俺は目を白黒させた。どうしてケイブドラゴン?
そもそも、何を食べるんだ、あれ。
すごい牙してたしな、たぶん肉とか食べるんじゃないか?
「肉……とか?」
「まあ、肉も食べるんですけどね。実はあのケイブドラゴン、洞窟内にある苔を食べたりして生活してます」
「苔ぇ!?」
想像できない!
あの巨体が苔を……。確かに舌が長かったような気がしたけど。
俺はいつのまにかモウィラーの話に引き込まれていた。
「苔があるのは薄暗く、湿ったところなので、その場所に長くいるから目がなくなるんです。また、その苔のせいでケイブドラゴンの皮には耐魔術効果がつくようです」
「なるほどな……」
「ケイブドラゴンに似ている魔物として、グラスリザードという大きな二足で立つ大型のトカゲがいます。こっちは主食が草なので、耐魔術効果はつきません」
振り返るとミトナの耳がぴくぴくと動いている。革の話題があがったから気になっているのだろう。
「ミトナ、ほんとなのか?」
「ん。たしかに仕入れる時とかは効果を聞く。だけど、その効果が付く理由までは、知らなかった」
「ね、つまりそういうことを調べて明らかにするのが、魔物生態学という学問なのです。まあ、魔物を調べるのは危険も多くて、ものすごく人気のない学問ですけどね」
モウィラーはそう言ってしょうがなさそうに笑った。
うーん。うだつのあがらなさそうに見えるが、実はものすごくかしこい人なんじゃないか、この人。
俺はモウィラーに対する評価を少し改める。
「でも、何で例がケイブドラゴンなんだ?」
「その革、ケイブドラゴンでしょう?」
モウィラーは俺の革防具を指さす。たしかにこれはケイブドラゴンの革製だ。
「見てわかるのか」
「魔物生態学の研究員ですから」
ニヤリと笑うモウィラーはかなり自慢げな顔をしていた。
しばらく話をしながら歩くうちに、かなり気温が下がってきた。道の両側にも大量の雪が見えはじめ、見た目にも雪国な感じになってくる。
モウィラーに指示される通り、防寒具を着込む。北の生まれだから、寒さも雪もそれほど苦手ではない。それでも毛皮のコート、マフラーに帽子、ミトンの手袋。防寒具を着ると、かなり暖かくなった。
「さあ、見えますか? あれが、霊峰コォールです」
道の先を、モウィラーが示す。
天にも届きそうなほどの高さ。雪を被った巨大な山が、行く手には見えた。
あれが、霊峰コォールなのだ。




