第124話「告白」
隠し事をしなければならないって、なんだか後ろめたい気になりますよね。なんでもいいあえるのが、いいとも限りませんが。
ルマル商店の扉の表には、準備中の札がかけられている。今日はルマル商店を貸し切りにしてもらっていた。
古代神殿への案内人を待つ前に、重要な件が残っていた。
俺、ミトナ、フェイ、マカゲ、ルマルの五人がルマル商店のリビングに集まっていた。
テーブルの上には、温かい薬草茶が湯気を上げているが、誰も手を付けない。
いつまでもこのまま黙っているわけにはいけないと思ったのだろう、フェイが口を開いた。
「それじゃ、話してもらおうかしら。ミトナも回復したことだしね」
ミトナは一瞬不思議そうな顔をするが、真剣な様子のフェイやマカゲの顔を見て、何も言わないことを決めたようだった。
俺は目を閉じる。
言えば死ぬような制約はない。
だが、これからもミトナやフェイ、マカゲやルマルと一緒にやっていきたいのならば、スペックを隠しているほうが損をする機会も出るだろう。
何を……。
違うな。そんな理屈関係なしに、こいつらを信じて言っておくべきなんだ。
大丈夫。きっと大丈夫。
「俺は、【体得】という天恵を持ってる」
俺は自分を落ち着かせるために一息吸い込んだ。
「これは、触れた魔術を覚えるというものだ」
「それは、どんな魔術でも可能なのですか?」
「詳しい原理や体得条件はいまいち俺にもわからない。だいたいは覚えられるな、あと」
みんなの顔を見渡す。
はっきり言ったつもりだったが、声は予想以上に小さくなってしまう。
「魔物が使う魔術――魔法も覚えることができる」
やっぱり、という表情をしたのはフェイ。
「マコト、それが何を示すかわかる?」
「いや……」
「その能力、いつかマコト自身が魔物になるわ」
ああ、やっぱりな。
「私たちが使う魔術は、技術なのよ。それに対して、魔物が使う超常現象は、魔物自身が生来持つもの。その力があるから、魔物は脅威なのよ」
いつの間にかテーブルの木目を見ていた。顔があげられない。
フェイの声が頭上から降る。
「もう魔物から体得するのはやめることね。これ以上は何が起こるかわからないわ」
空気が、重い。
「フェイ、心配だったら、心配って言ったほうがいい」
ミトナの声が空気の重さを振り払った。
顔を上げた俺が見たのは、ばつの悪い顔をしたフェイだ。
「別に責めるつもりとか、ないわよ。マコトには何回も助けてもらってるわけだしね」
ミトナが穏やかに微笑む。フェイが恥ずかしそうな顔で腕を組む。
「たとえば、身体がマナで出来たゴーストとか、炎で出来たファイアエレメンタルとか、そういうものを体得したらどうなると思うわけ?」
死んでないのに幽霊になってる自分を想像して、俺は思わず苦い顔になった。
確かにそれは嫌だな。
「それに、ボムウィスプって魔物知ってる? 触れたら自爆するんだけど、あれも魔物の能力よね」
…………。
見かけたら絶対に触らないようにしよう。
「とりあえず、しばらくは魔物の力を使うのは封印ね。魔術だけでなんとかするのよ。何とかできないか、調べてみるから」
「わかった。ありがとう、フェイ」
「気にしないでいいわよ。好きでやってんだから」
空気が和やかになる。
俺もなんだか胸のつかえがとれた気分だ。顔を上げるとミトナと目があった。目線だけで感謝の意を示しておく。
「それにしても、すごい天恵ですね。マコトさんなら、攻撃系の魔術は思いのままになるのではありませんか?」
ルマルは未だに驚きが抜けていないのか、目をまん丸にしたまま言う。
確かに、俺も一時期はそう考えていた。体得があれば魔術覚え放題のチート人間になれるのではないか、と。
「うーん。実際はそうでもないんだよな」
「そうなの?」
「中級魔術とかは威力がすごいから、触れただけで死ぬ。基本中級魔術は相手を殺すために起動するものだろうし、それを死なない程度に、ちょいと当てるとかは無理なんだよ」
中級魔術の体得はいつもギリギリだった。狙って触りにいったのじゃない。何とか防ごうとがむしゃらに防いだけど防ぎきれなくて喰らった分だ。よく死ななかったなと自分でも思う。
今なら<拘束>があるから、魔術に対して弱体化をかけられるけどな。
「実際体得するためにバルグムに魔術で狙ってもらったことがあるんだけど。威力が高すぎて逃げるしかなかったし。それに、使えるだけで精度上げるためには自分で訓練しないとダメだしなあ」
「……納得したわ。初めて魔術師ギルドに来たときのちぐはぐさ。そういう理由だったのね」
フェイが呆れたような顔で言った。確かに、今の魔術運用の基礎を叩き込んでくれたのはフェイだ。教わるまではなんとなくで魔術を使っていたものだ。
「闘技大会での練度、かなりのものでした。やはりマコトさんは素晴らしい魔術師ですよ」
「ん。マコト君は努力してる」
ルマルとミトナが言う。
褒められるとくすぐったくなるな。顔がにやけそうになるのを俺は何とか戒めた。
さすがに、別の世界から来たっていうのは言えなかったな。
まあ、言っても信じないだろうし。混乱させるだけだからいいか。
それにしても、魔法禁止かあ。<やみのかいな>や<まぼろしのたて>とか使い勝手がいい魔法も多いんだけどな。だけど病気の予防のようなものだと思うことにしておこう。
俺のスキルについていろいろ話しているとルマル商店の扉がノックされた。入ってきたのはコクヨウとハクエイの二人。その二人の後ろに、もう一人いるのが見えた。
「ルマル様。案内人を連れてまいりました」
入ってきたのは、ぼさぼさの髪、よれよれの服を着た男性だった。俺より年上、大体三十歳くらいだろう。無精ひげが生え、身なりには気を使ってない感じだが、立ち方を見ればけっこう身体を鍛えているのが分かる。
男はそろっている俺たちを見渡すと、困ったように頭を掻いた。
「あー……。自分、モウィラーって言います。魔物生態学の研究員やってます。ヨロシク」
魔物生態学?
研究員?
「俺がお願いしたの、案内人だったんだけど……?」
「あ、古代神殿の案内もやってるんです。よくフィールドワークで行くから、入り口までなら案内できます。ほら、研究ってお金かかるから、物好きな人を案内してお金もらってる仕事してるんです」
俺はルマルを見た。ルマルはうんうんと頷く。
「案内の腕は確かですよ、マコトさん」
まあ、ルマルがそう言うなら、大丈夫なんだろう……。たぶん。
自己紹介をするみんなを見ながら、俺は神殿行きに一抹の不安を感じていた。




