第123話「報酬」
俺は再び領主の館まで来ていた。目的は報酬の受け取りだ。 蟲竜の調査はいちおう達成ということで、依頼の報酬をもらいにきたのだ。ミトナは一晩寝たら意識が戻ったが、大事を取って今日は一日休養にあててもらっている。
さて、まがりなりにも領主の依頼、それなりの報酬が期待できるはずだ。
領主オーロウの執務室に入ると、そこにはオーロウとハイロンが待っていた。俺が入室するとオーロウが椅子から立ち上がる。
「まずは礼を言わせてくれ。街を守ってくれてありがとう」
オーロウが頭を下げる。再び顔を上げた時には安心した表情をしていた。ティゼッタが襲われるかどうかという状況は、領主としてはかなりのストレスだったのだろう。
「蟲竜はすべて掃討した。どうやら特異な個体となったのはあの赤い蟲竜だけだったらしい」
「それにしても、どうしてあの赤い蟲竜は普通のやつとは違ったんでしょう?」
「緑色の蟲竜は幼体ということだな。進化するために食べるのだ」
もしティゼッタの街が赤い蟲竜に襲われていたなら、さらに進化したことも考えられる。
「まあ、一番驚きだったのはあの赤い蟲竜が空を飛んだことだな。どの蟲竜もああやって飛ぶなら、石壁以外の防衛方法を考えねばなるまい」
領主オーロウがため息を吐く。このティゼッタの街の歴史は、蟲竜との戦いにある。これからもそうなのだろう。
「さて、依頼の報酬を渡そう」
領主オーロウの合図で、ハイロンが黒色の革袋を俺に手渡した。意外と小ぶりな革袋に、俺の顔が怪訝なものになる。
中を見てみると、銀シームや銅シームでなく、金色の貨幣がそれなりに入っているのがわかった。
「依頼報酬として五万シームだ。あとは古代神殿への進入許可だったな」
オーロウが差し出した巻物を受け取る。どうやらこれが進入許可証らしい。ありがたくもらっておく。
古代神殿で古代の剣のことやゴーレムのことが何かわかればいいんだけどな。
「ところで、だ」
領主オーロウが椅子に腰かける。両手を組むと、こちらに向かって意味ありげな視線を向けてくる。
これはあれだな、先手を打っておこう。
「仕官の話なら、つつしんでお断りさせていただきます」
「そうか……。残念だな」
こちらが先手を打ったことで、領主オーロウはタイミングを失ったようだ。おや、といった顔をしたが、取り立てて何も言わない。
案外あっさり引き下がったな。まあ、面倒がなくていいけど。
「冒険者は冒険をするのが本分か……。何かあればまた助力を頼むとしよう、依頼でな」
領主はそう言うと、にやりと笑って俺を見送った。
俺は一路ルマル商店を目指した。
古代神殿への進入許可証は手に入れたのだから、あとはそこへ行くだけだ。だが、情報がない。どこにあってどんなところなのか、少しでもわかっておかないと準備もできない。困ったときはルマルを頼るに限る。
「古代神殿ですか?」
「そうだ。何か知ってないか?」
「知っていることと言えば、霊峰コォールにあることくらいでしょうか」
ルマルは困り眉で俺に言う。
それなら、と古代神殿を案内できる人がいないか聞いてみることにした。ルマルが言うには案内人の知り合いは何人かいるらしいのだが、古代神殿への案内ができる人材となるとそれなりに限られるようだ。
霊峰コォールは雪に覆われた険しい山であり、天気が悪い時には吹雪で周りが見えなくなるほどだ。まず古代神殿への入り口に辿り着くまでに一苦労だと言う。遭難せず、かつ安全に行くためには案内人は必要だろう。
幸い領主からもらった報酬がある。これを使えばたいていの案内人は雇うことができるだろう。
すぐに手配してもらうようにルマルにお願いしておいた。数日中には連絡できるだろう。
「それでですね、マコトさん。お金の話です」
「支払いならコレでするって言ったけど?」
俺が黒い革袋を揺らすと、ルマルは否定するように首を左右に振った。
「ティネドットから巻き上げた件ですよ」
すっかり忘れていた。
赤蟲竜のことがあってゴタゴタしていたからなあ。そういえばルマルに全部一任したんだった。
さすが商人。言わなけりゃ気付かなかっただろうに、お金のことはしっかりしているな。
「そういえば、どうなったんだっけ?」
「ええ。ティネドット商会の秘宝をちょっといただきましてね」
ニヤリと黒い笑みをするルマル。秘宝ってなんだよ。どういう手管を使えばそんなもんが表に出て来るんだ。うわあ、うっとうしいやつだったけどティネドットには同情する。ルマルは絶対敵にまわしたくない。
「まあ、言ってみれば巨大な宝石なのですが、普通の商店では換金できませんで」
「確かにな。宝石とか持っててもどうしようもないしな」
俺の言葉にルマルが不思議そうな顔をする。
「冒険者の方ならご存じかと思いましたが。お金を宝石に換えるのはよくされていることですよ?」
「へ? そうなの?」
「ええ。考えてみてください。五万シームでもその重さになるのですよ」
確かに、金貨の革袋はずっしりとした重みを伝えてきている。このままお金を貯めるとして、増えれば増えるほど重量も増えるわけだ。
「お金を大量に持ち歩く代わりに、どこでも換金できる価値のあるものと換えておくことは冒険者の常識です。ただ、冒険者の方は、お金が入ると貯めるよりそのお金で買える最高の装備に切り替えて使い切る方も多いですけどね」
なるほどなあ。
冒険者は戦闘力が命の職業だ。危険な場所の探索・調査や危険な魔物の討伐などの仕事が多い。お金を持っていても命あっての物種だ。上等な装備に切り替えておくほうが、ひいては自分のためになる。
俺はどうだろう?
ケイブドラゴンの革防具に、おなじくブーツ。霊樹の棒に、いまはマナストーン扱いになっているゴーレムの核。これ以上の装備に切り替えってなかなか見つからないしなあ。
あ、でもちょっと革防具がぼろぼろになってきたからミトナに補修してもらわないとな。
「それで、今回はすぐに冬竜祭のオークションに出品して換金いたしました」
「なるほど! それで、いくらになったんだ?」
「ええ、ほんの百三十万シームですね。首都で屋敷が買えますよ」
桁が違う! なんだその金額は!
ルマルがしれっと言った金額は予想以上だった。しかし、さすがにその金額を持ち歩くわけにはいかない。重すぎる。
一瞬でかくて重い宝箱を引きずって旅をする自分の姿を幻視する。
「どうすりゃいいんだ、そんな金額」
「よろしければ、ルマル商店でお預かりしましょうか。連絡いただければいつでもお渡しできますし、マコトさんは冒険者なので必要な物があればそこから用意させていただくこともできます」
俺は迷う。一種の投資。株を買うようなものだろう。預けていたとしても、ルマル商店が破産してしまえば渡してもらえなくなる。
だが、もともとを考えてみればルマルがいなければこのお金も手に入れることができなかったわけだ。それだったらお願いしてもいいかな。
それに、商店とつなぎをつくることは悪くないように思える。ハスマル氏とのつながりがあることを考えれば、ベルランテまでの商業ルートも確保できていると考えられる。
「じゃあ、ルマルにお願いするよ。減らないようにするなら、うまく使ってくれていいから」
「ええ。いつでも連絡ください。これからもルマル商店をよろしくお願いしますね」
満面の笑みのルマルと俺は、がっちりと握手した。
さて、あとは案内人からの連絡を待つだけだな。




