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第121話「ブレイドマスター」

 赤蟲竜の巨体が、真っ二つに千切れた。マナの(はね)が抜け落ちるように宙に散った。


「…………え?」


 一体、何が?


 俺の脳内が疑問符で埋まる。一瞬身体の痛みも忘れた。

 

 

 あれだけ苦労した硬い甲殻を断ち割り、縦に斬線が入る。

 ずず、と断ち割られた身体がずれ、堀に落ちた。水しぶきが上がり、すぐに水底へと沈んでいく。


 ティゼッタの街を守る石壁の上には、細身の人影が立っていた。薄桃色の長い髪の毛や、身体のラインから女性だとわかる。

 身体に密着するライダージャケットのような服に、黒塗りの胸当てを着けている。腰回りに二重に巻かれたベルトには、投げナイフなどの武器が収められているのが見えた。それだけにおさまらず、太ももをカバーするように薄い防具がつけられている。

 肝心の顔は、真っ白な仮面で隠されて見えない。右手に短剣、左手に長剣を携えたまま、石壁の上に佇んでいた。

  


 おおおおおおおおおおおっ!!!


 空気を揺るがすような叫び声が、門の向こう側から聞こえた。ティゼッタの街の中からだ。

 門がかなりの速度で下ろされた。そのまま橋になる。

 完全に開かれた門の向こう側には、しっかりと武装した兵士たちが整然と並んでいた。手に槍や剣を持ち、士気は高い。街を守るための警備兵か、領主を守るための近衛兵か。先ほどの叫び声は彼らの(とき)の声だと俺は気付いた。

 その兵たちの先頭に、領主オーロウの姿があった。鎧を着込み、年季の入った剣を持つ指揮官姿は気負うところなく様になっている。


「行け! 街を守るため、ここから打って出よ!!」


 領主オーロウの裂帛(れっぱく)の気合が兵士たちを鼓舞する。突きあげられた剣に従うように、兵たちが突撃を開始した。列を保ったまま一斉に突き進み、魔術師たちの場所を越えて蟲竜へと突撃していく。

 疲弊し、負傷した蟲狩り部隊と合流。手当が必要な兵は後方に送りながら、蟲竜と槍や剣を交えていく。

 蟲竜たちが目に見えて怯んだ。もう逃げ出すのを抑える赤蟲竜はいない。石壁の外、森へと逃亡しようとし始める。

 それを見た領主オーロウが大音声で指示を出す。


「逃すなッ! 逃せばまた飛ぶやもしれん、かならず殲滅せよ!」

「オオッ!!」


 蟲竜が倒れる音を聞きながら、俺は痛む身体を無理矢理起こした。このままここで倒れていると、蟲竜が逃げるコースにぶつかる可能性がある。

 負傷したミトナとハイロンとともに、安全なところに避難しておかなければならない。もちろんアルドラもだ。


「くそっ……! ミトナ、無茶しやがって……!」


 呻く。自分の痛みよりはるかに、胸が苦しい。

 仰向けで倒れているミトナには、赤い色が多い。至近距離で爆発した甲殻が、細かな破片となって刺さっているのだ。クーちゃんが先に倒れているミトナに駆け寄り、心配そうに様子を窺っている。クーちゃんが回復してくれないものかと一瞬思考するが、その様子はない。やはり俺が行くしかないな。

 なんとか傍に辿り着く。息はまだある。気絶しているだけだ。良かった。見る限り大きな破片は刺さっていない。これなら回復魔術でいける。


「マコト!」

「……フェイか」

「マコトもミトナもボロボロじゃない! それに……」


 フェイが飲み込んだ言葉はわかった。俺の腕は普通のサイズにまで戻っていたが、影はかろうじて形を保っている程度で、今にもちぎれそうなほど薄い部分もある。あまり見た目はいいものじゃない。

 <やみのかいな>を解除すれば、いったい生身の腕はどうなっているのか。痛みをあまり感じない分、このままにしておいたほうがいいだろう。

 それより、今はミトナだ。

 フェイがミトナを抱き起こす。心配そうに見るフェイが言う。


「ミトナ……。すぐに医者のところに連れて行かないと危ないわね」

「そのまま支えててくれ。――――<治癒の秘跡(サクラメント)>」



 全力でマナを練り、魔術を起動する。魔法陣が割れると同時に、温かな光がミトナの身体を包む。フェイの身体が強張るのがわかった。


「大丈夫だ、細かい破片が多く刺さっているから、傷が多いだけ。何とかなる」

「…………そう」


 ミトナの傷が再生すると同時に、破片が盛り上がった肉に押し出されて落ちていく。回復させすぎると、その分体力を消耗させてしまう。回復のさじ加減をしながら、俺は<治癒の秘跡(サクラメント)>を解除した。

 もう、大丈夫だ。


 そこにハイロンがマカゲの肩を借りて寄ってきた。


「ここもじきに危なくなる。逃走にうつった蟲竜が来るからな」

「マカゲ! ハイロンも無事か」

「ああ、見た目通り頑丈なものでな」


 あちこちから血を流しながら、腕はぶらんと下げている。かなり重傷に見えるが、こうして歩けることが驚異的だ。ハイロンも至近距離から甲殻の飛礫を喰らったのは変わりない。

 やっぱ竜系は頑丈だな。


「マコト殿。とりあえずここから避難したほうがいい」

「ハイロン、傷を癒すからアルドラのところまで運んでくれないか」


 ハイロンが頷いた。

 俺はハイロンの傷も<治癒の秘跡(サクラメント)>で回復させる。撤退するには不測の事態にも備えて護衛してくれる人が必要だ。ハイロンを回復させておくことには意味がある。

 俺も肩を貸してもらい、アルドラのもとへと連れて行ってもらう。

 アルドラの傷も癒すと、もう身体を動かすのもきついくらいだるくなってくる。なんとか鞍に乗ると、ミトナの身体もアルドラに乗せる。

 蟲竜と戦う兵たちがぶつかり合う音が聞こえる。

 俺達は何とか大回りで街に近い安全な場所に辿り着く。兵たちを越えて、橋から街へと入ると、安堵の息が思わず漏れた。

 即座にハイロンが戦場へと戻っていったのにはおいおいと思ったが。領主の息子となればそんなものなのだろう。


 どうにかルマル商店に戻ることができた俺は、すぐに自分の傷を回復させる。腕の影もつながっていき、しっかりとしたものに戻る。そこでようやく<やみのかいな>を解除したが、生身の腕に異常はない。ほっとすると同時、眠気を伴う虚脱感が身体を襲う。まだ我慢だ。まだ寝るわけにはいかない。

 ミトナを部屋に寝かせてきたフェイが、階段を下りて来る。


「大丈夫みたいね。一応ざっと見たけど、命にかかわるような傷はないわ」


 そう言うフェイもいくつかの傷を作っている。腕に包帯が巻かれているのが見えた。マカゲも刀を壁に立てかけ、傍の壁にもたれるようにして立っていた。クーちゃんは俺が火を入れたストーブの前で丸くなっていた。


「それにしても、一撃で真っ二つとか、あれは何だったんだ……」


 あの迎撃のおかげで、街が大参事になることは防がれた。それはうれしいことなんだが、一体どこの誰がというのは気になる。

 赤蟲竜の甲殻は魔術を防ぎ、なまなかの攻撃は通さないほどの硬さを誇る。それをああも簡単に両断してみせるとは、俺の知らない魔術なのだろうか。もしくは、何か種族的な特性か。


「あれは――――剣聖だ」


 マカゲが腕を組みながら、思案気に呟いた。


 剣聖? 剣聖って言ったか、今。


「いや、でも剣聖って〝ガラハッド”とか言う名前じゃんなかったか!? あれ、どう見ても女だったぞ」


 背の高さから考えれば、女の子の可能性すらある。


「〝ガラハッド”というのは剣聖の屋号のようなもので、剣聖の称号を与えられた時から、〝ガラハッド”という家名を与えられるそうだ」


 マカゲの説明にへえ、とフェイが興味を持ったような声を出す。

 わざわざ家名を与えて国の所属として縛っているのだ。剣聖は一剣士としての力以上のものを持っているのかもしれない。魔術師もある意味人間兵器だし、魔物の存在も含めてこの世界は規格外が多いなホント。



「ねえ、マコト。あんたに聞きたいことがあるわ」


 その声が、いつもと違う。真剣みを帯びた声音に、なんだか座り心地が悪くなる。

 フェイ自身もそれを口に出すか迷っているようだった。だが、意を決した。まっすぐに俺を見る。


「マコトの使ってる魔術は、本当に〝魔術”なの? 本当に、マコトの【天恵(ギフト)】は魔術を覚えるものなの?」


「それは……」


 ――――言って、いいのか?


 言葉を続けられない。

 俺の使っているものは魔術じゃない。【魔術】と【魔法】を合成させたものだ。そもそも【魔法】というものを、俺はうまく説明できる気がしない。

 それに、言っていいのか、言ってはいけないのか、俺にはわからない。フェイは信用できると思うが、それでも躊躇われる。


 何て、言えばいいんだ。

 魔物が使える魔術も、覚えられますって?


 ――――〝マコト君は……、変になってる。”


 ミトナの声が脳裏で再生される。

 開いた口は、何も言わないまま閉じるしかなかった。




 沈黙を破ったのは、ルマル商店の扉が開く音だった。クーちゃんが慌てて俺の方に走ってくる。


「マコトっていうひとは、ここにいるのかな?」


 声に即座に反応したのはマカゲだった。壁に立てかけてあった刀の鞘を掴むと、流れるような動作で鯉口を切る。

 その動きが凍り付いたように止まった。


「……うん。そうだね。ぬかなくてよかった。ぬいてたらきってた」


 薄桃色のストレートヘア―が、傾げた首に従って揺れる。かわいい系のお嬢様のような顔だちにふさわしく、まるで友達の家に遊びにきたような雰囲気だった。


「あ、市場の時の……」


 俺の言葉が途中で止まる。確かに顔はお嬢様。ただし、着ているのが黒のライダースーツと胸当て鎧――剣聖の装備でなければ、だ。

 ゆっくりとお嬢様が店内に入ってくる。今更ながらに、俺はお嬢様から吹き付ける威圧感に気付いた。身体が勝手に強張る。逃げなければ、という焦燥感と、動いたら死ぬという直観が身体を縛り付ける。


 なんだこりゃ……。


 ライオンや虎、熊、そういった捕食するモノを目の前にしたときのような圧迫感。目の前にいるのは、ひとつの力だ。


 剣聖のお嬢様がにこっと笑顔を見せたとたん、圧迫感が消える。



「ぼくはエリザベータ。おねがいがあってきたんだ」

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