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第120話「退けない戦い」

ゆっくり進行です。気長におつきあい頂ければ助かります。

 ――――私が、倒す。

 赤蟲竜は強い。それは技術的な差ではなく、種族的な差だ。勝てる要素は限りなく少ない。十回やって十回負けるビジョンしか浮かばない。


 それでも行く必要があった。これ以上、マコトに戦わせることはミトナには認められない。マコトの成長は空恐ろしいほどの速度だ。その速度のまま成長していけば、〝何”になってしまうのか。ミトナはそんなことを考えて怖くなったのだ。

 だから、これ以上マコトに戦わせることはできない。


 ミトナはバトルハンマーの柄を強く握り直した。ともすれば冷や汗で滑りそうになるのを、なんとかこらえる。

 赤蟲竜はいまや、殺気を放ちながらそこに存在していた。マコトによって多大なダメージを与えられ、近付くものを排除する構えを見せている。

 アルドラが急激に進路を変える。一瞬前の場所に大鎌が突き刺さる。

 ぞっとする。思ったより射程が長い。アルドラに乗ることができたのは運がいい。アルドラの背に伏せるようにして、できるだけ身体を密着させる。意図を読んだのか、アルドラの速度が上がった。


「ギイイイイイッ!!」


 ズドッ、と鈍い音は、圧縮音波砲が空間を叩く音か。ミトナとアルドラはかろうじて回避に成功していた。砲撃は指向性のため、身体をすり抜けるように反対側に抜ければ被弾しない。


「い――――けっ!!」


 胸部に思いっきりバトルハンマーを叩きつける。アルドラの勢いも追加された一撃を見舞う。胸部甲殻にへこみを残すが、まだ足りない。

 アルドラがすぐさま地を蹴り、高速で旋回しながら回避に入る。振り抜かれた赤蟲竜の大鎌が、慌てて頭を下げたミトナの髪を斬って飛ばした。

 風切音がミトナのすぐそばをかすめる。大鎌のぎざぎざが視認できるほどの距離。ミトナの背筋が凍る。


 ミトナはまさに綱渡り状態となっていた。一瞬の選択ミスが死を招く。

 中途半端な一撃は意味がない。ミトナは膂力だけに頼らず、力の流れを意識してバトルハンマーを振るう。

 ハイロンは竜の獣人だから強いのではない。竜の獣人としての強大な膂力を、武術という技術で使いこなすから強いのだ。

 だから、ミトナはバトルハンマーを振るう。より速く。より鋭く。筋肉の動きを、身体を通る力を意識して。


 だが、いつまでも集中し続けることはできない。一瞬の気の弛みを赤蟲竜は逃さなかった。アルドラの方向転換を狙って大鎌を振るう。ミトナがハンマーの打面で受けるが、勢いを殺し切ることはとうていできない。鞍から転げ落ちた。


「あぐッ!?」


 叩きつけられた肺から、無理矢理息が絞り出される。赤蟲竜は大鎌と砲身をちらつかせ、逃げ道をふさいでから、胸部を思いっきり膨らませた。


 アルドラがミトナの身代わりとなって炸裂音波を受けた。

 おかげでミトナにダメージはなかったが、アルドラはボールのように身体を跳ね飛ばされた。強制的に戦線離脱。倒れた位置から動かない。

 喉が干上がる。死んでいないだろうか。それを考えると動きが鈍る。ミトナは無理矢理心を殺して赤蟲竜に相対した。

 アルドラという高速移動手段を失った今、ミトナは赤蟲竜に張り付くようにして位置取りをしていた。〝獣化”の速度に任せて、身体を振り回す。体中を巡るマナはミトナの身体を強化し、その膂力を上げている。その力は、赤蟲竜の力に抗い、腕を弾き飛ばすほど。

 だが、ミトナの顔は晴れない。制限時間付きなのだ。筋肉が、骨が、ぎしぎしと負荷を受けているのが分かる。


 赤蟲竜の甲殻もヒビが入り、へこみや傷が多い。胸部の副腕は砕かれ、装甲が薄くなっている。向こうも無傷ではない。

 バトルハンマーを手の中で回し、尖った面を打面にスイッチする。さっきからの攻撃から推測するに、面の打撃より点の打撃の方が効果が高そうだとミトナは判断した。


 ――――まだ。まだいける。


 ミトナは歯を食いしばり、赤蟲竜へと躍り掛かっていった。





 どれくらい殴り倒しただろうか。蟲竜(ヴェフラ)の数が目に見えて減ってきたことに、ハイロンは気付いた。戦況が変わってきている。

 相変わらず蟲竜は狂ったように暴れ、それを止めるために蟲狩り隊や冒険者が命がけの突撃を敢行している。そんな中、逃走をしはじめた蟲竜が出てきているのだ。街に向かう蟲竜は魔術師隊が火力で殲滅、森に逃げる蟲竜は今は追わない。

 蟲竜を追い立て、尖兵扱いをしていた赤蟲竜の動きはハイロンも掴んでいた。自分が出ることでこの後の戦いが厳しくなることも。


「だが、指をくわえて見ているわけにはいかぬ!」


 ハイロンは吠えると手近にいた蟲竜の大鎌を砕き、関節部を<りゅうのいかづち>で連続破壊。あとは任せて次へ跳ぶ。

 ハイロンの頭部には、金色に光る角が生えていた。竜の獣人の固有能力で、<りゅうのいかづち>の威力を強化するものだ。力をうまく御し、強大な一撃を味方に被害が出ぬように使う。まさにそれは、一流の武芸者の技術だ。


「ハイロン!」

「ぬ……!」


 呼び声に振り向けば、そこにフェイが居た。ハイロンは驚きに目を見張る。この混戦の中、魔術師がここまで来るとは、自殺願望でもあるのか。


「ここは危険だ、陣まで戻れ!」

「マコトが赤蟲竜を止めるために飛び出したのよ」

「……ッ! 無茶を!」


 フェイはイライラしたように強い口調でハイロンに言葉を叩きつける。


「魔術のような遠距離攻撃を見た!? あの赤蟲竜、進化してるわ!」

「遠距離……、そうか!」


 ハイロンはそこで投石器が爆散した理由を理解する。それ以降遠距離攻撃が届いていないということは、マコトが一人で止めているのだ。


「今止めないとダメ! 魔物のことはそんなに詳しくないけど、魔術のことならわかる」


 フェイはそこで言葉を切った。真剣な表情は、焦りも含んでいる。


「あの赤蟲竜、マナの使い方を進化させてきてる。これ以上はまずいことになるわよ」


 ハイロンはどうまずいのかは聞く余裕はなかった。蟲竜は未だ猛威を振るっており、ハイロンが抜ければ連携も立ち行かなくなる。今、動けないのだ。

 凍り付きそうになる身体を、蟲狩り隊のおっさんが叩いた。


「若! 行ってくだせえ! これしき、持ちこたえてみせまさァ!」

「そうですよ! これくらい、乗り越えてみせます!」

「蟲竜のことなら、オレたちが一番詳しいスからね!!」


 迷いは数瞬。ハイロンは心を決めた。


「――――頼む!」


 <りゅうのいかづち>の小爆発による加速。ハイロンは混戦のはるか上を行く。跳躍するハイロンの目は、傷ついた赤蟲竜とそれを辛くも引き留め続けるミトナへと向けられていた。


 フェイは、マコトを見ていた。マコトは全身ぼろぼろになりながらも、目は赤蟲竜へと――――否、ミトナへと向けられている。

 先ほどの不安定な状態もフェイは捉えている。いくつかの推測がフェイの頭の中にはあった。だが、今はマコトにそのことを問い詰めている暇はない。

 もっと早く聞き出しておけばよかった。

 そう思いながら、フェイは唇を噛む。


「行くわよ! マカゲ!」


 フェイはそう叫ぶと、魔術ゴーレムにしがみつき、そのまま進ませる。フェイが自分で走るより速いのだ。

 マカゲがすぐさまフェイに追いつく。〝獣化”したマカゲなら、かなりの速度を叩きだすことができる。


 赤蟲竜の下へ。




 死のダンスの終わりは呆気なくやってきた。

 ミトナの頭のすぐそばを大鎌がかすめる。ハンマー攻撃後の隙を突かれたミトナは、回避行動を取るのが少し遅れた。ギリギリで間に合った即死の回避に肝が冷える。

 赤蟲竜は大鎌を突きこんだ後、すぐに引き戻した。硬い甲殻によるギザギザの部分が、ミトナの肩口を抉った。ミトナの右肩に激痛が走る。ぱっと血の花が咲く。削られる勢いに負けてミトナは前につんのめった。

 痛みよりも、攻撃が続けられないことに歯噛みする。この痛みなら、もってあと一回か二回が限界だろう。


 ミトナは熱い息を口の端から細く吐いた。

 腕が千切れてもいい、ここは――――叩く!

 退けば死ぬ。その予感はある。


「あああッ!!」


 ミトナは、赤蟲竜の脚の甲殻のヒビ。(もろ)くなっている箇所にピンポイントで打撃した。尖った一点が、余すことなく威力を伝え、脚をぶち抜いてへし折る。赤蟲竜の巨体が、がくんと落ちた。

 だが、赤蟲竜は耐えた。崩れる体勢を無視して、再度の攻撃を繰り出そうとした。


「おおおおおおうッ!!」


 それを、空中からの雷撃が阻む。ハイロンだ。跳躍の勢いそのままに、跳び蹴りの姿勢のまま高速落下する。

 赤蟲竜は左腕の砲身を向けた。マナの光が漏れる砲塔は、すでに圧縮音波砲のチャージが終了している。


 ミトナが動いた。腕が千切れそうなほどの痛みを精神力で抑える。

 狙いは一点。ここにしか勝機はない。


「――――っ!!」


 振るった。

 バトルハンマーの尖った部分が、砲口を塞ぐようにめり込んだ。


 内側から甲殻が風船のように膨れあがった。解放されなかった圧縮砲の威力は、赤蟲竜の腕の中で存分に発揮される。甲殻が内側からの圧力に耐え切れず、爆発を起こした。

 飛び散る破片がミトナに突き刺さる。ハイロンにも突き刺さるが、無視した。

 ハイロンの足刀が胸部に激突した。つま先が貫通し、即座に大電流を流し込む。


 ギイイイイイイイイイイイイッ!!


 赤蟲竜が苦悶の声をあげる。ハイロンを振り払う。地面に叩きつけるハイロンから逃げるように、赤蟲竜は腹部から薄い翅を展開した。マナで創られた翅は、薄青く燐光を放っている。

 赤蟲竜が飛ぶ。よろよろとした動きだが、高度はある。蟲竜たちの混戦の頭上を越えて、ティゼッタの街へ向かっていく。


 ハイロンのみならず、蟲狩り部隊の背筋が凍った。

 空を飛ばれては、街を囲む堀も、石壁も意味がない。手負いとはいえ赤蟲竜が街に乗り込めば、どれほどの大参事が引き起こされるか。


「う、撃て! 撃ち落とせ!!」


 魔術師隊が動く。撃てる者は空中の赤蟲竜に向けて火炎魔術を放つ。だが、その勢いは弱弱しい。


「何やってんだ! こんなときの魔術師じゃねえのかよ!!」

「やってんだよ!! マナが……!」


 マナ切れだ。長時間に及ぶ蟲竜との混戦が、魔術師のマナ切れを引き起こしていた。持てるマナをかき集めて魔術を撃つが、赤蟲竜を墜とすことができない。

 投棘機(バスター)の弦が弾け、動きを封じる縄付き矢が射かけられた。だが、空中で不規則な軌跡を描く赤蟲竜には命中しない。


 赤蟲竜がティゼッタの外壁の上に、辿り着いた。






 その瞬間、赤蟲竜の巨体が、真っ二つに千切れた。

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