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第119話「身勝手の代償」

 赤蟲竜の複眼が俺を見ている。その目に俺はどんな風に見えているのか。

 時間はあまりかけられない。俺の後ろではいまだ蟲狩り隊と蟲竜(ヴェフラ)の一進一退の攻防となっているのだ。

 ざり、と地面を削る音がする。


 中距離を維持しろ。

 接近しすぎると副腕のパンチをもらう。遠すぎると砲撃を喰らう。大鎌の攻撃が届くが、それは回避できる。俺の黒炎の腕が届く距離じゃないが、構わない。


 ――――この距離から、魔術で仕留める。


「<氷刃(アイスエッジ)>」


 初手は氷の短剣。炎も雷もそれなりに形を整えられるが、氷の魔術はその中でも群を抜く。刃を形成し、強度と切れ味と造形を成立させるのは氷の魔術しかないのだ。ほかの魔術では、粘土でこねたようなおおざっぱな形になってしまうか、形成に時間がかかる。


 魔法陣が割れる。射出された氷の短剣は全部で六。射出タイミングをずらし、副腕の誘発を狙う。


 ゴパァン! という破裂音。短い溜め時間で赤蟲竜の口から放たれた炸裂音波が、氷の短剣を吹き散らす。

 俺は舌打ちした。こいつ、選んで技を使ってやがる。


 赤蟲竜の動きは鈍い。大鎌の振りや、上半身の動きは素早いが、移動に難がある。脚が一本折れているからだ。俺は円を描くように赤蟲竜の周りを動く。


「高みの見物のツケだな……!」


 後方で蟲竜を操っていたために、赤蟲竜は一匹だ。誰も周りにいなければ、規模の大きな魔術も使い放題。

 俺はマナが巡るのを感じていた。【集中(コンセントレーション)】は俺の思い通りに魔術を紡いでいく。

 

「<拘束(バインド)>、<火槍(ファイアパイク)>――――<豪雷(ライトニングボルト)>!!」


 膨れ上がる呪いの(もや)が拘束狙いで脚を捕らえ、そこに貫通属性の火炎魔術をぶち込む。トドメに<「雷」中級>+<りゅうのいかづち>を腹部に叩きつけるように撃った。


「ギイイイイイイイっ!!」


 赤蟲竜は鳴き声を上げ、<火槍>と<轟雷>をまとめて吹き飛ばした。圧縮音波砲撃の方が、密度が高い。俺はたて続けに魔術を起動。執拗に脚を狙う。


(アルドラ……!)


 届いているかわからないが、アルドラに思念を飛ばす。まだその背中にはミトナとクーちゃんを乗せているはずだ。その一撃は、ここぞというタイミングで使わなければならない。


 もはや<空間把握(エリアコントロール)>のリソースは赤蟲竜に当てられている。

 赤蟲竜の身体の動き、周囲の空気。そういったものを全て、あまさず、認識し続ける。

 大鎌を避け、砲撃を回避し、炸裂音波を魔術と黒炎の腕で防御する。

 魔術を起動し、咆哮を放ち、一瞬の隙を突いて接近――――副腕が即座に迎撃。慌てて俺は距離を取る。


 息のできないようなやり取りの中、俺は笑っていた。


「ひひ……ッ!」


 ああ――――楽しい。

 

 息もできないような【集中】状態の中、身体は動く。

 生み出した氷の槍を掴んで投擲。<拘束>+<りゅうのいかづち>の<雷の拘束(バインドヴォルト)>を掴んで捻り、振り回して脚を狙う。同時に起動した<火槍(ファイアパイク)>と<雷槍(ライトニングパイク)>をまとめて投げつける。


 高揚する気持ちが、身体を突き動かす。

 俺は赤蟲竜に向かって跳躍した。嘲笑する気配を感じる。空中では副腕の打撃を避けられない。

 そうだろう? ここは撃つしかないだろう?


「<轟雷(ライトニングボルト)――――戦斧(アックス)>!」


 <豪雷>を、〝(つか)む”。

 暴れる雷撃を、無理矢理握って圧縮する。手のひらに完全に収まりきらない、不安定なエネルギーの塊が、右手の中に。それを、撃ち出された副腕に――――叩きつけた。

 閃光。直後に生じた爆発。俺の身体が爆発の圧力に耐え切れず飛ばされる。

 だが、成果は出た。赤蟲竜の副腕はひしゃげ、使い物にならなくなっている。


 ギアオオオオオオオッ!


 赤蟲竜が吼えた。怒り、苦しみ、敵意、殺意。そういったドス黒く(ほとばし)る感情を感じる。

 いい感情が乗ってるじゃないか。それだけハッキリしてると、どこを狙うのかもわかりやすいけどな。


 俺は更に、何度も攻撃を繰り返す。だが、なかなか通らない。やはり硬いのだ。重量差の問題もある。


 足りない。

 黒炎の腕が、存在を主張するように揺らいだ。

 足りないのなら、増やせばいいんじゃないか?


 魔術は、自由だ。両腕と、尻尾も含めて〝魔獣の腕”化が可能なんじゃないか?

 思いついた考えはとても楽しそうで、俺は思わず笑った。

 俺の意志に反応して、腕の炎が揺らぎを増す。ドス黒い何かのオーラを放ちながら、形を変えようとしていく。



「――――だめ! それ以上はだめだよ」


 いきなり目の前をふさいだのは、アルドラに乗ったミトナだった。俺はハッとしてミトナの顔を見た。

 クーちゃんがアルドラの頭から飛び降り、俺の背後に隠れた。ミトナはアルドラの鞍上から、俺を見る。

 胸の中に去来した思いは、苛立ちだ。


「危ないから、そこどけ」

「どかない。マコト君は……変になってる」


 ミトナは言いよどんだ。的確な言葉を探したようだったが、見つからなかったらしい。

 ミトナの言うことは意味がわからない。今は赤蟲竜を倒すことが先決じゃないのか。俺の苛立ちは増した。今、いいところだったのに邪魔をされたからだという心の奥の小さな囁きは、聞こえないふりをした。

 早く倒さないと、後ろで戦ってる人たちや、街が危ないから。そのために力が必要だから。

 あのままなら、もっと、もっともっと力を手に入れていたかもしれないのに。そうすれば、赤蟲竜など、相手にもならないのに。


「それ以上、マコト君は戦っちゃだめ」

「おい、それじゃヤツはどうするんだよ」


 出した声は険を含んだものになった。ミトナは気にしない。俺から視線を外し、顔を赤蟲竜の方に向ける。


「――ん。赤蟲竜は、私が倒すから」


 まるでパンを買いに行くかのような気軽さで、ミトナは言った。

 ぽかん、と俺は呆気にとられる。口も開いてるかもしれない。

 誰が? ミトナが? そりゃ、無理ってもんだろう。

 硬い甲殻、俊敏かつ高威力の大鎌、遠距離砲撃、炸裂音波は耳の良いミトナにとっては致命的な攻撃だ。やれるわけがない。


「絶対無理だ。俺が――――!」


 言えたのはそこまでだった。

 赤蟲竜の砲撃がアルドラとミトナを狙って放たれる。アルドラが一瞬早く察知して回避。俺の眼前の地面が衝撃で掘り返される。俺の身体もあおりを食って転がった。

 視界に見えるのは決然とした表情のミトナが、アルドラを駆って突き進む光景。


「戻れ! アルドラ! 戻るんだ!」


(……主、すまない。拒否する)


 なんでだ。

 今度こそ愕然とする。アルドラは俺の命令を聞くはずじゃないのか?


(……今の主では、戦えない)


 馬鹿なことを。そう思念を叩きつけかけて、俺は動きを止めた。

 黒炎の腕は、避けきれなかった大鎌の攻撃や砲撃のガードで、いまや千切れそうな有様になっていた。生身の部分も痛む。肋骨が折れているのか、息をするだけで激痛が走る。自覚すると痛みはさらに強くなった。ところどころ革防具も破れ、(にじ)んでいるのは血だ。


 なんだこれ。

 満身創痍もいいところだ。俺は、一体何を。

 強すぎる【集中】が痛みを感じさせなくしたのか、それとも――――。


「くっ……。ミトナ……!」


 叫んだつもりが、嗄れたような声しか出なかった。

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