第118話「砲撃」
いきなりの事態に、頭がついていかない。
「なっ、なんだ!? 蟲竜が!」
逃げようとした蟲竜を、後ろから赤蟲竜が追い立てていた。
撃退したはずの蟲竜が、再び反転してこちらに向かってくる。動きが止まりかけていた蟲竜たちが、再び怒涛の勢いで押し寄せる。
咆哮が聞こえた。
犬獣人の戦士が、恐怖を打ち消すために全力で吼える。その声をきっかけとして、前衛が一斉に突撃した。
身軽な軽戦士たちが前に出て蟲竜に接近する。蟲竜は反射的に大鎌で攻撃。予想されていたその攻撃を軽戦士たちは避けた。
そこに全身鎧をつけた重戦士や、ワニや虎などの獣人が激突。バトルアックスや巨大なハンマー、鎖付鉄球が蟲竜を打ちすえる。重い一撃が硬い甲殻を弾き、へし折り、相手の勢いを削ぐ。
戦場はすぐに敵味方入り乱れる乱戦となった。身軽な者が相手の攻撃を誘発させ、蟲狩り隊がフックロープで足止めを行い、重い一撃を叩き込む。
「何をしてる! 速く魔術を撃てよ!」
「急かすな馬鹿! 下手に撃てば巻き込むだろうが!」
「くそおッ!」
逆に上手く動けなくなったのは魔術師隊だった。
先ほどの位置より後退し、少数の護衛と共に集まっている。距離は開いたが、味方が入り混じる混戦のため、誤射を恐れておおがかりな中級魔術が放てない。高い位置にある頭部や胴体を狙って<火弾>や<火槍>を放つが、あれもこれも意識した状態ではそうそう当たるものではない。命中させるためには、威力も、精度も、速度も必要になってくるからだ。
このままでは、押し負ける。
魔術を連続で起動する合間に、フェイが荒い息で言うのが聞こえた。
「ハイロンが……!」
戦場にハイロンが出張っていた。<りゅうのいかづち>を纏う打撃で、蟲竜に着実にダメージを与えていく。
堅牢な竜の鱗は、蟲竜の大鎌でさえ防御しうる。
危険な蟲狩り隊員を援護し、雷を投射、縦横無尽に動いて叩く。
「まずかないか……?」
「マコト君、どういうこと?」
「いや、ここで最大戦力のハイロンが出ちまって、大丈夫か」
「ん……。ハイロンさんが疲弊するのを狙ってるかも」
「まさか! ありえないわよ! 魔物にそんな知能があるわけない」
フェイはそう叫ぶと再び炎の魔術を蟲竜に叩き込む。頭部に命中させて炎上させるが、いまいち決め手にかける。質量が足りないのだ。あの甲殻を抜くためには、重さも兼ね揃えた属性攻撃をする必要がある。
それを満たすのは、ハイロンの雷を纏う武術か、あるいは【合成呪文】で属性付与した<やみのかいな>くらいなものだ。
過剰出力の魔術でも倒すことができるが、効率が悪すぎる。
赤蟲竜を倒すには、属性打撃が武術にまで昇華しているハイロンが最適だ。だが、ここでハイロンが出陣してしまえば、疲弊は免れない。
俺はごくりと唾を飲み込んだ。
どうする? やれるか?
大鎌が振るわれ、人が飛ぶ。ギザギザの鎌に引きちぎられ、血しぶきが舞う。
こうしている間も、どんどん命が散っていく。
見えない位置にあるすべてを、<空間把握>が捉えてしまう。
(……アルドラ、頼んだ)
(……御意)
「――――俺が、出る」
言うが早いか、俺は魔術師の集団から飛び出した。
「ちょ、馬鹿ッ! なんでマコトが行くのよッ!!」
背後からフェイが焦った声を出す。追いかけようとしたのだろうが、魔術の連続起動のためマナが減っている。ふらついてしゃがみ込むのがわかった。
くそ、やっぱそうだよな。
後ろは振り返らなくてもわかる。ミトナがぴったりとついてきていた。俺が飛び出すのがわかってたのか?
いまさら押し問答をしている暇はない。ミトナを信じる。
「――――<火炎の手甲>!」
<やみのかいな>を再起動。右腕が異形と化す。その威を示すように、黒炎が一度吹き上がる。
全力で前へ。前へ!
「おおおおおおおおおおおおああああああああッ!!」
蟲竜を打撃した。前方に砲弾の如き速度で突っ込み、腹部にめり込む一撃。甲殻を突き抜けて腹の中にもぐりこむ。
魔術をそのまま起動。
「<輝点爆轟>ッ!!」
火炎の柱を吹きあげる魔術が、蟲竜の体内で起動した。関節部分と口腔から炎を吹き、絶命する。
<空間把握>で見えている。俺は腕を引き抜くと、後ろから振り下ろされた大鎌を避ける。突きこまれる切っ先をさらに避ける。
ミトナが大鎌を打撃して弾き飛ばした隙に、もう一体を同じ方法で葬る。
避ける。攻撃を予測する。 戦ってる人たちの動きを読む。弾き、受け止め、貫く。魔術を撃つ。
脳が焼き切れそうになるほどフルに使って、戦場を駆ける。
ミトナのハンマーに乗って宙に跳ぶ。誰も巻き込まないことを確認して、空中から魔術。<「雷」中級>+「りゅうのいかづち」の雷撃を落とし、一撃で甲殻を爆散させる。
さらに攻撃するために宙へ。蟲竜の目を引き付ければ、それだけ地上からの攻撃もやりやすい。
ぞくり。
ものすごい悪寒を感じた。集中しすぎた思考がスローモーションになる。
赤蟲竜が俺を見ている。直感でわかる。
赤蟲竜の大鎌は、いまだに失われたままだった。だが、そこに輝く粒子が見えた。大量のマナが集まっているのがわかる。大鎌を失い、中身もこぼれ、筒状になった甲殻。その内部で<むしのね>による衝撃音波が炸裂した。広範囲に広がるはずの音波は、甲殻の中で逃げ場を求め、指向性の一撃となって射出される。
――圧縮音波砲!?
「――――ッ!」
指向性の衝撃音波は空中にあった俺の身体を狙撃した。
ぐぅ……! くそッ!
声に出して呻くことすらできない。思いっきり吹っ飛ばされて、近くにいた蟲竜に激突した。その蟲竜の甲殻にヒビが入ったのだから、どれくらいの威力があったのか推して知るべしだろう。全身が悲鳴を上げている。
「マコト君ッ!?」
「く……ハっ……。くそ、投石器を吹き飛ばしたのはコレか……ッ!」
のろのろと身を起こす俺を蟲竜の大鎌が狙う。間一髪ミトナのハンマーが阻止。
そこでいきなり俺の身体が持ち上がった。アルドラだ。俺の身体を鼻先に引っ掛け、背中へと放りあげる。ミトナもすぐに飛び乗ると、俺の身体を支える。
そこに二発目の狙撃が着弾した。アルドラが回避。後ろにいた蟲竜が巻き添えを食い、甲殻をまき散らして倒れる。
赤蟲竜のやつ、同族もおかまいなしか!
「マコト君、大丈夫!?」
「さすが、ケイブドラゴンの革……。耐性のおかげか何とか大丈夫……」
<むしのね>が魔法攻撃なのが幸いした。マナ耐性の革防具と<まぼろしのたて>のおかげで致命傷にはいたらない。全身痛いけどな。特に盾にして直撃した左腕。
痛む身体を何とか起こし、アルドラの手綱を掴む。べったりとアルドラの背中に伏せるようにすると、先客のクーちゃんと目があった。一瞬笑みが浮かぶ。そこから俺はもう一度気合を入れなおした。
「アルドラ! 回り込め!」
(御意……!)
アルドラが一度身を沈め、ぐぅんと加速する。大鎌を避け、人を跳躍で避けて進む。混戦となっているあたりから距離を取り、大回りで赤蟲竜へと向かう。
赤蟲竜をこれ以上放置したらまずいだろ!
赤蟲竜の砲身にマナが集まっていくのがわかる。連射できないのがせめてもの幸運。この隙に接近を――。
ぐぅぅっと赤蟲竜の胸部が膨らむ。<むしのね>炸裂音波の前兆!
「舐めるな!」
<臨時マナ基点を増設します>
こめかみに熱い感覚、同時起動を可能とする、マナ基点の〝角”が構成される。
選択は瞬時、【集中】が望む術式を的確に創り上げていく。
「<三重衝撃盾>!」
盛大に魔法陣が割れる。捻じれて融合した衝撃波が円錐状に展開した。そこに炸裂音波が殺到。衝撃盾の表面で逸らしていく。
<衝撃>で盾を作る。音波には衝撃、というくらいの考えで創ったものだが効果は絶大だった。触れる箇所から衝撃波が噴射する〝衝撃反応装甲”というべきものになっていた。
――――突き進む。
衝撃波のドリルが、炸裂音波を受け切った。
アルドラに思念で指示して急制動をかける。俺は反動を利用して跳躍した。いきなりのスピードアップに、俺を狙った音波砲が外れる。
ギィィィイイイイイイイイイイイ!
赤蟲竜が吼えた。大鎌と砲身を広げ、俺を威嚇する。空気がびりびりと振動する。
わかるぞ。これは、敵意だ。
「――来いよ!!」
俺は地面を削りながら着地した。身体を芯から焦がすような熱。それを感じながら赤蟲竜と相対した。




