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第117話「迎撃」

 閉ざされた門の外、対赤い蟲竜部隊の中に俺達の姿はあった。


 俺は空を見上げる。汚れた鼠色をした雲が、ずっしりと垂れこめていた。少し前から天気が崩れ始め、いつ降り出してもおかしくない様子だ。

 辺りがうす暗くなれば、寒さもきつくなるように思えた。凍えないように用意されたたき火も心許なく感じる。

 寒さが指先にきつい。革防具はそれなりの防御力はあるが、防寒具ではないからなあ。

 俺は分厚いマントの前を掻き合わせると、せめて隙間風が入らないようにした。近くで伏せをしているアルドラに抱き着いて暖を取りたいところだが、他の人たちもいる手前そんなこともできない。


 俺はふと横に立つマカゲに視線を向ける。もふもふの毛皮がそこにあった。


「…………拙者に何か?」

「マカゲは暖かそうだなあって思って」


 人型の毛皮だと身体にフィットするコートができたりするんだろうか。

 ぺろんと皮をはがした姿を想像してしまい、俺は笑いでにやける口元を隠した。毛皮をむしられ、丸裸の鶏のごとき姿になったマカゲは、想像の中とはいえかなりシュールだった。


「なんだか不愉快な想像をされている気がする」

「気のせいだ。気にするなよ。それより、ありゃなんだ?」


 俺が指さしたのは、車輪のついた巨大な弓矢としか言えないものだった。人間くらいあるサイズの弓矢は、矢をセットする部分が二連装になっている。ファンタジー映画でよくみる攻城弓(バリスタ)というやつだろうか。しかし立てかけられている矢は、ヌンチャクのような構造をしていた。二本の矢の後部に鎖がくっついているのだ。

 俺の視線に気付いたのか、マカゲが説明をしてくれる。


「ああ、あれは投棘機(バスター)だ」

「巨大な魔物用の弓矢か?」

「相手を射抜くより、鎖で相手を地面に縫いとめることが目的だな」

「へぇ」


 射出しているところを見てみたいと思ったが、矢をつがえ、引き絞るのも二人がかりだった。軽々しく発射できるものじゃないようだな。

 他にも、関節を切断するための大きな半月刃のついた槍や、黒色火薬を小樽に詰めた爆弾などが用意されていた。さすがというべきか、対蟲竜装備がそろっている。

 目を引いたのは投石器だ。台車に巨大なスプーンがシーソーのような形で固定されている。結んである綱を切れば、反動でスプーンの皿に乗っている岩が飛んでいく仕組みだ。ワニ頭の獣人が大き目の岩を運んで載せていた。ぎっしり詰められた岩は、散弾のように飛ぶだろう。樽が載せられている投石器も見つけた。


 そうこうしている俺とマカゲのもとに、ミトナとフェイが歩いてくるのが見えた。討伐作戦の説明をうけるためグループのリーダーとして指揮官の下へと行っていたのだ。ミトナと魔術ゴーレムは小さな麻袋を抱えている。何か補給物資が入っているのだろう。

 一応フェイと俺がいるので、俺達は魔術師+護衛の部隊として認識されている。魔術師ギルドとしてはフェイの方が上なので、フェイがリーダーという扱いになっていた。

 アルマとマオは今回は街の中で待機だ。確実に最前線になるここに来られると、逆に困る。レジェルとシーナさんはもともとハスマル氏の護衛だ。ハスマル氏のところに戻っていて、ここにはいない。


「寒い……! とりあえず作戦聞いてきて、補給品もらってきたわ」

「ん。食べ物と、包帯とか、かな?」

「おう。んで、作戦って?」

「いいかしら、今ここが私たちのいるところとして……」


 フェイが落ちていた枝で、地面にこのあたりの地図を描く。街の門、その前に陣取る対蟲竜部隊。そして三重の石壁がすらすらと描かれていく。意外に上手い。


「今レンジャーの技能を持つ冒険者を中心に赤い蟲竜の追い立てを始めているわ。予定によると、二つ目の門を通過直後に足止め、そこに魔術攻撃を集中砲火の予定ね」

「シンプルなんだな」

「魔術は火炎系統で統一することになってるわ」


 属性の違う魔術で干渉を起こし、威力が下がってしまってはもったいない、ということなんだろうな。森への延焼を避けるために、石壁の間におびき寄せてからの集中砲火。うん。イメージできた。


「赤蟲竜に遠距離攻撃は無いって言ってたから、近付かれる前に決着を付ける必要があるわね」


 魔術師は基本的に接近戦が苦手だ。あの赤蟲竜が大鎌を振るえば簡単に被害が出るだろう。一応、赤蟲竜に接近をされてしまった場合は、護衛の部隊が動きを止めることになっている。

 ただ、護衛の部隊が動きを止めると、抑えている人間を避けて魔術で攻撃することは難しくなる。威力を絞るか、巻き込み覚悟で魔術を起動するしかなくなってしまうだろうな。


 ふと、笛の音が聞こえた。石壁の向こうの見張りからだ。焦ったように連続して鳴らされる甲高い音は、尋常じゃない様子。見れば石壁の上に配置した見張りが、手に持ったカンテラをぶんぶんと振っていた。合図だ。だが、やはり様子がおかしい。


「おかしかないか……?」

「なんだ……。なんかあったのか?」

「おい、来たんじゃないのか!?」


 誰かの呟きは広がっていく。その声に、全員がざわざわと反応しはじめた。ガチャガチャと武器を取る音が聞こえてくるのと同時に、緊張した空気も広がっていく。


「―――総員! 構え!」


 ハイロンの指示の声に、一斉に剣や槍、杖を抜き放つ。犬獣人や猫獣人の戦士が素早く前に出て、コの字型の射線を開けた陣形を取った。

 魔術師たちが一斉に詠唱を始める声が低く重なる。かなりの数の魔術師が参加している。ボッツの騎士団員ほどの集団練度はないが、これだけの火力を一体に集中できたのなら、あの赤蟲竜も仕留めることができるはずだ。


俺は霊樹の棒を構えると、マナを集中させる。


「<魔獣化(ファウナ)>」


 魔法陣が連続で割れると同時、一気に魔術・魔法が起動する。

 

 おいおいおい、嘘だろ!


 俺は思わず心の中で呟いた。<空間把握(エリアロケーション)>から入ってきた情報は信じがたい。

 大量の蟲竜が、石壁の門に向かって殺到していた。

 脚ががしゃがしゃと動く様子が、手に取るようにわかる。


 キャンプを襲った数なんて、目じゃない。こんな……! 何匹いるんだ!?

 数えようと思ったが、すぐにやめた。そんなことをしている場合じゃない。


 門は初めから開けられている。川の氾濫のごとく、蟲竜がそこからあふれ出してきた。


「赤くないぞ! 普通の蟲竜!?」

「おい! 赤いやつだけ来るんじゃないのか!?


 護衛で雇っている冒険者の何人かが口ぐちに叫ぶ。次々に門から吐き出される蟲竜を見て、腰が引き気味になっていく。魔術師の中にも、及び腰になる者が見えた。

 いけない。これだと押し切られる。


 なんでだ。

 どうしてこんなことになる。


 あいつは。

 赤い蟲竜はどこだ――――?


「――――マコト君!」

「――――ッ!」


 ミトナが俺を揺さぶる衝撃で、<空間把握>に集中していた意識が戻ってくる。ミトナの真剣な顔で俺を見つめている。

 蟲竜がさっきよりかなり近く見えていた。すでに周りのみんなは臨戦態勢。号令を待っていた。わからないことの原因を探している暇はない。目の前の蟲竜たちが現実なのだ。

 蟲狩り部隊は街の人たち。この蟲竜の波を放置すれば、街が飲み込まれる。

 ここが、防波堤なのだ。


「魔術師隊! 放てッ!!」


 ――――起動。

 熱が空気を()く。熱せられたことで空気が、ぐうっと膨らむのを肌で感じる。


 おお……!

 思わず感嘆の念が起こったのも当然だろう。

 様々な火炎系統の魔術が捻じり、縒り合されながら前方へ進む。さながらプロミネンスのよう。


 巨大な火炎ゆえに、ゆっくりと見える。それが、蟲竜の真っただ中に着弾した。<輝点爆轟(フレアバースト)>の効果であろう火柱が吹き上がる。飲み込まれた蟲竜は、あまりの熱量に一瞬で蒸発した。そこからは弾幕を張るように、連続で火炎魔術が降り注ぎ始めた。

 そこに散弾の如き岩石群が、蟲竜の正面から降り注ぐ。ひとつひとつが一抱えもあろう大岩だ。さすがの威力に、蟲竜の動きが止まる。

 さらに火薬を詰め込んだ樽が投石器で投擲された。降り注ぐ火炎魔術で着火。動きの止まった蟲竜を巻き込んで地面を揺らすほどの爆発を起こした。

 大鎌が、脚が、胴体がバラバラになって落ちていく。甲殻が焦げる臭いが漂ってきた。

 蟲竜たちが怯んだように見えた。後ろの蟲竜など、逃げ始めたものも出始めた。


 いける。

 あの波を止められた。あとは最大威力で攻撃しながら、撃退する!

 

「いけるぞ!」

「オオ! いけるぞオ!!」


 護衛の蟲狩り隊や冒険者から、歓声があがった。投石器はきびきびとした動きで、次弾が装填されつつある。

 その投石器が、いきなり吹き飛んだ。


「ギャアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


 悲鳴があがった。何かが爆発したかのように、近くにいた人たちも一緒に吹き飛ばされる。直撃を受けた射手の一人は、手足をもがれて動かなくなった。

 一瞬、空気が凍る。


 アルドラの頭に乗っていたクーちゃんが、低く唸るのが聞こえた。俺の<空間把握>にも捉えている。


 赤い蟲竜が、姿を現していた。

 

  

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