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第116話「生き残るための模索」

 ティゼッタの森。力強く根を張る木々。いつもは鹿や山鳥たちがいるはずなのだが、今は一匹たりともその姿を見かけない。強制された静寂。その原因は赤い甲殻を持つ蟲竜(ヴェフラ)にあった。


 カマキリに似た顔が、小刻みに動く。その口元では、自分の甲殻に似た緑色の殻が咀嚼(そしゃく)されつつあった。もちろん、蟲竜の甲殻だ。

 〝同族喰らい”。そう呼ばれる赤い蟲竜は、考えごとをするようにゆっくりと食べ続ける。

 あの戦場から同族の断末魔の声に反応して、ここまで逃げてきたのだ。

 途中で何匹かはぐれてしまったが、最後まで一緒だった同族をいきなり奇襲、回復のための栄養にしていた。


 蟲竜は虫に近い魔物だ。考えることはあまりない。生きるために必要なことを反射的に行う。その中でも赤い蟲竜は、食べる物がないという理由から、同族を食べることを選択した特異な個体だった。

 だが、いまここにきて、赤い蟲竜は再び生存の危機を感じていた。


 二本の手と二本の足を持つ生き物。自分より身体が小さく、甲殻もない生き物。柔らかく、マナに満ちている。味も良く、同族を食べるより、はるかにいい食べ物だと初めは思った。

 だが、その生き物に大鎌を切り落とされ、脚の一本は折れ曲がった。副腕を使ってかろうじて退けることができたのだ。

 

 生き残るためには、もっと、『力』が必要だ。

 あの生き物たちが、持っていたような。そのために、もっと食べる必要がある。


 赤い蟲竜は、初めて思案する。


 それは、知恵持つ魔物(ドラゴン)としての『進化』の兆しだった。




 ティゼッタの街、領主の館の書庫。そこはティゼッタの街ができてから、発展した今に至るまでを残した記憶の場であった。

 この書庫はトゥリオによって普段から整理され、使いやすく整えられている。部屋の壁を隠してしまうほどの本棚の量。棚には本の形をとっていない巻物や石板も収められていた。さながら図書館のような荘厳で静かな雰囲気が満ちている。

 ハイロンとトゥリオは真ん中に設えられた大理石製の丸テーブルの上に、本や巻物(スクロール)を広げて情報の確認をしていた。もちろん、赤い蟲竜についてだ。


「やはり記録に残っているね。ティゼアールのだ。人里に降りてきた蟲竜の一匹がそうだったらしい」

「母上が着任される前か」

「当時の剣聖によって討伐されるまで、ティゼッタは完全に壊滅したらしい……」


 ティゼアールは、ティゼッタの前にあった都市の名前だ。肥沃な土地と、霊峰コォールからの雪解け水が豊富にある穀倉地帯として有名だった。

 かつての昔は大規模な都市も存在していたと言われている。その都市が傾きはじめたのは、いつのころからか現れるようになった蟲竜(ヴェフラ)が原因だった。

 当時、かなりの数が犠牲になったと記録されている。街を守る石壁などなかったのだ。

 赤い蟲竜が出たことで、ティゼアールの滅びは決定的なものになった。人も家畜も食べつくされ、蟲竜の徘徊する死の大地となったのだ。

 

 剣聖によって赤い蟲竜が倒されたといえ、季節が来れば定期的に蟲竜が襲撃する。そんな土地に着任したがる貴族はいなかった。

 そこに現れたのが領主オーロウだ。オーロウはもとはと言えば流浪の傭兵団の長であった。稼いだ金で貴族位を買い、領地を得ることで傭兵団のみんなの安定を図ろうとしたのだ。

 だが、拝領されたのはこのティゼッタの地。そこからは寒さや飢え、蟲竜との闘いの歴史だった。


「母上が領地に着任されてからは赤い蟲竜の記録は無い。やはり一定以上に餌を食べて成長した個体のようだね」

「同族を食べて成長していると言っていた。何か対策はないのか?」


 ハイロンが資料を手に取り、流して見ながらトゥリオに問いかける。トゥリオは手元の本を置くと、眉間を揉んだ。集中しすぎたために、こったようになっていた。


「正直普通の蟲竜として扱っていいかもわからないよ。だけど、このままだと餌を求めてティゼッタの街を襲うのは確実だね」


 森の中に存在する蟲竜の数にも限りがある。石壁を乗り越えられれば、ティゼッタの街に届く。人間を食べる方が同族の蟲竜を相手にするよりはるかに簡単なのは容易く予想できた。

 ハイロンは赤い蟲竜が片方の大鎌を失っていたことを思い出した。


「ヤツは手の大鎌を失っている。どれくらいに回復すると思う」

「わからない……。赤い個体については普通の成長は当てはまらない気がするんだ」


 ハイロンはすでに万全の状態である、と考えておくことにした。こういう時は最悪の状態を考えておくのが良い。

 トゥリオは街の地図を手元に引き寄せると、テーブルの上に広げた。街へ襲撃してきた場合は、市街地に被害が出る前に討伐しなければならない。


考え込むハイロンとトゥリオ。しかし、これ以上の作戦行動は領主オーロウの決定を仰がなければならない。

 その時ちょうどよく領主オーロウが書斎へと入ってきた。


「何かわかったか?」

「ええ。赤い個体というのは、蟲竜の成長した姿だと思います」


 そこでトゥリオは言葉を切った。領主オーロウはテーブルの上にある資料を手に取る。ティゼッタの初期には、オーロウ自身も討伐に出たはずだ。ハイロンはオーロウに判断を仰ぐことにした。


「母上、蟲竜は街に来るか?」

「来るさ」


 資料から目を上げることなく領主は言い切った。


「人間の味を知っただろう? なら、来るさ」

「…………」

「状況はわかった。蟲竜討伐隊を結成しろ。街の外で迎え撃つ。領民に被害を出させるな」

「はっ」


 ハイロンとトゥリオが無言で頷くと、すぐに書斎を出ていく。そうと決まったのなら、やることは山ほどあるのだ。

 


 領主の命により、すぐに討伐隊が結成された。

 蟲竜狩りを職業とする蟲狩り隊を中心に、大弓や魔術を使える冒険者を多く集めた混成部隊だ。


「よぉーし! 門を閉めろォ!」

「うーっす!!」


 太い声に大勢の返事がかぶせられる。

 巻き上げ機が動かされ、ギリギリと音を立てて跳ね上げ橋が引き上げられていく。普段は街の入り口代わりになる跳ね上げ橋だが、完全に上げきると巨大な門扉となるのだ。


 門の外にはすでに何人もの屈強な男たちが勢ぞろいしていた。その割合の多くを占めるのが『蟲狩り隊』だった。強靭な捕縛用ロープや、先端に小さな刃が付いた、関節を狙う目的の槍など、対蟲竜装備を入念に手入れしている。

 もちろん冒険者や魔術師の姿もあった。特に魔術師は数多く声をかけられ、集められていた。蟲竜の大鎌や巨体は近付けば命の危険がある。手が届かない位置から攻撃できる者を多く集めたのだ。

 常にはない挑み方は、赤い蟲竜を警戒してのことである。特異個体であろうと、遠距離から集中砲火を浴びれば、跡形もなくなるだろうとの考えだ。


 森の中では、今頃別動隊が蟲竜を追い立てている。

 刻一刻と決戦の時が近付いていた。

 



 

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