第115話「情報収集」
蟲竜の拠点キャンプ襲撃は、甚大な被害を出していた。
死者三十二人。
冒険者は蟲竜と戦うことをわかった上で集まっている。そのため蟲竜に殺された冒険者より、拠点キャンプ支援のための非戦闘員の死傷者が多く出ていた。そもそも、蟲竜が集団で襲ってくるということ自体が稀だという。
あの元暗殺者は、魔物を興奮させる臭いの使い手だったのだろう。とんだ置き土産をしてくれたものだ。
テントや破壊された荷物を一か所に集める。使える物と使えない物に分ける。怪我人をまとめ、応急手当を施していく。随伴員であるアルマやマオのみならず、冒険者達も黙々と作業を続けていた。
気が滅入るのは、死体を一か所に集める作業だ。普通の死体より、五体満足で残っている死体の方が少ない。大鎌で切り裂かれたものや、かじられたと想像できる有様になっているもの。陰惨な光景に吐きそうになる。獲物の解体などを自分でするようになったからか、何とか耐えることができた。きちんと弔えたほうがいいだろうしな。
一通り落ち着いたので、俺達はキャンプの端で車座になって集まっていた。本陣テントは無事だったが、負傷者を収容するために使われている。
俺とハイロン、マカゲはそのあたりから木箱を持ってきて、腰を落ち着かせている。ミトナとフェイは寝そべったアルドラを背もたれにして座っていた。クーちゃんは魔術ゴーレムのボディが気になるらしく、さきほどから丹念に爪とぎをしている。
「それで、どうするんだ。あの赤いヤツはこのままにしておけないだろ」
「確かに。できればこのまま追跡、討伐してしまいたいのだが」
俺の問いに、ハイロンが腕組みしながら言う。
色が違うからかわからないが、一匹だけ強さが違った気がする。俺達がはじめに戦った蟲竜は無傷で倒すことができたが、赤いヤツはこっちがボロボロになってようやく撃退できたレベルだ。
「そもそも、なんでヤツだけ色が違ったんだ?」
「あの緑色の蟲竜は幼体だ。冬に孵るが食べるものがなく力も弱いまま人里に現れる。だからこそ討伐できるのだが……」
「あの赤いの、蟲竜を食べるって言ってた」
ハイロンの言葉を、ミトナが引き継いだ。そう、あの冒険者が残してくれた情報の中に、そんなのがあった気がする。
「じゃあ、あの赤いヤツが蟲竜の成体ってことなの?」
「……わからぬ」
ハイロンが落ち込んだ低い声で言う。
蟲竜のことについて知っていたマカゲの方を見るが、無言で首を横に振るだけだった。
「何か、情報は残ってないのかしら」
「……?」
「ベルランテには〝魔物事典”があるわ。そこまでのものとは言わなくても、蟲竜に関する情報くらいはあるんじゃない?」
「屋敷の書庫にあるかもしれん。トゥリオに聞いてみよう。歴史や情報といったことはトゥリオが得意だ」
あいつかぁ……。
俺はつっかかってきたトゥリオの顔を思い出した。貴族にはなんだかしらないけど敵視されることが多いからなあ。
ふとルマルの顔が思い浮かぶ。もしかしたらルマルなら何か情報を持っているかもしれない。
「そういえば、蟲竜は何が弱点なんだ? 雷か?」
「雷というか、熱だ。冬に孵るからか【冷気・氷】はあまり効果はない。熱で甲殻が弱ったところを叩ければなおよい」
雷も出力が上がれば熱を出す。ハイロンならそこに拳や足による打撃が入るわけだ。
俺は蟲竜との戦いの様子を思い出す。確かに氷の魔術は冷気のダメージより、刃や硬さといった物理的な攻撃しか通ってなかった。
ふと気が付くと、ミトナが真剣な表情で考え込んでいた。
「どうした、ミトナ」
「ん……。急いだ方がいいかなって」
「どうしてだ?」
「蟲竜を食べるなら、どんどん食べて成長するかも」
ミトナの言葉の意味を理解して、背筋が寒くなった。
同族を食べて成長する赤蟲竜。俺を最後に攻撃してきた副腕が追加されていたりと、通常の蟲竜とは大きく変化している。魔物の成長速度がどういうものかはわからないが、もし成体になったらどうなるのか。
今すぐ追跡するか?
あれだけの巨体だ、おそらく何らかの痕跡が残っている。追えないことはないはずだ。
すぐに立とうとした俺を、ハイロンが抑えた。その目が座れと言っている。
「今行くのはやめておいたほうがいい。まずはキャンプ拠点の撤収と退避だ。人員をこのまま残しておくわけにはいかぬ」
「それもそうだな……」
俺はキャンプで撤収作業を続ける人たちを見た。怪我をしている冒険者が多い。戦える冒険者を集めてどこまでやれるものか。それに、追跡に行ってしまえば怪我人を町まで連れて帰る人員もいなくなってしまう。非戦闘員に任せて、そこに再び蟲竜が大挙して押し寄せたら。
俺は思わず凄惨な場面を想像してしまい、酸っぱくなった息を吐き出す。
異変は確認できた。一度領主オーロウにも報告。今後の動きを相談する必要があるだろう。
「よし、一度街に戻ろう」
負傷者と共に、ティゼッタの街に戻る。馬車も破壊されてしまっていたので、徒歩での移動だ。アルドラに乗った俺とハイロンが先行して街に戻ることにした。残りのみんなはゆっくりと街に向かってもらうことにする。
大丈夫かと心配だったが、ハイロンはアルドラの速度についてきた。驚異的な身体能力。おそるべし竜人。
さほど時間はかからず、俺達は領主の館まで戻ることができた。館の中を進みながら、ハイロンが負傷者の救助を命令する。すぐに動き出したのを見て、俺は少し安心した。
領主はすぐに見つかった。情報をどこからか得ていたのか、トゥリオと共にすでにこちらを待ち構えていた。
「何かあったようだな」
「赤い蟲竜が出ました。どうやら他の蟲竜を食べているようです」
「同族食いか……」
領主オーロウは眉根にしわを寄せた苦い顔になる。何か知ってるのか?
「昔にも赤い蟲竜を見たことがある。ティゼッタの防備がまだそれほど厚くない時期でな。大勢の犠牲者が出た。その時たっぷり人間を食った蟲竜が赤くなっていたな」
「トゥリオ、赤い蟲竜について何か情報はないか?」
「確か書庫に文献が残ってたと思うよ。ついてきて」
ハイロンが俺に、どうすると目線で問いかけてくる。ついていってもいいが、ハイロンが情報を手に入れてくるのなら、俺は別口を当たったほうがいいかもしれない。
「俺はルマルにも聞いてみようと思う。情報が集まったら正門で集合しよう」
「わかった。いいだろう」
ハイロンは頷くと、トゥリオと共に書庫へ向かっていった。あちらは任せよう。
俺は領主の館を出ると、ルマル商店にアルドラを走らせた。この時間なら店に居ると思うのだが。
商店のドアを開けると、ルマルがアルドラを見て、それから驚いた顔で俺を出迎えた。
「赤い……蟲竜ですか」
「聞いたことあるか?」
一通り話を聞き終えたルマルは、深く考えこむ顔をした。やがて、しっかり俺を見ると一つ頷く。
「いえ、ありませんね。調べてみましょう」
「助かる」
「それよりも、気になる情報が届いてます。暗殺ギルドのことです」
「へ?」
いきなりルマルの口から飛び出してきた単語に、俺は思わず変な声を出した。
「実はマコトさんを狙った暗殺ギルドの動向を追っていたんです。実は依頼が撤回されていなかったという事態では困りますからね」
「あ、ありがとう」
「アゴール殿の動きは迅速でした。弟君が利用した暗殺ギルドのアジトを強襲。その日のうちに殲滅したようです」
「もみ消しか? そりゃまた過激だな……」
「アジトの場所を掴んでいたところを見るに、おそらくもともと騎士団の仕事として、暗殺ギルドの排除という目的があったのだとと思います」
つまり、あの元暗殺者が言っていたのは事実だったというわけか。それなら狙うのはアゴールにすればいいだろうに。まあ、暗殺ギルド自体がなくなったのは安心か。
「その時アジトに居なかった暗殺者が報復のためにボッツ殿を狙ったようなのですが、どうもボッツ殿ともども行方不明になっているようで」
口の中に、苦い毒草をつっこまれたような気分になる。
ボッツが行方不明になってからすでに数日経っている。もし何か行動を起こすつもりならすでに来ているだろう。もしかしたらまたティゼッタの街から逃亡したのかもしれないしな。
俺は切り替えるために、一度頭を振ってボッツのことを頭から追い出す。
今は、赤い蟲竜をどうにかすることを考えよう。




