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第114話「魔獣の腕」

 赤蟲竜を前にして、俺はマナを練っていた。さっきから魔術が即座に放てるあたり、<集中(コンセントレーション)>状態になっているのだろう。あとは〝角”が生えてくれれば完璧なんだが。


 赤蟲竜は注意深く俺達を観察しているようだった。前に出ているミトナへ連続的に攻撃をしかけているが、精彩を欠いている。何を考えているのかはわからないが、行動される前に現状を打破する方法を考えつかなければ、死ぬ。


 合成呪文(コンパウンドスペル)で合成すれば赤蟲竜に効果は出る。しかし、魔術は放てばそれで終わってしまうのだ。一撃しか効果のない技だ。


 なら、永続的に発動できるものを〝合成”すればどうなるのか。


 俺は一度<やみのかいな>を解除する。腕を構成していたマナが、重みを取り戻しながら肉の腕に戻った。俺は息を吸う。どうなるかはわからないが、やってみるだけの価値はあるはずだ。


「――――<火炎の手甲ガントレット・ブレイズ>!」


 右腕を飲み込むように魔法陣が出現した。魔法陣が割れ、マナが粒子となって飛び交う。

 効果はすぐに現れた。腕を構成する質量を超え、右腕を塊といっていいほどの黒い炎が腕を包む。それにとどまらず、黒炎は異形の腕を形成した。

 五指には凶悪な形の鉤爪。肘からは棘のようなとがった装飾が突き出ている。


 この炎の腕の正体は<やみのかいな>+<「火」中級>だ。<やみのかいな>の腕はマナで出来ている。<「火」中級>の出力の分、腕の太さは通常の三倍ほどに膨れ上がった。そこに以前研究した炎の全身鎧の魔術を利用して、腕の形にどうにか整えたのだ。

 ぐっ、ぐっ、と拳を作ったり開いたりしてみる。思い通りに動く。

 よし。いける。


「ミトナ! さがれ!!」


 ミトナが俺の声に反応して、即座にバックステップ。俺はそこに飛び込んだ。黒炎の腕を思いっきり赤蟲竜に叩きつける。<浮遊>が起動しているにもかかわらず、重い手応え。

 じゅぁ、という甲殻の表面が焼ける音がした。

 赤蟲竜が大鎌を振り回す。俺は即座に黒炎の腕でブロック。身体は押し戻されて少し後ろに着地した。

 さすが。この出力なら防御にも使える。


 赤蟲竜が無機質な複眼でこちらを観察しているのがわかる。

 俺の額から冷や汗が流れた。虫だからかこいつの考えが読めない。怒りや憤り、焦りや恐怖といった感情もなく、無機質にこちらを殺そうとしてくる。


「<氷刃(アイスエッジ)>!!」


 俺は左腕を突き出すと、魔法を起動する。生み出すは氷の短剣ではなく、正方形の氷の刃。マカゲの刀の如く、限界まで薄く、そして強靭に創る。

 狙いは脚だ。機動力を削ぐ!

 ――――射出した。

 赤蟲竜は一直線に飛んでくる氷の刃を大鎌で攻撃する。おそらくこの行動は反射だ。知覚した物体を攻撃しているだけにすぎない。だから、手を出す。

 俺はすでに赤蟲竜の懐まで飛び込んでいた。大鎌を振った後は攻撃できまい。

 黒炎の腕を振るう。鉤爪が脚にめり込む。関節をへし折る感触。

 振り下ろしてきた大鎌を、黒炎の腕で受ける。


「ぐゥ――――!?」


 きつい!

 受け流すならともかく、受けるのはまずい。

 潰されるかと思った瞬間に、打撃音。ふっと荷重が軽くなる。ミトナだ。ハンマーの一撃で大鎌を跳ね上げている。

 赤蟲竜の反応は速かった。反対側の大鎌でミトナを狙う。

 そこにマカゲが割り込んだ。


「関節なら――――斬る!」


 全身の毛を逆立て、マカゲは〝獣化”した。真っ向から迎え撃つ。

 白刃が流れるようにして、大鎌の根本、関節部分に吸い込まれた。甲殻の薄いその部分を斬るのは、いかほどの技術か。ぬるりと刃が通った直後に、大鎌が吹き飛んだ。振り回した勢いに負けて、関節がちぎれて飛んでいく。


 赤蟲竜が怯んだ。

 ここが畳みかけるポイント。しかし、フェイからの魔術援護が来ない。<空間把握(エリアロケーション)>で感じると、こちらに接近しようとしてる普通の蟲竜(ヴェフラ)を阻むために魔術を放っているのがわかる。


 俺の気が逸れた。赤蟲竜の胸部にぴったりくっつくようにしていた副腕に気付くのが遅れた。


「―――――ッ!?」


 副腕が霞む。視認するのも難しい速度のパンチが、俺の左腕に突き刺さる。


「ゴホッ!」


 くそ……、いってぇ……。


 咳だけで、ものすごい痛みが駆け巡る。

 心の中でそう呟くことができたのは、優に数メートル吹っ飛ばされ、地面を転がってからだった。

 息を吸い込むと脇腹が痛む。左腕を衝撃が貫通して、内臓か骨あたりがやられた。左腕がもし生身なら折れていただろう。あの勢いなら千切れなかったことに感謝だ。


「マコト!?」


 フェイの叫び声が聞こえる。いいから戦闘に集中しろ。クーちゃんが心配するように俺の頭付近をうろうろする。大丈夫、まだ死ぬほどじゃない。


 すでに赤蟲竜の副腕はもとの状態に収納されていた。シャコの仲間にもパンチをするものがあるが、同じ原理だろう。あの打撃速度では、避けることもままならない。威力も半端ない。もう一撃受けてしまえば、身体がバラバラになってもおかしくないだろう。

 ミトナとマカゲは赤蟲竜の正面に立たないように、側面を意識して立ち回る。だが、意識が別のところに割かれている分、攻撃は精彩を欠いていた。


「……<治癒の秘跡(サクラメント)>」


 俺は小声で魔術を起動した。魔法陣が見えても、何の魔術かまでは判別がつかないだろう。

 全力疾走をしたような疲労感と引き換えに、痛みが引いていく。

 

 絶叫が聞こえた。

 空気を束ねて引き裂くような声は、赤蟲竜が放つ広範囲音波攻撃。衝撃波に近い性質だったからか、致命傷ではないがミトナとマカゲが吹っ飛ばされた。どちらも身軽な動きで受け身を取る。


 ジリ貧だ。

 みんな善戦しているが、厳しい。守りに入って防ぐのが精いっぱいのところもある。ハイロンは二体同時に相手取り、身動きが取れない。やられるような様子ではないが、焦りが見える。早く倒さねば、という思いが、有効打につながらない。蟲竜の方はわき目もふらず、自身の被弾も考えず攻撃するばかりなのだ。やりづらいのだろう。


 このままだと、どうなる?


「マコト君、大丈夫?」

「なんとかな……」


 ミトナの手を借りて立ち上がる。ずっしりと身体は重いが、まだやれる。やれなくては。

 気が付けばミトナもところどころ傷を負っている。血が滲んでいるのがわかった。その様子に、胸がしめつけられる。

 ミトナの〝獣化”も長時間の使用はできない。


 赤蟲竜が動いた。

 こいつ、諦めるとかしてくれないかね。ダメか。


 俺は術式を練りながら、黒炎の腕を構えた。ミトナがバトルハンマーを両手で構える。


 ――――来るか!?


 赤蟲竜が、何かに気付いたように頭を空に向けた。

 赤蟲竜の動きに集中しすぎて、気付くのが遅れた。近付いてきた何者かは、一気にキャンプの中央に躍り出る。

 大きな狼と、二人の冒険者。


(……(あるじ)!)


 大きな狼は、よく見るとアルドラだ。その背中に、レジェルとシーナさんが跨っている。シーナさんは懐から何かを取り出すと、思いっきり空中にぶん投げた。警告するように叫ぶ。


「耳、ふさいでッ!」


 投げられた物体。あの形状は見たことがある。


 ――――ヴェフラ球!


 瞬時に<やみのかいな>を解除。よくわかっていないミトナの耳を無理やり伏せさせた。

 柔らかい。場にそぐわないそんな感想が浮かぶ。


 ギャアアアアアアアアアアアア!!!


 ヴェフラ球は断末魔のような金切声をあげた。耳をふさぎ損ねた俺の頭蓋を直撃する。揺さぶられた脳みそのせいで、意識が飛びかける。


 効果は絶大だった。

 赤蟲竜を含め、すべての蟲竜が動きを止めていた。大鎌をたたみ、首を伸ばすようにして静止している。

 直後、蟲竜が逃げた。

 さっきまでの暴走が嘘のように、あっけなく全ての蟲竜がいなくなった。<空間把握(エリアロケーション)>の範囲外に消えるまで、時間はかからなかった。


 何でかわからないけど、助かった……。


「無事か、マコト」


 見上げると、レジェルの顔があった。助かった、という思いが全身を満たす。シーナさんは他の人の様子を見に行ったようだ。

 多くは言わないが、レジェルが微妙な顔をしているのがわかった。「無事か」という言葉には、一瞬見えた俺の黒炎の腕のことも含まれているのだろう。俺はあえて答えない。スルーしてくれるならそのほうがありがたい。


 近くに寄ってきたアルドラが、鼻先で俺をつつく。避難していたクーちゃんが勢いよく戻ってくると、アルドラの頭に収まった。安心したように伏せる。


「いきなりマルフ舎でこいつが暴れだしてな。何だ何だと思って近付いたら背中に乗せられて走りだしたんだよ」


 レジェルがアルドラの方を指して言う。


「途中で逃げてきた人らに会ったから事情がわかってな。間に合ったか?」

「間に合った」


 蟲竜がいなくなったことが伝わったのか、出てきた人たちの低いざわめきのような声が聞こえてくる。


「ところで、いつまでオマエさんたちは仲良くしてるんだ?」

「ま、マコト君、離して……」

「うわっ、悪い!」


 ずっとミトナの耳を押さえたままだった!

 慌てて離すが、ミトナの顔が赤いのは気のせいじゃないだろう。


 レジェルがにやにやしながら見ている。そういえば、レジェルはウルススさんのことを知ってるんだから、ミトナのことも知ってるんじゃないか?

 俺はまだにやついた笑い顔をしているレジェルを睨みつけた。


「んで、どうして蟲竜(ヴェフラ)が逃げだしたんだ?」

「音だよ。ヤツら、音で意思疎通してるからな。〝逃げ出すような意味の音”が出るようなヴェフラ球を使った」

「どんな音なんだよ」

「封じられてる音はヴェフラの断末魔だ。同族が死ぬような場所は、すなわち自分にとっても危険な場所に感じるだろう」


 逆転の発想というか、当たり前の考えに俺は納得した。

 口から出る音の塊は、攻撃手段としてしか見てなかった。だが、音を発するというのは、本来の用途はコミュニケーションのためのツールなのだ。


 フェイとマカゲがこちらに向かってくるのが見えた。負傷したハイロンと、それを支えるアルマとマオの姿も。


 森に逃げ去った蟲竜と、突然変異の赤い蟲竜。放っておくのはまずいよなあ。

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