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第113話「同族喰らい」

 キャンプに現れた蟲竜(ヴェフラ)は四体。

 俺の<空間把握(エリアロケーション)>は、さらに遠距離から迫り来る別の個体を捉えていた。それも一体や二体ではない。進む速度はそれほど速くないため、波状攻撃的にキャンプを襲撃してくるだろう。

 今できることは、できるかぎり素早くこの虫を駆逐することだ。


「<拘束(バインド)>!」


 さっき戦ったことで戦い方はなんとなくわかってきている。まずは動きを止めることだ。魔術を当てるのにしても、近接攻撃を当てるにしても、相手を不利な状態にしておくべきだ。蟲竜(ヴェフラ)は虫だからか、あまり魔術を避けようとはしない。拘束魔術も命中させやすい。

 せめて、麻痺が効けばいいんだが、と思うのは高望みだろうか。


 呪いの(もや)(ほとばし)り、蟲竜(ヴェフラ)の脚にからみついた。魔術を即座に起動したために、ただの<拘束>しか起動できなかった。

 蟲竜の細い細い脚は、拘束の呪いに一瞬だけ動きを止めたが、すぐに突破してくる。さっき戦った個体よりあきらかに脱出速度が速い。


「ふ――――ッ!」


 蟲竜が突き出した大鎌の先端を、ミトナがバトルハンマーで撃つ。

 大鎌が弾かれ、蟲竜の勢いが削がれる。

 点を点で打ち返すようなハイレベルな迎撃。ミトナの戦闘センスはやはりすごい。

 マカゲがその隙に蟲竜の背後に回る。蟲竜が戸惑った。目の前のミトナと、後ろに回りつつあるマカゲのどちらを狙うか迷ったようだ。


「ぬンッ!!」


 マカゲの気合一閃、蟲竜の脚を断つ。攻撃されたことで振り向いた蟲竜の腹部にミトナが全力でハンマーを撃ち込んだ。ハンマーの威力に蟲竜の身体が揺れる。だが、致命傷ではない。

 反応して蟲竜が振り返る。反射のように振り回された大鎌をミトナが避けた。

 俺はちらりとフェイを見た。詠唱の長さからして、中級魔術を使うつもりだ。


「――<拘束(バインド)>!」


 今度は<拘束>+<りゅうのいかづち>の合成呪文だ。地を這う黒雷のような拘束の呪いは、がっちりと蟲竜の身体をホールドした。先ほどとは違い、今度は簡単に脱出されそうな気配はない。

 ポイントは魔術+物理か。

 魔術的効果だけでは効果は薄い。属性的な物理現象を伴ったほうが、蟲竜には効き目があるのだ。

 実際ハイロンも雷を(まと)うことで魔術+物理という攻撃手段になっている。


「――――<炎交喙(イスカ)>!」


 フェイの魔術が起動した。蟲竜の胸部をぶち抜いて炎の鳥が穴をあける。体内にもぐりこむと、そのまま内部から豪炎を吹きあげた。体内を完全に燃やし尽くされ、蟲竜は沈黙する。

 ひとまず目の前の脅威を排除し、俺はあたりの様子を窺った。

 乱戦になっているが、拠点キャンプは、なんとか対処できているように見える。冒険者達や街の衛士たちは集団になって蟲竜に挑んでいた。ハイロンに至っては単騎で蟲竜に相対することが可能らしい。すでに何匹かの蟲竜は彼らの手にかかって死骸となって転がっていた。

 興奮させる煙も薄れてきているようだ。臭いが薄くなってきている。蟲竜の動きもすこし鈍くなってきているように思える。

 だが、楽観視はできない。少なからず逃げ遅れた人たちがいるからだ。その人達を守るために、逃げることもができずにここで戦い続けている。大怪我をしたものから戦線離脱し、司教の治療を受けているが。司教のマナが切れるのが先か、戦線が疲労で壊滅するのが先か。



 そいつはいきなり現れた。

 散歩のような気楽な様子。その大鎌には蟲竜のものであろう、緑色の脚が挟まれていた。気付いたのは俺たちだけだ。

 すぐに攻撃を仕掛けることなんてできなかった。

 装備も、武術も、安心できる要素にならない。赤い蟲竜は異様な気配を放っている。


 血のような不吉な赤い甲殻は、ぬるりとした光を反射している。その体躯は普通の蟲竜より一回り大きい。甲殻は分厚く、ところどころ鎧のように出っ張った部分ができていた。大鎌も形状が微妙に変化している。

 赤い蟲竜は、大鎌にはさんでいた脚をぼりぼりと食べる。悠然としたその姿は、自分がこの場の支配者であることを知っているようだった。


「まさか……。同じ蟲竜を食べてるの……?」


 ミトナの慄いた声。その視線は赤い蟲竜に釘づけになっていた。

 この異常な変化は、同族を食べたからだというのか。


 俺の背中を冷や汗が滑り落ちた。心臓が凍る思いだ。

 この赤い蟲竜は、周りのことを気にしてない。今は、だ。蟲竜を興奮させる煙が効いているのかいないのか、それもわからない。いつ暴れ出すかわからない状態。

 先に攻撃するべきか。それとも周りに協力を求めるべきか。

 考えている俺の<空間把握(エリアロケーション)>が、逃げ遅れた人のなかにアルマの姿を見つけた。逃げるわけにはいかない。逃げれば被害が出る。

 

 ――――先に仕掛ける。

 

 ミトナが俺の横にそっと移動した。ミトナは俺の考えを読んでいる。先制攻撃後の隙に詰められる位置についたのだ、この娘は。

 フェイが緊張した面持ちで口を結ぶのがわかった。魔術ゴーレムがフェイを守るようにその前に出る。

 マカゲが深く息を吐いた。


 覚悟を決めろ。こちらのことが眼中にない今が、最大のチャンスだ。


「……頼んだ」

「ん」


 いきなり突っ込んだ。赤蟲竜が即座に反応する。脚の欠片を放りだし、威嚇のために大鎌を広げる。このまま飛び込めば大鎌の餌食。

 俺は回り込むように横に跳んだ。<浮遊(フローティング)>を起動した状態だと、急激な方向転換も可能だ。

 赤蟲竜は少しも遅れることなく俺に追随する。身体の正面でとらえるように、向きを変えていく。ミトナにむかって側面がさらすように。


「<拘束(バインド)>!」


 俺も学習している。氷より雷だ。<拘束(バインド)>+<りゅうのいかづち>の黒雷が迸る。

 ミトナとマカゲが距離を詰める。拘束したと同時に攻撃を加える戦術。


 機動力を削ぐために脚を狙った<拘束>を、赤蟲竜は右の大鎌で受けた。さらに走り寄るミトナとマカゲに大鎌を振り回して牽制する。


「<炎交喙(イスカ)>ッ!!」


 フェイが魔術を起動した。魔法陣が割れ、空間を引き裂いて炎の鳥が飛ぶ。フェイが苦しそうな顔をした。何度も<炎交喙>を使っているのだ。マナの消費はどれほどだろうか。


 赤蟲竜の(あご)が、バクンと開いた。


「ヴォアアアアアア――――ッ!!」


 赤蟲竜が音波を放つ。溜めの短いジャブのような一撃だが、近距離で直撃した炎の鳥が砕かれる。


 こいつ、蟲竜より知能が高い!


「これなら、どうだッ! <豪雷(ライトニングボルト)>!!」


 <「雷」中級>+<りゅうのいかづち>。

 俺は上空に跳びあがると、魔術を起動した。魔法陣が割れると同時、極大の雷が落ちた。

 一瞬の静寂の直後、腹に響くズドンという音。空気を焼いた臭いが鼻を衝く。中級並の威力を二つ重ねた雷だ。バルグムの<雷蛇>くらいの威力は出ているはず。


 雷が放つ光が収まると、そこには身体を丸め防御姿勢を取った赤蟲竜が居た。すぐに身体を開くと、大鎌を振り回し始めた。

 赤蟲竜は甲殻の各所から薄煙をあげているが、それだけだ。ダメージがないわけではないが、身体の芯まで通っていない。通すためには甲殻を引きはがすか、内部に直接叩き込まなければ。


「マコト君! 続けて!!」


 ミトナが前に出た。マカゲが背後に回る。

 赤蟲竜の攻撃は重い。それを受けるには重く、硬い武器を使う必要がある。両手持ちの大剣やバトルアックスなどの重量武器だ。マカゲの(カタナ)は斬ることに向いていても、受けたり弾いたりすることは不得手。ミトナが前に出るしかないのだ。

 俺は思わず唇を噛む。俺の霊樹の棒も、重さより手数の武器だ。赤蟲竜の攻撃を受けられない。

 ミトナに一番危険なポジションを任せるしかないことが、悔しい。

 

 ミトナは赤蟲竜の大鎌攻撃をいなし、弾き、なんとか捌いていく。〝獣化”を使ってなお苦しげな顔は、赤蟲竜の攻撃の重さを物語っていた。

 マカゲが隙を突いて刀を閃かせる。蟲竜(ヴェフラ)を一撃で斬り飛ばした斬撃も、赤い甲殻は弾いてしまう。マカゲがさらに刀を振るうも、やはり甲殻の前に弾かれ、届かない。


 焦る気持ちを無理矢理押さえつけ、マナを練る。攻撃魔術か? 拘束か?

 くそっ! 俺も直接攻撃に参加できれば!


 考えろ。何か。何かできるはずだ。

 手持ちの魔法・魔術が頭の中にリストアップされる。何か、ないか?


 …………あれは、どうだ?


 俺は、一つの選択肢を思いついた。


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